領都で懐かしの味を手に入れる
マカレナさんに教えて貰った雪月亭は、思いのほか冒険者ギルドに近い場所にあった。
外観も綺麗で清掃が行き届いている。
「こんにちは。お部屋空いていますか?」
「いらっしゃい。空いてるよ。人数は?」
女将さんだろう女性に、二人ですと答える。
すると、どんな部屋がいいか聞かれたので、ベッドが二つある部屋を頼んだ。
「その部屋だと一泊、大銅貨四枚だよ。朝晩のご飯をつけるなら、合計大銅貨五枚になるね」
「はい、ではそれでお願いします」
支払いが終わると部屋に案内される。
部屋の中も綺麗で、流石マカレナさんおすすめの宿だ。
女将さんが部屋を出たところで、すぐ自分とアーテルに『クリーンアップ』の魔法をかけて綺麗にする。
「アール、身体を綺麗にしたからベッドに座ってもいいよ」
「うん」
そういえば、メラン様が隠し部屋に用意してくれていたお金にはまだ手をつけてないな。
お父様がずっとくれていたお小遣いもまだ残っているし、あれはいざという時のお金にしよう。
これから冒険者業や魔法薬で稼ぐ予定もあるもんね。
さて、そろそろ領都を見て回ろうかな?
「領都探検に行く人ー?」
「はい! はいはい! 行きたい!」
アーテルから元気な返事が返ってきた。
おお、わくわくしてるなー。
二人で部屋を出て、鍵を閉めてマジックドロワーにしまう。
雪月亭を出る時に出かける旨を女将さんにも伝えておいた。
「さーて、何があるかな」
まずは大通りに出て、目立つ店を回った。
野菜は、セレスタイト王国の王都より安いね。
そっか、作ってる場所が近いからだ。
おっ! 流石、海のある国。お魚の種類が豊富だねぇ。
でも、海から遠いこの辺境領でも新鮮な海の魚が売られてるって事は、マジックバッグの結構いい物が普及してるのかな?
時空間魔法スキル持ちはそう簡単にいないだろうし。
ちょこちょこ値切ったりしつつ食材を買っていく。
こうして色んな店を見て回っていると気になるお店を見つけた。
「さー、寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい!
うちは翡翠国の珍しい商品をいっぱい置いてるよー。見るだけでもいいから寄ってってちょうだい!」
あれ? 翡翠国ってどこだったっけ?
まず、セレスタイト王国の東にネフライト王国、そのまた東にラピス聖皇国がある。
そして、セレスタイト王国とネフライト王国の南側にコンフィーネ山脈を挟んでアンバー帝国があったよね。
後は、セレスタイト王国の西にエレスチャル魔王国が縦長にあって、大陸の中心はウーアシュプルング大樹海。
その、ウーアシュプルング大樹海の北側には小国群があるらしい。
あれ、翡翠国は?
「すみません、一つお聞きしてもいいですか?」
「ええ、私に答えられることならなんでも」
呼び込みをしていた店員さんに声をかけて聞くことにした。
「翡翠国ってどこにあるんですか?」
「ああ、この大陸にある国じゃないから知らなくても仕方ないですね。
翡翠国はこのネフライト王国から東南の海を挟んだ向こうにある島国なんですよ」
そういうことか。
このフライハイト大陸の国々は調べてたけど、周りにある島国は調べてなかった。
どんな国なんだろうね。
「で、お嬢さん良かったらうちの店を見ていきませんか?」
「はい、ではお邪魔します」
お店の中に入ると色々な商品が置いてある。
一つ一つ見て回っていると、ずっと欲しかったものを見つけた。
「これってもしかして、大豆が原料の調味料ですか?」
「おっ、よくご存知で。醤油って名前の調味料ですよ」
まさか、ここで醤油に出会えるなんて!
とってもテンションが上がった私は、一升瓶三本を購入した。
「そんなに買って大丈夫ですか?」
「ずっと探していた物なので大丈夫です」
味見もさせてもらったので期待はずれなんてことはない。
ここなら、味噌やお米もあるのでは?
そう思って店員さんに相談してみる。
「もしかして、味噌とか翡翠国の主食とかも置いてありますか?」
「ええ、ありますよ。翡翠国をご存知なかったのに不思議な方ですね」
まぁ、よく似た国を知っているんでね。
少し待つと頼んだ物を店員さんが持って来てくれた。
「こちらが味噌で赤と白、後は麦味噌と米味噌があります。そして、翡翠国の主食でお米と呼ばれるものは玄米と白米、両方ご用意できますよ」
「ありがとうございます。全部買いますね!」
味噌の種類が思ったより多くて嬉しい!
私はルンルン気分で各種、複数購入してマジックバッグに入れた。
すると、店員さんは他にも商品を持ってくる。
「それは?」
「いえ、醤油や味噌がお好きならこちらにも興味があるかなと思いまして。
これがお米を使った翡翠国のお酒で、こちらはお酒でもありますが料理にも使われるみりんと呼ばれる調味料です」
おおー! 嬉しすぎる!
日本酒も料理に使えるし、みりんは元々欲しかった。
「後は、ビネガーはこの辺の国にもありますが、これはお米を使ったビネガーで米酢と呼ばれています」
米酢まであるんだ!
料理の幅が広がるね。ちらし寿司とかも作れちゃうよ!
「そして、これは食材であり調味料という物なんですが、翡翠国には出汁という文化がありまして。その出汁を作る為に使われる鰹節と昆布です。もしかして、こちらもご存知ですか?」
「はい、知っています! どの商品も私が欲しかった物ばかりで、本当に嬉しいです!」
「いえいえ、お客様に喜んでいただけて良かったです」
そうだよね。和食を作るなら出汁は必要不可欠。鰹節に昆布まであって本当にウハウハだ。
転生してからあとちょっとで十四年。
十四年ぶりに和食が食べられると思うと、テンションが上がりまくってやばいね。
そして、私はその上がったテンションのまま持ってきてくれた物を次々購入していく。
お金に余裕はあるしここは買うべきでしょ。
「これで足りますか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
代金を払い終わり、店の中を見て回っていたアーテルを呼ぶ。
「ふふ、姉さま嬉しそうだね!」
「うん、ずっと欲しかったものが買えたから、とっても嬉しいの」
「姉さまが嬉しいとぼくも嬉しい!」
可愛いことを言ってくれるアーテルの頭を撫でてから、店員さんにお礼を言う。
「ありがとうございました。また買いに来ますね」
「こちらこそ、沢山のお買い上げありがとうございました。またのご来店をお待ちしていますね」
お店を出てこれから何をするか考える。
そういえば、もうお昼すぎてるのに何も食べてなかったな。
宿の食堂は食べたい時に注文できるらしいけど、せっかく欲しかった調味料を手に入れたし。
よし、宿に帰ったら調理場を使わせてもらえるか聞いてみよう。
宿に着くと、すぐに女将さんを探して聞いてみる。
「調理場かい? 別に構わないけど、お嬢ちゃん料理出来るんだねぇ」
「はい。では、お借りしますね。ありがとうございます」
さて、調理場を借りられたし何を作ろうかな?
一気に色んな欲しかった物が手に入ったから、正直作りたいものがありすぎる。
うーん、まずお米は絶対に食べたいからお米を炊こうか。
食べたいものを考えながらお米を洗い、さっき一緒に買った炊飯器の魔道具にセットする。
こんな便利な魔道具があるなんて知らなくて、お鍋で炊かなきゃと思ってたからすごく助かった。
で、お米に合う物。オーク肉が結構あるしカツ丼とか食べたいな。
よし、決めた! カツ丼を作ろう。
ロースのオーク肉を出して、筋切りをして下味をつける。
次に卵と小麦粉、乾燥させた食パンをフードプロセッサーの魔道具でパン粉にしたものを用意。
肉に小麦粉、溶き卵、パン粉の順で衣をつける。
その後、鍋に植物油を入れて温度が上がるまで待ち、いい温度になったらさっきの肉を投入。
揚げている間に別の鍋で鰹節と昆布の出汁を取り、そこに醤油と砂糖、みりんを入れる。
つゆが完成したところで、揚がったカツを鍋から取り出し網のついたバッドの上に乗せる。
玉ねぎを切ってつゆと一緒に小さなフライパンで火が通るまで煮ておく。
その中にカツを入れて、そこから一、二分煮る。
最後に溶き卵を入れて半熟ぐらいで火を止め、ご飯を盛った器にそれを乗せる。
「出来た! 美味しそう!」
私が料理を作り終わると、食堂から女将さんやご主人、他の宿泊客が見ていた。
「えっと、どうしました?」
「いや、途中からすごくいい匂いで気になったんだよ。その白いつぶつぶは翡翠国の食べ物だよね?」
「はい、翡翠国の主食です。こちらでいうパンみたいなものですね」
私が答えている間もじっと出来た料理を見ている皆さん。
う、うん。振る舞った方が良いのかな?
カツとつゆはマジックドロワーにしまっておこうと思って、沢山作ったし。
ご主人は作っているのを見ていたみたいだから、その二つを渡せば作れそうだしね。
「あの、多めに作ったので皆さんも召し上がりますか?」
「いいのかい?」
「いいのか?」
女将さんとご主人が声を揃えて聞いてきた。
私はそれに頷く。
そして、ご主人に見ていたから作れるか聞くと大丈夫だと答えが返ってきた。
「では、材料をここに置いておくのでどうぞ。お米は足りなくなりそうなので魔道具に新しくセットして炊いておきますね」
「ありがとうね」
静かに待っていてくれたアーテルにカツ丼を渡す。
うん、確かにとってもいい匂いだ。これは他の人が食べたくなるのも仕方ないね。
「姉さま、食べていい?」
「いいよ。それじゃあ、いただきます」
「いただきます!」
アーテルが一口食べると、一瞬止まってすごい笑顔と勢いで食べ進め始めた。
「アール、そんなにかき込んだら喉詰まっちゃう。カツ丼は逃げないからゆっくり食べて」
「ふぁって、ふぉいしくて」
「こら、飲み込んでから喋りなさい」
私が注意するとよく噛んで味わってから飲み込んだ。
「だってすごく美味しいんだもん」
「それなら良かった」
そろそろ私も食べよう。
カツを箸で切り、ご飯と一緒に口に運ぶ。
つゆの染みたカツとご飯がよく合う。
カツを噛めば肉汁と衣に染みたつゆが溢れ出して、そこに玉ねぎの甘みやご飯の旨味が交わって本当に美味しい!
久しぶりの日本食は心が求めていたようで、これ以上ない満足感があった。
ちなみに、鰹節を削るやつや箸もあのお店で買った。
私は転生しても箸を使えたけど、使った事の無いアーテルにはスプーンとフォークを渡している。
こうして、懐かしい味に出会えた私はこのあとそのまま宿で休み、領都滞在一日目を終えた。