入学式と出会い
ついに入学式当日になった。
人生二度目でもこういう場は緊張するね。
今、私は同級生だろう子達と共に講堂に用意された席に着いて式が始まるのを待っている。
やっぱり、新入生は十~十二歳ぐらいの子が多くて六歳の私は凄く目立っていた。思ったよりも周りからの視線を感じる。こんな所で気配察知スキルの弊害があるとは思わなかったな。敵意じゃないから気にしないようにすれば出来るはずなんだけど、緊張しているせいかとても気になる。早く式が始まらないかな。始まればみんな式に集中して私を見る余裕は無くなるだろうし。
段々とざわめきが静まると、講堂の壇上に学院長先生が登壇した。学院長先生は新入生に祝いと励ましの言葉を送り、その後はこの学校の信念や諸注意などを話し始めた。
「この学院に身分の差はありません。同じ学院生同士、尊敬し助け合い楽しく豊かで実りある学校生活にしてください。
また、身分を振りかざした言動や私闘は処罰の対象となりますから、覚えておいてくださいね」
やっぱりその辺はちゃんと配慮しているんだ。貴族の子と普通の家の子が一緒に居るんだから何かしら起きかねないもんね。
「そして、この学院には頼りになる先生方や優秀な先輩方がいらっしゃいますから、何か困った時は一人で悩まず誰かを頼りましょう」
という風に締めくくり学院長先生のお話は終わった。
次は新入生代表の挨拶、そういえば誰が代表なんだろう。
壇上に注目していると、登壇したのはこの国の第一王子ミルフォイル・セレスタイトだった。
金髪碧眼で私と同い歳だからまだ六歳なはずなのに、背筋が伸びていて堂々とした表情を浮かべるその姿は流石王族だと思わせるものがある。
「暖かな春の優しい日差しの中、私達は歴史あるソッレルティア魔法学院中等部の入学式を迎える事が出来ました。
本日は私達新入生の為にこのような素晴らしい入学式を行って頂きありがとうございます。
私達にはこれから数々の出来事が待ち受けているでしょう。
ですが、ここにいる同級生達と身分の差に囚われず、力を合わせ知恵を出し合って困難を乗り越え、友情を深めていく事を誓います。
学院長先生、お祝いと励ましのお言葉をありがとうございました。
そして、先生方、先輩方、これから温かくも厳しいご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。
新入生代表ミルフォイル・セレスタイト」
……いや、完璧。本当に六歳? 私と同じ転生者とかなのでは?
そりゃ文章は本人が考えた物では無いのかもしれないけれど、聞いてる感じだと自分で考えた言葉として受け取れるからすごいよね。
何より、あの感じだと内容をしっかり理解してるのは間違いないな。
なんだかんだで式が終わり、組み分けられた自分の教室に移動した。
だいたい揃って来たので周りを見渡してみると、上手く貴族と普通の子が同じぐらいで組まれているみたい。
少し経つと教室の中のざわめきが一際大きくなり、その後途端に静まった。
何事かと思い入口を見れば、そこにさっき完璧な新入生代表挨拶をしていたミルフォイル・セレスタイトが居た。
まぁ、同じクラスなのは組み分けの表を見て確認してたから、私はそれほど驚いてないのだけれど他の子達はそこまで表を見ていなかったのか。いや、驚いているのは主に普通の子達だね。貴族の子はちゃんと把握してたわ。そりゃ、私も一覧から誰がいるのかしっかり把握して脳内メモに書いたもんな。
「そんなに固まらなくていいからね。僕の事は気にせず談笑していて欲しい」
「は、はい」
周りの子が咄嗟に返事すると、第一王子は優しく微笑みを返す。流石、さっきの挨拶を完璧にこなしていただけあってこういう時の対応も上手いね。
そんな一幕があった数分後、先生が教室にやって来た。
「よし、全員揃っているみたいだな。俺はこの第一クラスを担任するディリット・クエルクスだ。よろしく。俺の担当教科は基礎学と薬学、後は魔法薬学だ。それじゃあ、まずは全員の自己紹介でもするか」
その一声で一番端に座っている子から自己紹介が始まった。
私はちょうど真ん中の辺りに座っているので、まだ順番が来るには時間がありそうだな。そんな事を考えながらクラスメイトの自己紹介を見ていると、ちょうどミルフォイル殿下の番になっていた。
「僕の名前はミルフォイル・セレスタイト。得意な科目は薬草学と魔法薬学かな。僕はこの国の第一王子だけれど、この学院にいる時はみんなと同じ一生徒として、また友人になりたいと思っているから、よき友人として接して欲しい。よろしくね」
フレンドリー。とてもフレンドリーだ。いや、ゲームの時から思っていたけどめっちゃ優しくて気遣いの人だよね。笑顔がとっても柔らかくて、こうほわってするよ。
あっ、ミルフォイル殿下の事を考えてたら私の番が来ちゃった。どう自己紹介しようかな。
「はじめまして。私はマグノリア・アウイナイトと申します。今、興味を持っているのは魔物生物学とダンジョン学です。
沢山の方とお友達になって楽しい学院生活を送りたいと考えていますので、どうぞよろしくお願い致します」
ぶ、無難な自己紹介が出来たはず。実際本心だし、友達は沢山つくりたいしみんなと仲良くなりたいよね。
私の番が終わったので他の子達の自己紹介を見ていると一人、気になる子が居た。
「俺の名前はアルディート・モルガナイト。興味があるのは攻撃魔法学と剣術、後は結界魔法かな。長い学院生活を楽しく豊かに過ごしたいから、仲良くなれると嬉しい。よろしく」
やっぱり、モルガナイトって「薔薇騎士は愛を紡ぐ」の主人公の家だよね。さっき一覧を見た時も気がついて気になっていたけど、アルディート君は予想通り主人公のお兄さんっぽいな。顔が似てるし、主人公と同じ綺麗な赤い髪だしね。
そっか、アルディート君とミルフォイル殿下が仲良くて、その関係で主人公のローズ・モルガナイトがミルフォイル・セレスタイトと交流する機会が生まれるのか。
興奮と緊張の自己紹介はあっという間に終わった。この後はクエルクス先生から今後の事の説明と、選択する授業の一覧の紙を配られ下校となった。
家に帰るとお父様とお母様が出迎えてくれていた。
「おかえりなさい。入学式はどうだった? お友達は出来そう?」
「お母様、お父様、ただいま。入学式は緊張したけれど大丈夫だったよ。うーん自己紹介は上手く出来たはずだけどお友達は出来るかなぁ? そこはこれから頑張ります。あっ、同じクラスにミルフォイル王子殿下がいらっしゃいました」
「おかえり。上手くいったみたいで良かったよ。そうか殿下と同じクラスになったんだね。王宮でも殿下の優秀さは有名だから、お互いに切磋琢磨出来るといいね」
「はい!」
普段は一気に話したりしないけど、興奮していたのか全部を喋ろうと少し早口になっちゃったのが恥ずかしい。精神年齢は大人なはずなんだけど。やっぱりなんだかんだで緊張したり興奮していたのかな。
一生懸命に出来事を話す私を両親は微笑ましく見守っていた。
はてさて、とても緊張した入学式から数週間が経ち私は七歳になっていた。実は七歳の誕生日に入学祝いと誕生日祝いを合わせたプレゼントをお父様から貰っていて、それがマジックバックだったのでとっても驚いてたのが最近のハイライト。容量は中の上だけど時間停止機能がついているとてもいい物だった。
そして、この数週間でなんだかんだ学院にも慣れてクラスメイトとも仲良くなれている。ただ身分を気にしないようにしていても公爵家だからか、まだ少しだけ距離がある子が多いけどね。
今はちょうど私の選んだ選択授業がなくて、休み時間になっているため図書館に来ていた。
幼等部、中等部、高等部、特級院の全ての生徒が使える図書館は広くて蔵書数もすごい。そこで私は隠しているからあまり勉強出来ていない時空間魔法を調べるつもりなんだ。
今のところ使えるのはマジックドロワーだけだから、もっと色々な魔法が使える様になりたいんだよね。ちなみにマジックドロワーはよく使っていて、中にはちょっとしたお菓子とか本とか魔道具の玩具とかを入れたりしている。
で、確かこの辺りに時空間魔法関連の本がある筈なんだけれど。あっ、あった。
目的の本を取ろうとした時、同じ本を取ろうとした他の人の手と重なった。
「あっ、すみません」
「いや、僕もごめんね」
声がした方を向くとそこには、ミルフォイル殿下が居た。
「殿下、申し訳ありません」
「いや、気にしないで。君は確かマグノリアさんだったよね?」
えっ、しっかり覚えられているんだ。
「はい。マグノリア・アウイナイトです。そちらの本は殿下がお持ちになられてください」
「マグノリアさん、自己紹介の時も言ったけれど今の僕はあくまでこの学院の一生徒であり、出来ればみんなと友人になりたいと考えているただのミルフォイルだからそんなにかしこまらないで欲しいな」
これを六歳で言えるのが凄い。
王子という環境もあるんだろうけど、元々頭が良いよね。
「では、ミルフォイル様とお呼びしてもよろしいでしょうか? あと、私の事は呼び捨てで構いません」
「もちろん、というかもっと砕けて欲しいのだけれどそれはまだ難しいのかな。じゃあ、マグノリアと呼ばせてもらうよ。それと、この本は君も読みたいんだよね? それなら一緒に読まないかい?」
流石フレンドリー王子。見事な気遣い。ミルフォイル様とも仲良くなりたいと思ってたしいい機会だよね。
「ありがとうございます。ではご一緒させて頂きます」
「それじゃあ、そっちの席に座ろうか」
「はい」
ミルフォイル様と図書館の中にある椅子に隣同士で座り、机の上で本を開く。ううー、ちょっと緊張するなぁ。
「そういえば、この本を読むという事はもしかして時空間魔法のスキルがあるのかな? あっ、いや、人のスキルを聞くのはマナー違反だったね。ごめん」
「いえ、お気になさらず。スキルは持っていないのですが時空間魔法に少し興味があって、この図書館ならあるかなと思い探していたのです」
「そうなんだね。じゃあマナー違反をしたお詫びに一つ僕の秘密を教えるよ。実は僕、時空間魔法を持っているんだ」
え、それ教えても大丈夫なんですかミルフォイル様! 第一王子のスキルの情報なんて結構な国家機密なのでは?
「私がその事を知ってしまっても大丈夫なのですか?」
「隠していてもいつか人前で使う可能性だってあるのだから、君が知っていても問題は無いよ。それよりも秘密の共有ってワクワクしないかい? これぞ友達って感じがするからしてみたかったんだ」
ふふ、やっぱりこういう所は六歳なんだな。可愛い。でも、せっかく殿下が教えてくださったんだから、私も教えてもいいんじゃないかな?
「ミルフォイル様、では私も秘密を話しますね。さっきはスキルを持っていないと言ったのですが、私も時空間魔法のスキルを持っています。これはお父様達も知らないので絶対に内緒ですよ」
「えっ、いいのかい? 君の父上と言ったら宰相だよね? 宰相も知らない君の秘密を知ってしまうとは思わなかった。
けれど、鑑定魔法を使えば普通はどんなスキルを持っているか分かるはず、どうして知られていないのかな?」
あっ、私のおっちょこちょい。いわゆるギフテッドだろうミルフォイル様ならそこまで気がつく可能性を考えてなかった。これは、隠蔽スキルの事も話すしかないかなぁ。
「えっと、こちらも内緒ですよ。実は隠蔽スキルを持っていて時空間魔法は隠しているんです」
「そういう事なのか。いやしかし、とても重大な秘密を知ってしまったね。ふふ、やっぱり予想していた通り友達とこんな風に話すのは楽しい。
改めてマグノリア、僕と友達になって頂けますか?」
「はい! もちろん!」
こうして私達はあっという間に友達になった。
そういえば、攻略対象で話したのはミルフォイル様が初めてだな。今は攻略対象というより、一人の大切な友達って認識しかないけど。
ミルフォイル様と仲良くなってから二ヶ月ほど経ち、季節は六月、ヘールを迎えていた。
学院での勉強は順調でとても楽しく過ごせている。また、ミルフォイル様とも頻繁に図書館で共に本を読んだり、同じ選択授業でペアを組んだりしてあの時よりももっと仲良くなっていた。
今日は光の日で学院は休み。実は少し前からお母様が体調を崩していて、もしかしてと考えている。
私が物思いにふけっていると、部屋に両親がやって来た。
「マグノリア、少し話があるんだ」
「はい」
「実はね、貴方に弟か妹ができるのよ」
「えっ! 本当ですか!」
「ああ、本当だよ」
やっぱり、ここの所のお母様の体調の悪さは妊娠した事によるものだったんだね。
あと数ヶ月したらアーテルに会えるんだ。私の可愛い弟。楽しみだな。
「大体、来年のウィットゥぐらいに産まれるからそれまでお母様の事を気遣って手伝ったりして欲しい」
「はい!」
来年の一月に会えるのか。それまで弟に恥じない姉になる為に頑張らなきゃ。
「そして、産まれたらその子の事も大切にできるかい?」
「もちろん! すっごく大切にします」
「あと、話はもう一つあるんだ」
えっ、今度はなんだろう?
「実はハイアシンスも妊娠していてね。もう一人、弟か妹ができるんだよ」
「えっ」
そうか、アーテルが兄だけど同い歳なんだからヴァイスも同時期に産まれるよね。
「大体リフトブラウぐらいに産まれるそうだから、その子の事も大切にして欲しい」
「はい」
「マグノリア、母親が違っても産まれてくる子は貴方の大切な姉弟だからどちらの子も愛してあげてね」
「もちろんです」
「ふふ、安心したわ。マグノリアならきっといいお姉さんになれるわね」
「当たり前だよ。何せディア、君の娘なんだから」
「何を言ってるんです。貴方の娘でもあるんですよ」
あれ、なんだか私おじゃま虫では? 私はそう考えてそっとその場を離れ庭に出た。
アーテルが産まれてくるって事は、お母様の亡くなる時期も近づいているって事なんだよね。
この数ヶ月でスキルも増えたし、レベルも上がったけどお母様を助けられるかは分からない。いや、というより難しいと思う。産後の肥立ちが悪いのは治癒魔法ではどうにもならないらしい。それに私が作れる魔法薬もまだまだ限られている。
何より、お父様が原作でも手を尽くしていたはずなのにどうにもならなかったって事は、ダンジョンでごくごく稀に入手出来る伝説級の魔法薬とかじゃないと無理なんだろう。
諦めるつもりは無いけれど、覚悟だけはしておこう。そして、お母様と一緒にいることが出来る今を大切にしよう。