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ダンジョン都市へ行こう(道中編 アスティさんとバルツさんの過去)

 オーアスへ向かう道中、私はアスティさんと一緒に御者台へ座ってさっきの話の続きを聞いていた。


「疲れたり調子が悪くなったら言ってね。馬車を停めて休憩できるからさ」

「はい! ありがとうございます」


 前も思ったけど、アスティさんって周りをしっかり見てて、よく気がつくタイプの人だ。いや、ヴァンパイアだね。

 毎回言い直すのめんどくさいし、普通に人って言うことにする。

 さて、気になっている事が幾つかあるので聞くことにした。


「質問してもいいですか?」

「うん、いいよ。俺に答えられる事ならなんでも聞いて」

「あの、さっき言ってた元人間ってどういう事ですか?」

「あー、それはね。今から十五年ぐらい前の話なんだけど、俺元々暗殺者でさ」


 えっ、初っ端から重い話が来た。

 暗殺者って……。


「あ、暗殺者ですか?」

「そう、暗殺者。と言っても自分なりのルールがあったから誰彼構わず殺したりはしてないよ。良い人や苦労してる人は殺さないって決めてたからね。で、その時の俺に新しく来た依頼がバルツ様の暗殺でさ」


 おっおう。話が進めば進むほど重たい気配が……。

 やっぱり、貴族って命を狙われるんだね。

 誘拐された私がそう思うのも変だけど。


「ただ、バルツ様が良い貴族で良い人って事を知ってたから拒否しようとしたんだけど、一番大切な幼なじみを人質に取られちゃってね」

「それは……」

「まっ、依頼に来た連中がすげークズだったってだけ。それで仕方なく実行する為にバルツ様の近くへ潜り込んだんだけど、バルツ様って優秀だから即バレちゃってさ」


 ありそう。いや、実際にあったんだろうけど。バルツさんならすぐ違和感とかに気づきそうだよね。

 しかも、いつの間にか隠している全てを察してそうな雰囲気がある。

 だから、私の事も気がついてるんじゃないかってずっと心配してたんだけど。


「それで、あっという間にバルツ様に事情を洗いざらい喋らされて、そしたら幼なじみの奪還作戦に協力してくれる事になってね。で、直ぐに実行したんだけど途中でアクシデントが起きちゃってさ」

「アクシデント? とても不穏なんですが」

「まぁ、簡単に言うと連中はバルツ様のお人好しな所まで見抜いて命を狙ってたんだ。俺と幼なじみを助けようとするだろうってね」


 それはまた卑怯で卑劣な。

 いや、人質を取って人殺しの命令をする時点でクズだったわ。


「そいつらは幼なじみ諸共バルツ様を殺そうとしていた。だから、俺が二人の前に立って強力な魔道具から放たれた魔法を全部受けちゃったんだ」

「ああ、そんな」

「まぁ、ほぼ即死に近い瀕死になったけど、その状態でバルツ様に生きたいか? って聞かれてさ。もちろん、生きたいって答えるじゃん。そしたら、口の中にバルツ様の血液をぶっ込まれるわ、俺の身体に魔力を思いっきり注がれるわ。で、そのぶっ込まれた血を飲み干したらこの通りバルツ様と同じヴァンパイアになってさ。そのお陰で瀕死から回復できたんだ」


 エピソードが濃かった。とても濃かった。

 そうか、ヴァンパイアの回復力はすごいから、種族をヴァンパイアにする事で瀕死から回復させたのか。

 ちなみに、その幼なじみの人は男性で、その後バルツさんにお願いして自分もヴァンパイアにしてもらったらしい。

 多分、ヴァンパイアになると寿命が長くなるから、アスティさんを一人だけ残して逝きたくなかったんだろう。

 私とアーテルも寿命の差が大きいらしいから、あの子を残して逝くことになるって思うと心配だし。


「話しにくい事を聞いてしまってすみません」

「いーよ、いーよ。気にしないで。むしろ話せて楽しかったから」

「ありがとうございます。そういえば、アスティさんって今おいくつなんですか?」

「今年で四十歳だね」

「えっ? でも容姿が?」


 若いのに? もしかしてヴァンパイアになったから?


「ああ、それはヴァンパイアになった時点で容姿が歳を取らなくなるからだよ。元からヴァンパイアの場合は二十歳前後で、途中でヴァンパイアになった場合はその時の年齢から容姿が変わらなくなるんだ。まぁ、寿命が近づいたら自然とまた歳を取り始めるらしいけど」


 へぇ、途中でヴァンパイアになった場合はそこで容姿の年齢が止まるんだ。

 さすが、異世界。こういう前世だとありえない話を聞くとワクワクする。

 でも、今回の場合はワクワクするには話の内容が重すぎたけど。

 ちなみに、私も二十歳前後で容姿の成長が止まるらしい。

 公爵家の歴史が書いてある本に、エルフの先祖返りもエルフと同じくそのぐらいで歳を取らなくなるって書いてあったからね。

 あと、人族の成人年齢は十五歳だけどエルフの成人年齢は五十歳らしい。

 長命な種族はそこから違うのかって思ったよ。

 だから、まだ人族としても未成年の私が人族の街で冒険者をしているのってすごく目立つんだよね。

 他のエルフに会ったら、何か言われる可能性がありそうで今からヒヤヒヤしてる。


「そうなんですね。あれ、でもバルツさんは?」

「あー、あの人は特殊な例らしいよ。先祖返りが原因なのかは分かんないんだけど、普通に四十歳ぐらいまで容姿が歳を取った。そして、そこから歳を取らなくなったんだってさ」


 そういう事だったんだ。

 個人的には、今のバルツさんの容姿はとても素敵なので嬉しいけれど、本人は若いままでいたかっただろうな。

 まぁでも、若い頃のバルツさんもそれはそれですごくかっこよさそうだ。


「そうそう、バルツ様も色々あったらしくてさ。あの人、元々はヴァルメリオ公爵家の嫡子だったんだよ。

 でも、五百年前のこの国は今より他種族を嫌う人が多かったらしくて」

「他種族をですか?」

「うん。だから、先祖返りのヴァンパイアとして生れたバルツ様は風当たりが強くて大変だったらしいよ。

 まぁ、結局その差別的な考えと長命な種族のバルツ様に高位貴族として居座られるのを嫌がった貴族達に公爵家の当主になる事を反対されたから、バルツ様は直ぐに嫡子の座を弟に譲ったんだ。で、公爵よりは権力がだいぶ劣るけど、元々バルツ様のお父さんが持っていたこの辺境領と伯爵位を継いで辺境伯になったんだって」



 思った以上に苦労してて驚いた。

 そうか、今のネフライト王国が他種族に寛容なのは、バルツさんが五百年以上辺境伯として頑張ってきた功績もあるのかもしれない。

 最初の頃は味方も少なかっただろうにすごいな。

 彼の余裕のあるかっこよさや、察しのよさ、他者を気にかけて助けようとしてくれる優しさは、今までの経験から積み重ねて手に入れたものなんだと思う。

 そして、そこがバルツさんの大きな魅力だよね。

 ここまで聞いてると色々と偽っている事が心苦しい。

 いつか本当の事を話せたらいいな。


「バルツさんはすごいですね」

「ねー。俺もそう思う。あの時バルツ様を暗殺する依頼が来たのも、未だに一定数、人族至上主義派の連中がいるせいらしいんだよね」

「人族至上主義ですか?」

「そう。魔族や獣人族、エルフ族やドワーフ族とかの他種族を見下してて、差別してる連中。一番多いのはアンバー帝国らしいけどネフライト王国にもセレスタイト王国にもそれなりにいるって話」


 人族至上主義派の話を聞く度に考える。

 この人達の根底にあるのは、なんなんだろう?

 私は嫉妬なのでは? と思っている。

 亜人と呼ばれるエルフやドワーフ、魔族や獣人は人族より全体的に能力が高い上に、人族より特化して秀でている能力があったりする。

 もちろん、人族が他種族に勝る所がないとか絶対に勝てないってわけじゃない。

 けど、その能力の差が人族の一部の人達に劣等感を与えて、差別する事になったんだろうと思っている。

 でも、人族の中にも能力の差はあるわけで。

 羨ましいという感情を持つことが間違っているとは言わないけれど。

 それが、差別や攻撃の原因になってしまうのはどうかと思うんだ。

 その点、エレスチャル魔王国は魔族や獣人族、エルフ族にドワーフ族、そして人族が協力し合って暮らしてる。

 多少の問題とかはあるんだろうけど、それでもずっと平和な国だからすごく尊敬しているんだ。


「まぁ、あの時の依頼主はちゃんと罰せられたから良いけど。また同じ事が起きる可能性もあるからなー」

「それは、心配ですね」

「ただね、あの後聞いたんだけど、あの時俺が庇わなくてもバルツ様はどうにか出来てたらしいんだよね」

「えっ」

「まっ、だからバルツ様なら大体の事は大丈夫なんだけど。ちょっと煩わしいよねって話」


 それは、アスティさんからしたら複雑というかなんとも言えないよね。

 自分の行動を後悔したりはしていなさそうだけど。

 多分、アスティさんはそこまでバルツ様の実力を知らなかったんだろう。そして、バルツさんもまさかアスティさんが自分を庇うなんて思っていなかったんだろう。

 アスティさんやその幼なじみの人は、ヴァンパイアになった事を後悔してなさそうで少し安心した。

 話している感じは軽かったし、今はヴァンパイアとしての生を楽しんでるみたいだ。

 まぁ、本当の気持ちは本人にしか分からないんだけど。


「あっ、リアちゃんもエルフなんだし人族至上主義派の連中には気をつけてね」

「はい。気をつけます」

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