六年後の日常
赤ちゃんの時に前世の記憶をバッチリ持ってから数年が経ち、私は今年で七歳になる。
あの第二夫人の話を聞いてから一年後、私が一歳になった頃にお父様はカルミア侯爵家の令嬢を二人目の妻に迎えた。
それからは色々と揉め事も起きかねないので、第二夫人は別邸にいて、お父様が本邸と別邸を行き来している。ちなみに揉め事を起こすのはお母様ではなく第二夫人のハイアシンス様。何かとお母様に張り合おうとするんだ。
ハイアシンス様を迎えた当初は、お母様の方が実家の爵位が低いため、厄介で口さがない連中から第一夫人と第二夫人を入れ替えろという声も上がっていたらしいが、お父様は断固拒否した。第一夫人は正妻、第二夫人は側室という意味合いに近いからカルミア侯爵家におもねるその連中は変えたかったんだろう。公式な場などでは第一夫人が女主人として仕切ったりもするからね。
後から聞いた話だと、爵位自体は伯爵家と侯爵家でお母様の実家であるギプソフィラ伯爵家の方が低い。
けれど、歴史はカルミア侯爵家よりも長く、また王族からの信頼もすごく厚い家なんだ。
しかも、数代前には功績により侯爵家に陞爵させるという話もあり、ただその時の当主が貴族間のバランスなどを考えて辞退している。
だから、場合によっては同格だったっていう程度なんだけど、伯爵家の中では頭ひとつ抜きん出て特別扱いされてるみたい。
後は派閥も王族派の中心の家の一つであるギプソフィラと、貴族派の筆頭であるカルミアなのでそのあたりも対立していたりする。
そのような背景がありハイアシンス様は、お母様に対して身分でそこまでの優位を取れない。その上、アウイナイト公爵家では先に夫人になっていて身体が弱くとも女主人としてしっかり切り盛りしているお母様の方が皆から信頼されていて優先される事が多いんだ。
それがハイアシンス様からすると腹立たしく余計にお母様を敵視する原因の一つなんだろう。よく不満を零しているとメイド達の話で聞いた。
そんな情報を色々と入手して、考える事がある。原作でマグノリアを誘拐した黒幕は、アウイナイト公爵家第二夫人ハイアシンスと王の第一側室アキレギアの姉妹、そしてその二人の父であるエーアガイツ・カルミアだ。
ゲームでアーテルルートを進めると分かる事なんだけど、本来はマグノリアとアーテルの二人を誘拐する予定だったんだ。でも、賊が押し入った時にマグノリアがありったけの知識と魔力を使ってアーテルを隠し通した。そしてその後マグノリアは、誘拐され亡くなる。私が頑張って変えるのはそこだ。まだ時間はあるから少しづつ対策していけばいい。
色々と考えていると思ったより時間が経っていたようで、マーサが私を起こしに来た。ノックされ声をかけられる。
「お嬢様、起きていらっしゃいますか?」
「うん、起きてるよ」
返事をするとマーサが部屋に入ってきた。
「おはようございます。ご支度のお手伝いは必要でしょうか?」
「おはよう。大丈夫、一人でできるから」
「かしこまりました。もうじきリエール様もトゥイーディア様も朝食になさいますので、お嬢様もお越しください」
「はーい」
返事を返すとお辞儀をしてからマーサが部屋から出ていく。
よし、支度しなきゃな。本来の公爵家令嬢は何もかもメイドに頼るのかもしれないけど、アウイナイト公爵家はお母様の方針で出来ることは自分でする様に教えられている。
もちろん、蔑まれるのも困るので他の人が居る時などはメイドを頼るし、公式な場に出る時の支度はメイドに全て任せたりもするけどね。
着替えながら鏡に映る自分の姿をまじまじと見る。
エルフ特有の長く尖った耳と、肩より少し下まで伸びた若草色の髪。これは御先祖のエルフ、ウィリディス一族特有の髪色らしい。そして、お母様に似たサファイアブルーの瞳。
前世とは比べ物にならないほど可愛らしい少女が映っている。かと言って前世の姿が嫌いだったわけじゃないけど。
さて、物思いに耽ってないで着替えも済ませたしそろそろ食堂に行かないとね。
「マグノリア、おはよう」
「お父様、おはようございます」
「きちんと支度できたようだね」
「はい」
食堂に向かう途中でお父様に会ったので、そのまま二人で歩く。
食堂に着くと既にお母様が席に着いていた。
「マグノリア、おはよう。よく眠れた?」
「お母様、おはようございます。はい、しっかり眠れました。なのでおめめパッチリです!」
うん、本当にぐっすり寝たから頭がスッキリしている。
「ふふ、良かったわ。あなたもおはようございます」
「ああ、おはよう。トゥイーディア、身体の具合はどうだい?」
「今日も大丈夫よ、むしろ調子がいいわ」
お母様の体調も良いみたいでホッとする。
「それなら良かった。安心したよ。さて、今日も美味しそうな朝食だね」
「ええ、本当に。あっ、そうでした。昨日実家の方からベリーが届いたの。だから一部をジャムにしたわ。良かったら付けて食べてね」
やった! お母様のジャムだ。しかもギプソフィラの特産品のベリーで作ったものなら絶対美味しいに決まってる!
「おっ! それは楽しみだね」
「お母様のジャム大好き! 今度私にも作り方を教えて欲しいな」
「そうね。お料理は楽しいから覚えて損はないわ。今度一緒に作りましょう」
「本当? やったー!」
「では、そろそろ頂こうか」
「はい、いただきます」
本来、公爵夫人や令嬢が料理を作る事はあまり無いんだけど、お母様はお料理が好きだから普通に作ったりしている。まぁ、セレスタイト王国はその辺、緩いのでその事を知られても誰かに何かを言われることはほとんど無い。ただ口さがない人はどこにでもいるけどね。
楽しい会話とともに食事は進み、ふとお父様にお願いがある事を思い出した。
「お父様。私、今年のヘールフルンから魔法学院に通う事になるけど、本当に中等部の入学試験を受けるの?」
「うん? ああ、そのように手配しているよ。もしかして嫌なのかい?」
「嫌ではないけれど、少し不安で」
「大丈夫、マグノリアは今の時点で中等部に入れるだけの実力と素質があるんだから」
「けれど中等部に入る方は幼等部でしっかり基礎を作られた方や、家庭教師から色々と習ってから入学試験を受けられる方でしょう?」
「そうだね」
「家庭教師の方は私もつけて頂いているけれど、魔法はほとんど習ってないわ。それでも大丈夫なのか心配なの」
実は今年から私は魔法学院に通う事になっている。ちなみにヘールフルンとは前世の日本で言う四月の事。
この世界では一月二月と呼ぶ事もあるが大体は一月ウィットゥ、二月リフトブラウ、三月ブラウ、四月へールフルン、五月フルン、六月ヘール、七月オラニエ、八月ヴーロート、九月ロードゥ、十月パース、十一月グライス、十二月ズワルトゥ、と呼ばれていて、今は一月でウィットゥだ。
セレスタイト王国があるフライハイト大陸は日本と同じように、三~五月が春、六~八月が夏、九~十一月が秋、十二~二月が冬となっている。ただし場所によっては魔力や様々な要因で変わっていたりするらしい。
また、一日は二十四時間で一年は三百六十五日、曜日は基礎属性が当てはめられていて、無の日、火の日、水の日、風の日、地の日、闇の日、光の日の七日で一週間となる。
あと、一般的な休日は光の日で、たまに闇の日も休みなところがあったりする。
それじゃあ、本題に戻ろう。
セレスタイト王国王都にある王立ソッレルティア魔法学院は、周辺諸国の中でもすごく有名な学院。
そして「薔薇騎士は愛を紡ぐ」の舞台でもある。
まず、学院内は幼等部、中等部、高等部、特級院と別れており、身分を問わず実力があれば入学出来る上、飛び級や飛び級入学も出来る。また、優秀であれば助成金や奨学金も出して貰える手厚い学校。
そして、高等部卒業で学院の卒業と認められ、特級院は所謂大学院のような扱いで、研究を続けたい人が進学し在籍期間に制限もない。
そこで私は幼等部には入らず、大体十~十二歳くらいから入る中等部に飛び級入学する予定なんだ。
ぶっちゃけ魔法にも学力にも不安はない。だって学力は家庭教師からの授業で十分だったし、魔法はこっそり自主練習してるから。
なら何故この話題を出したのか? ってなると思うけどそれはね。
「うーん。それならマグノリアはどうしたいんだい?」
よっ! 待ってました!
「お父様が最近、エルフの冒険者の方と交流をもっていらっしゃるとお聞きしました。その方はウィリディス一族の方だとか。
私、その方に魔法の家庭教師をお願いしたいのです」
「ああ、ふっ、そういう事か。それはエルフに興味があるからとかでは無いんだね?」
もちろん、自分以外のエルフに興味はある。
でも、目的はそこじゃないんだよね。
「全くないとは言いませんが、それよりも御先祖様と同じ一族の方に教えて頂きたいという気持ちの方が強いです」
「そうか。それなら彼に依頼してみるとしよう。ただし、断られたらそれまでだからね?」
「わかりました。お父様、ありがとう!」
「マグノリア、良かったわね」
「はい! とても嬉しいです」
「まだ決まった訳では無いのだから喜びすぎるとダメだった時が辛いよ」
「はーい。期待し過ぎないようにします」
という会話があった数日後。今日、件のエルフの冒険者の方に会える事になった。
お父様曰く、実力を見て教えれそうだったら教えると依頼を受けてくれたらしい。
「お父様、冒険者の方達はまだかしら」
「もう少しすれば来るはずだよ。だからそんなにそわそわしないで」
「だってとても楽しみで。あと、お眼鏡にかなうかどうか不安なのもあるけれど」
「マグノリアなら大丈夫だよ」
「お父様、ありがとう」
お父様と話しているとマーサがやって来た。
「リエール様、マグノリア様、お客様がお見えになられたようです」
「分かった。それでは行こうか」
「はい」
出迎えに向かうと、様々な種族の五人の男性がいた。
「リエール様、お待たせしてしまい申し訳ありません」
「いや、構わない。よく来てくれたね。この子が娘のマグノリアだよ」
「初めまして。マグノリア・アウイナイトです。本日は依頼を受けてくださってありがとうございます」
「初めまして。冒険者をしているレルス・ウィリディスと申します。他の四人は私のパーティーメンバーで」
「俺はこのパーティーの剣士をしているトレランツ・レーニスだ。よろしく頼む」
「このパーティーのタンクで獣人のエルンスト・サンセール。よろしくな」
「俺っちはこのパーティーのシーフ、分かりやすく言うと罠の解除とか斥候とかをしてるアビル・フレクシブルっス。よろしく!」
「初めまして。私はこのパーティーで治癒術師をしているサージュ・プロニモスです。よろしくお願い致します」
一気に説明が来た。頭パンクしそう。こういう時の脳内メモだよね。よーし、メモった。
それにしても、人族が三人にエルフと獣人が一人ずつか。めっちゃ強そうなパーティー。
あと、個人的な印象だけどサージュさんの敬語には違和感無いけど、レルスさんがとても無理してそう。他の人は楽な感じで自己紹介してたから素なんだろうけど、レルスさんだけ違和感があった。
「それでは、まずお嬢様の現在のお力を教えて頂きたいので、場所を変えましょうか?
どちらを使わせて頂けますか?」
「そうしようか。裏庭に練習場があるからそこを使おう」
「かしこまりました」
「少しよろしいですか?」
流石に耐えられなくなって口を挟むことにした。
「どうしたんだいマグノリア?」
「えっと、お会いしたばかりの状況でこのような事をお伝えするのはどうかと思ったのですが、レルス様、ご無理をなさっているのでは? 口調は無理にかしこまらなくて大丈夫ですよ。この場にはお父様とアウイナイト家の者しかいませんから」
「えっ、お、お嬢様。そんなにも無理をしているように感じられましたか?」
「ええ。少しですが違和感を感じました。先程、自己紹介をしてくださった時に他の方々は砕けていらしたので、もしかしたらレルス様もそうなのではと思いまして」
私がそう伝えると途端に他の四人がそれぞれ笑い始めた。
「バレてしまっているなレルス。くくっ、だからいつも通りが良いんじゃないか? って言ったんだが」
「仕方ねーよ。くっ、同族の先祖返りの嬢ちゃんに会うんだ。カッコつけたくもなるよなー」
「あー、笑ったっス。まぁけど、よく高圧的とかってイメージのあるエルフが人族相手に敬語も変な感じっスよね」
「ふふ、レルスの場合は一般的な人族の持つエルフ像ともかけ離れていますがね」
それぞれ好き放題言ってて笑いそうになった。
やっぱり言わない方が良かったかな? いやでも慣れてない口調を頑張ってるのって聞いてる側がムズムズするんだよね。
「お前ら! 笑い過ぎだし、余計な事を言うなよ! 俺だって頑張ってたの! 第一、ウィリディス家でもこの公爵家に嫁いだメラン様はすごい方だから余計にきちんとしようとしてたのに!」
「ふっ、気にしなくていいと私も思うよ。君たちはマグノリアの先生になるのだから、やりやすい形でやって欲しい」
「リエール様、ありがとうございます」
「それでは移動しようか」
「はい」
お父様が上手く纏めてくれた。流石、いつも宰相として陛下を支えてるだけあるね!