領都滞在二日目、予想外な予定
翌朝。
目が覚めて泊まった部屋のカーテンを開けると、空は少し曇り模様だった。
隠遁生活が始まってから天気はずっと良かったもんね。たまにはこういう日もあるさ。
さて、朝ご飯は出るみたいだし、身支度でもしてよう。
隣のベッドを見ると、アーテルはまだぐっすり気持ち良さそうに寝ている。
うん、私の弟は可愛い。
アーテルの頭を優しく撫でておく。
今日は冒険者ギルドに行くのは決定として、薬師ギルドにも行きたいんだよね。
冒険者ギルドでは、今まで狩った魔物の魔晶核や素材を売るつもり。後、達成出来そうな依頼があったらそれもやりたい。
薬師ギルドは登録と、そこで薬や魔法薬を売れるかどうかの確認。
身支度をしながら予定を立てていると、アーテルが目を覚ました。
「おはよう」
「おはよう〜」
まだ眠たそうなアーテルに、食堂へ行ってご飯を食べるから準備するように伝える。
「はーい」
「今日は冒険者ギルドと薬師ギルドにもいくからね」
「分かった」
アーテルの準備が終わり、部屋を出て食堂に行くと女将さんに声をかけられた。
「お嬢ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「そうだ! お嬢ちゃんに話があってね」
うん、何かあったっけ?
話を聞くと、昨日私が作った料理を宿のメニューにしていいかというものだった。
カツ丼は私が作り出した物じゃないし、もちろんいいけど翡翠国が近くにあるなら同じような物を出す店もあるんじゃ?
そう思って女将さんに聞く。
「いや、私の知る限り無いね。お嬢ちゃんが使っていた調味料だって買ってる人は少ないと思うよ」
「そうなんですか? でも、それを取り扱っているお店は繁盛していましたよ?」
「あー、それはね。翡翠国は果物も有名なんだよ。だから果物やそれを加工した商品が売れているんじゃないかな?」
そう言われて思い返すと、私が欲しがった商品を置いている範囲は狭かった。
そして、果物やその加工品が沢山並べてあったことも薄らと思い出す。
そう言えば私が調味料を買ってる時に、翡翠国の人以外でその辺の物を買うのは珍しいって店員さん同士で話してたな。
美味しいのに勿体ない。
「このお店でカツ丼を出すのは構いませんよ。むしろお役に立てて良かったです」
「いやいや、お礼を言うのはこっちだよ。あんなに美味しいものを教えてもらったんだから。本当にありがとね」
話が一段落したところで、ご主人が朝食を出してくれた。
シンプルだけど美味しい朝食を食べながら考える。
そういえば、屋台とかを見たけどほとんど塩とちょっとした香辛料で味付けされた物ばかりだったな。
もしかして、テンプレだけどマヨネーズとかもない?
家で出てきたメニューを思い返すが、こってりとした煮込み料理とか香辛料をたっぷり使った物はあった。
けれど、現代日本でよく食べられているようなマヨネーズやカレーみたいなものはほとんど無かったし、味のレパートリー自体が少ない気がする。
そうか! 野菜にしろ何にしろ、前世の物より素材自体が美味しいんだ。理由は魔力が含まれてるからとか、ただ単に何かが違うのかもしれないけど。
「そういう事だったんだ」
「ん? どうしたんだい?」
「いえ、なんでもないです」
仮説が立って心の声が出てしまった。
ついでに、マヨネーズとかも女将さん達に教えようかな。
私がそれを伝えると、お二人にとても喜んでもらえた。
しかし、同時にお金の話になる。
私はそこら辺の事を全く考えていなかったんだけど、女将さん達はすぐに商人ギルドにレシピを登録して、使用料を払うと言われた。
「でも、私からしたらそこまですごい情報ではないんですよ?」
「それでも、登録しておくべきだ。それに俺たちだってタダでこれを使わせてもらうのは気が引ける」
ご主人にもそう言われたので、勧められた通り商人ギルドにも登録する事になった。
しかも、女将さんが付き添ってくれるらしい。
「リアちゃんは優しくて騙されやすそうだからね。少し心配なんだよ」
「ベランカさん、これでも私もうすぐ十四歳なんですよ」
「ありゃ、若いとは思っていたけどまだ成人してないのかい?」
この世界の成人年齢は十五歳。
貴族の子供もそのあたりで社交界デビューをする。
けれど、学院などは十八歳ぐらいで卒業するところも多く前世より成人のラインは曖昧だ。
ただ、結婚は男女ともに十五歳から出来る。
世界が違うのだから、その辺が違うのもおかしくは無いけど不思議な感じ。
べランカさん達に今まで名乗っていなかったので、さっきお互いに自己紹介をした。
名前もここに来た訳も少し嘘が混じってるけど、仕方が無いと思いたい。
「それにしても、成人していないエルフが人族の弟を連れて旅をしているなんて珍しい事もあるもんだね。エルフは厄介な連中に目をつけられやすいから気をつけるんだよ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
エルフが奴隷とかそういうのにする為に狙われやすいって、よくあるやつだけどこの世界にもあるのか。そういや冗談めかしてレルスさんが話してたな。
アーテルが人質に取られたりしたら困るし、ちゃんと気をつけよう。
朝食も食べ終わり、予定を変更してまず女将のベランカさんと商人ギルドに行く事になった。
ベランカさんが色々と教えてくれたのと、冒険者ギルドのギルドカードを提出したおかげで手続きはあっという間に終わる。
最後に商人ギルドのギルドカードを渡され、それを大切にマジックドロワーの中にしまった。
レシピの使用料はよく選ばれる使用料の一個下のランクを選んだ。
私は元々お金を貰うつもりがなかったから、一番下のランクを選ぼうとしたんだけどベランカさんに、
「そんなのダメだよ。せめて普通のランクか、その一つ下ぐらいにしなさい」
と言われてそのランクを選ぶ事になった。
「商人ギルドの口座は国内であればどこでも出し入れできます。使用料はそこに振り込まれますから覚えておいてくださいね」
「はい。ありがとうございました」
全ての手続きが終わったので、そこでベランカさんとは別れ冒険者ギルドに向かう。
なぜかアーテルは商人ギルドの職員さんとの話をすごく真面目に聞いていて、少し面白かった。
何がアーテルの興味を引いたんだろう?
二度目の冒険者ギルドにはすぐ着いた。
受付にマカレナさんがいる事を確認してから、依頼ボードを見る事にする。
Fランクの依頼で達成出来るのは、いくつかある薬草の納品のみ。
「思ったより出来るものが少ないな」
すると、アーテルが何枚かの依頼書を持ってきた。
「姉さま、この素材持ってるでしょ?」
アーテルが持ってきたのはCやBランクの依頼書。
フォレストベアの爪やデスパンサーの牙などを納品すれば達成できるものだった。
「持ってるけど、私達のランクで受けられない依頼なんだよね」
「そうなの? 素材をもう持ってるのにそれでもだめなのかな?」
アーテルはそう呟いて、マカレナさんの受付に走っていった。
「あ、アール待って!」
私が止める前に依頼書を出して、その素材がある事を言ってしまう。
あちゃー、止めるのが一歩遅かった。
私が追いつくとマカレナさんは私に問いかける。
「こちらの依頼書に載っている素材をお持ちだそうですが、本当ですか?」
「ええ、持っています」
「それは、リアさん達で討伐されたのでしょうか?」
「はい、そうです」
すると、マカレナさんは考え込み、少々お待ちくださいと言って奥に入って行った。
少し待つと戻ってきたマカレナさんが、私達を奥の部屋に案内する。
「ギルドマスターが一度お二人からお話を聞きたいと」
「えっ」
「厳ついおじさんですが、悪い人ではないので安心してください」
そう言ってマカレナさんは扉を開き、私達と共にその部屋に入る。
そこにはガタイが良くて、少し、いや結構厳つい顔をしたスキンヘッドのおじさんがいた。
「ヴァルメリオ辺境領領都のギルドマスターをしているアーメッド・ラペルトリだ。よろしく」
「私はリアで弟はアールです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
うん、迫力が凄い。流石、ギルドマスター。
「家名は伏せたいそうだな」
「ええ、色々と事情があるので」
ふむと考え込むアーメッドさん。
「仮の身分証には犯罪歴なしと書いてあったようだし、そこまで心配する必要は無いか?」
「はい、まだお会いするのは二回目ですが良い子達ですよ」
「人を見る目が確かなマカレナがそう判断したなら大丈夫だな」
その会話って私達が聞いてもいいものなのかな?
いや、いるのは分かってるんだからわざと?
そんな事を考えているとアーメッドさんに話を振られる。
「さっきマカレナから聞いたんだが、フォレストベアやデスパンサーを倒せるのか?」
「はい」
「そうか。まだ登録したばかりだからランクはF。もし本当に実力があるのなら勿体ないな」
また、アーメッドさんは考え込み始めた。
どういう事なんだろう?
「ランクをギルドマスターの権限で上げる特例はたまにある。だから、ギルドの訓練場で実力を見せてもらいたい」
「えっと、それはどういう?」
「君達は、実力にランクが合っていないようだ。だから、見せてもらった実力次第ではランクを上げようと考えている」
えっ、いいの?
だってサージュさんは依頼を着実にこなして上げるって言ってたよ。
そんな飛び級みたいな事出来るんだ。
「わかりました。よろしくお願い致します」
「よし。君達にも準備があるだろうから明日以降のいつ頃がいい?」
特に用事も無いし、先延ばしすると気になっちゃうから早めがいいな。
うん、明日にしよう。
「では、明日の午前中でお願いします」
「分かった。ではマカレナ、そのように手続きを進めておいてくれ」
「はい」
こうして私達は、実力を試される事になった。
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2021年5月22日追記。
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