眠れない夜
バルツさんの話を聞いて納得した表情を浮かべる彼女。
「先祖返りなんていう珍しい子に会えるとは思わなかったわ」
彼女はそう言って私やアーテルをチラリと見た。
あれ? これはもしや察してる?
セシリオやエドゥアルドさんに気づかれたんだから精霊の彼女が気づくのは当然か。
そして、ここで触れないのは事情があるという可能性を考慮してくれたのかもしれない。
「リア、頼みがあるんだが」
「はい、何でしょうか?」
「さっきの魔法陣を書き写しておいて欲しい」
「分かりました。でも、何に使うんですか? あれは結構危険な物だと思うんですが……」
「心配しなくていいぞ。あの魔法陣をあのまま使う訳じゃない。国に報告する為の資料として使うんだ」
そういう事か。
今後同じような事が起きないなんて言えないもんね。
精霊の力を悪用された事例を報告するのは当たり前だ。
一瞬、国ぐるみで例の魔法陣を悪用されたらどうしようって思ったけど、精霊の怒りを買えばどうなるかなんて正常な国なら分かってるだろうし、そんな事にはならないよね。
バルツさんが私に頼んだのは、書き換えたのが私で最初の魔法陣も覚えていると思ったからかな。
実際きっちり覚えてるし書ける。
私は直ぐにクラルテさんから紙を貰ってそこに魔法陣を書き写していった。
「ねぇ、名前聞いてもいい?」
「いいー?」
私が魔法陣を書き写したりバルツさん達が色々と事後処理などをしている間、手が空いているアーテルはリリーと一緒に精霊の彼女に話しかけに行った。
「私の名前はネーロよ。貴方達の名前は?」
「アールです!」
「リリーです!」
「リリーは人化できる姉さまの従魔でぼくたちの家族。そして、魔法陣を写してるエルフがぼくの姉さまのリアだよ!」
あら、私の事まで紹介してくれたよ。
うちの子、可愛すぎませんか?
誰かに伝えたいこの想い!
「人族の子にエルフの姉……。不思議な姉弟だけれどいい子達みたいね」
「ああ、とても優しい子達だ。色んな事によく気がつくし、冒険者として優秀な上に料理も上手くて驚かされるんだ」
バルツさんに手放しで褒められて頬が熱くなった。たぶん私の顔は真っ赤に染まっている。
恥ずかし過ぎるので聞いてないフリをして魔法陣を写す事に意識を集中させた。
そんなこんなで私が魔法陣を写し終わる頃にはバルツさん達の事後処理も終わったらしく、宿に帰ることになった。
ちなみに薬師ギルドの方は私が録音した証拠とアスティさんが持ってきた証拠を使って、こちらの捕縛が終わって直ぐに摘発される手筈になっている。
そちらには冒険者ギルドのギルドマスターとサブマスター、そしてこのオーアスの警備隊を向かわせたそうだ。
私が魔法陣を書き写している最中に警備隊の人が来てバルツさん達に報告していたから、そちらも無事に終わったんだろう。
「今日はみんなよく頑張ったな。こちら側は全員無事で捕縛出来て本当に良かった。お疲れ様」
「元々の予定であれば既に領都へ帰っていてもおかしくはないのですが、事後処理などがあるので滞在期間を延ばします。その間は今回の件関連の用事以外なら自由にしていて構いません。休養日扱いにします」
クラルテさんの言葉を聞いて喜ぶ兵士の人達。
やっぱり、お休みは誰でも嬉しいんだね。
その後、いくつかの連絡を聞いたところで解散。
既に時刻は深夜に差し掛かっていて、食堂に用意されていた夜食を食べたら直ぐにみんな自分の部屋に戻っていった。
精霊のネーロにも一部屋取ってあって、彼女はその部屋で休む。
私はアーテルとリリーを連れて部屋に戻り、眠ろうとしたけれど眠れず寝返りを繰り返していた。
二人の方を見ると既に気持ち良さそうに眠っていて少しだけホッとする。
私のせいで眠れなかったら申し訳ないしね。
自分が眠れない理由は分かっている。
今日、初めて人の命を奪ったからだ。
あの時の判断が間違っているとは思ってない。
でも、それでも、何度もあの瞬間が頭の中に蘇る。
私の前世は日本。
正直、記憶は少しづつ曖昧になっていたりするけれど、前世の私がいた日本がこの世界より平和だった事は覚えてる。
普通に生きていれば人の命を自分の意思で奪う事なんて無い。
もちろん、冒険者になった時に覚悟はしていた。
あの瞬間だってちゃんと覚悟した。
それでも、どうしても、頭から消えなくて。
どうにか眠ろうと頑張っても眠れないと分かったので、静かな足取りで部屋を出る。
この宿には三階に眺めのいいベランダがあった事を思い出してそこに向かう。
眠っている人も多いだろうから音を立てないように気をつけて、そっとベランダに出た。
「ふぅ」
夜空を見上げればたくさんの星が美しく瞬いている。
ブラウ(三月)の終わり頃とはいえまだ少し肌寒いな。
私はボーッと夜空を眺めながら考える。
隠遁生活を始めてもう一ヶ月が経っていた。
たった一ヶ月なのに色んな事があったな。
あの事を考えないように他の事を考えていて気を紛らわしていたら、ベランダと廊下を繋ぐドアが開く音がした。
誰が来たんだろうと振り返る。




