薬師ギルドのギルドマスターと嫌な予感
「ふむ、その様子なら君は合格しそうだね。先程の鑑定で君の調合スキルのレベルを見たんだがとても高くて驚いたよ。実は今、中級治癒ポーション等のポーションが不足していてね。そこで君が持っているだろうポーションをできる限り売って欲しいのだが可能かね?」
えっ?
調合スキルのレベルを見た?
あの魔道具って調合スキルの有無を確認するだけで、レベルは見れないはずじゃ……。
そう思いつつも治癒ポーションの不足は色んな人が困ると考えて売る事を承諾する。
「ええ、可能です」
「では、こちらに出してもらえるかな? ポリーナ、ベックを呼んできてくれ」
「はい」
受付の女性はポリーナさんって名前なのか。
よし、覚えておこう。
「ベックは買取担当でね。詳細な鑑定ができるんだよ」
「試験で使っている魔道具ではダメなんですか?」
「試験の魔道具は下級治癒ポーションだけしか鑑定出来ないのでね。鑑定スキル持ちのベックが必要なんだよ」
そういう事か。
それにしてもなんだかこのギルドマスターの事を信用出来ない。
調合スキルのレベルを勝手に見られた事や、さっきの視線に感じた嫌なものなど不信感が募る。
鑑定スキル持ちが勝手に人のステータスを鑑定するのはマナー違反と言われることもあるけど、自衛や自身の能力の活用なので合法だ。
けれど、ギルド職員が本人の許可なくスキルの有無やレベルを見るのは違法に近いはず。
さっきの魔道具でスキルの有無を見る事には同意しているけれど、レベルまで見れるなんて事は知らされていなかった。
今までの会話に不審なところが多すぎるので、私はこっそりとある魔道具を取り出して録音する事にした。
少し待つと登録試験担当のマカールさんが戻って来る。
そして、受付のポリーナさんと共に買取担当のベックさんと思われる人もやって来た。
「鑑定結果は合格だ。とてもいい出来のポーションだったぞ」
「良かった。ありがとうございます」
「これがギルドカードだ。後は魔力を注ぐだけで登録の手続きが終了する。諸注意などはポリーナから説明してもらうといい」
「分かりました」
直ぐに渡されたギルドカードに魔力を注いでおく。
終わったところで私がポリーナさんから諸注意を聞こうとすると、ギルドマスターに割って入られた。
「諸注意など後回しで構わんだろう。早くポーションを出して欲しいのだが」
マジか。
いや、諸注意はとても大切なはずなんですが。
そう思ったけど揉めるのも面倒なので、マジックバッグから出しているように装いつつマジックドロワーから中級治癒ポーションを出す。
「おお、素晴らしい!」
中級治癒ポーションを五本程出したところで、ダンジョン産の上級治癒ポーションも出す。
「これは! 上級治癒ポーションじゃないか! これも君が作ったのかね?」
「いえ、これは知人と行ったダンジョンで宝箱から手に入れた物です」
「そうか。それでもありがたい。しかし君の調合スキルのレベルであれば上級治癒ポーションも作れるだろう。作った事は無いのかい?」
あー、そうか。
レベル的に作れない方が変なのか。
これは面倒だな。
けど、強引に否定するのも不審がられそうだし認めるしかないか……。
「ええ、一度だけ作った事があります。けれど、まだまだ品質が悪くて材料が勿体ないのでそれ以降は作っていません」
「それはまた勿体ない。品質など気にせず作って売るべきだよ」
いやいや、品質は大切でしょう?
品質が悪いと効果が半減したりするし、そんな物を売ったりしたら人の命に関わるのにこの人は何を言ってるんだろう。
誤魔化して有耶無耶にしようと思ったけどそれ以前にこのギルドマスターが酷すぎた。
周りを見るとマカールさんは顔を顰め、ポリーナさんは無表情、買取担当のベックさんはいやらしい笑みを浮かべている。
やっぱり、この薬師ギルドはおかしい。
この数分でギルドマスターへの不信感は爆上がりした。
「そうですね。材料もなかなか入手しずらいので機会があればまた挑戦してみようと思います」
「おお! そうかね。もし良ければギルドマスター権限で君に材料を回してあげよう」
「それは……。私は冒険者ギルドにも登録していて材料を自分で集めるのも好きなので、お気遣いだけ頂いておきますね」
私がそう答えると渋々ギルドマスターは引き下がった。
いや、新入りにギルドマスター権限で材料を融通とか怖いな。
いつの間にか買取担当のベックさんが鑑定を済ませていたようで、何故かギルドマスターに耳打ちをする。
「中級治癒ポーションの一つがこの子の独自レシピのようです。効果が高いこのレシピがあれば一儲け出来ますよ」
耳打ちの内容が聞こえてきてやらかした事に気づくと同時に呆れ返る。
それを聞いたギルドマスターはいやらしい笑みを浮かべているし、嫌な予感しかしない。
それにしても早く諸注意を聞こうと思って中級治癒ポーションを出す時に確認し忘れちゃった。
通常レシピの物だけを出すつもりだったのに、これは大きなミスだな。
「実は薬師ギルドには登録時に独自レシピを持っている者は、一つ提出するという決まりがあってね。
幸い君は独自レシピを持っているようだし提出してもらおうか」
は?
いや、そんなルールありませんよ。
独自レシピは効果さえ証明出来れば隠せるのが常識でしょう?
「ギルドマスター、それは……」
あまりの発言に止めようとしてくれたマカールさんの方をギルドマスターが一睨みする。
そして小声で「逆らったらどうなるか分かっているだろう」と囁いた。
マカールさんは苦虫を噛み潰したような顔をしつつ引き下がる。
この様子だとこのギルドのまともな人達は脅されてるのかもしれない。
どうするか考えないと。
こんな奴にメラン様のレシピは絶対教えたくないし。
なので、私が考えて作った中級治癒ポーションのレシピを渡す事にした。
このレシピはメラン様のレシピには及ばないけどそれなりに効果を高められた物だ。
「ほう、君は賢いね。素直に従うのはいい事だよ」
そう言ったギルドマスターをぶん殴りたかったけどグッとこらえて、ポーションを売る話に移行する。
「それでは、上級治癒ポーションが三本で金貨三枚、中級治癒ポーションが五本で小金貨五枚になりますね」
は?
えっ、今日何回「は?」って思えばいいの?
上級治癒ポーションは通常一本で金貨三枚だし、中級治癒ポーションも通常一本で小金貨三枚のはず。
しかも、独自レシピは鑑定で効果が証明されれば値段も上がるのにそれも無視か。
まぁ、独自レシピの方は置いておくとしても値段がおかしい。
「あの、上級治癒ポーションは普通一本金貨三枚ですよね?」
「ああ、君は登録したばかりだからね。信用度が低いからこの値段なんだよ」
「鑑定で確認しているのにそんな規則があるんですか?」
「君ねぇ、新人が欲深いのはどうかと思うよ」
買取担当のベックさんは蔑むような目でそう言い放った。
はぁ。腹立つ。
新人云々関係なく鑑定で証明されているのに、こんな事をしようとするなんて。
私達の会話を聞いていたギルドマスターがおもむろに近づいて囁く。
「あまりわがままを言うべきではないよ。ここで悪い評判がついたら薬師ギルドでやっていけなくなるからね」
挙句の果てに私を分かりやすく脅し始めた。
正直、バルツさんを頼るのは最終手段だからやりたくなかったけど、それも考えた方がいいかもしれない。
ギルドマスターの言葉を聞いて引き下がった振りをしつつ会話を終わらせて、登録試験の部屋を出た。




