隠遁生活十日目、領都へ行こう!
隠遁生活十日目。
お父様達が私達を探す為に、ウーアシュプルング大樹海へ来てから七日が過ぎた。
本当はあの翌日、四日目にネフライト王国のヴァルメリオ辺境領の領都に行くつもりだったけど、諦めたんだ。
お父様達がまだ辺境領にいるかもしれないし、情報も回っていそうだったから。
けれど、そろそろ大丈夫だろうと考えて今日行く事にした。
「うん、気持ちのいい朝だ!」
寝起きなので身体を伸ばしながらそう呟く。
元々独り言は少し言ってたけど、隠遁生活が始まってから増えた気がする。
ここ数日は、周りの探索をしながら狩りや採取をしたり、魔法薬や常備菜を作ったりしていた。
流石、薬草の宝庫と言われるウーアシュプルング大樹海、本当に薬草や素材が多い。
思った以上に備蓄が溜まったし、一部は領都で売れそうだ。
「そろそろ、何をしてお金を稼ぐか決めないと」
二つぐらい案があるけど、どっちがいいんだろう。
一つは、薬や魔法薬を売る事。
もう一つは、冒険者になる事だ。
どちらも簡単じゃないけど、魅力的で楽しい異世界転生の醍醐味だと思う。
ただ、冒険者になる時は偽名を使わないといけないし、その場合はアーテルの事も登録したい。
よし! アーテルに意見を聞こう。
そう考えて、まずは朝食を作る事にした。
出来上がった頃に起きてきたアーテルと一緒に食べて、一息ついたところで今日の予定を話す。
「今日はお出かけします」
「どこに行くの?」
「ネフライト王国のヴァルメリオ辺境領の領都に、お買い物に行こうと思うんだ」
私の言葉を聞いて、アーテルは考え込んだ。
「どうしたの?」
「ぼくも一緒に行っていいの?」
「もっちろん、そのつもりだよ」
そう答えればアーテルは嬉しそうに笑った。
「やった! お出かけだ!」
喜ぶアーテルに冒険者になるかどうか悩んでいる事を話す。
アーテルは私の話を真面目に聞いてしっかり考えている。
私はその様子を見ながらやっぱり連れてきて良かったと思った。
あのまま、あそこにいたらこの無邪気で純粋で優しいアーテルは消えてしまう。
原作のアーテル・アウイナイトは物静かで少し暗い繊細な子だった。
原作の彼も魅力的だと思っているけど、姉として元気で明るいこの世界のアーテルを知っている私は、そのままのアーテルでいて欲しいと思うから。
原作のアーテル・アウイナイトがそんなふうになったのは、どう考えてもあそこで虐げられていたからだろう。
だから、あそこから離れたのは間違いじゃないはず。
「……姉さま?」
「ああ、ごめん。どうすればいいか思い付いた?」
「うん、思いついたよ! ぼくね、姉さまなら両方出来るから、両方しちゃえばいいと思うの」
まさか、そう来るとは。
いや、私も一度は考えたけど大変だろうし欲張り過ぎかなって思ったんだけど。
でも、アーテルがそう言うならやっぱりそれもアリだね。
「後ね、ぼくも一緒に冒険者になる! 姉さまと一緒ならなんでも楽しいもん」
「ふふ、考えてくれてありがとう。じゃあ、そうしちゃおっか?」
「うん!」
方針が決まったので、領都に行く準備を始める。
と言っても、お金や素材などの大切な物はマジックドロワーかマジックバッグに入れてるし、着替えたり身嗜みを整えるぐらいしかする事はない。
「準備出来たし行くよー」
「はーい!」
家の外に出て『ビジョンワープ』と『ワールドワープ』を使って、辺境領に近い外層に行く。
周りに誰もいないかちゃんと確認したから、ここから感じる人の気配は遠い。
辺境領に入り進んで行けばガラリと景色が変わり、畑がいくつも見える。
そういえば、領都へ入る時に出す身分証が無いけど、どうしようかな?
多分、エルフって事で隠れ住んでいたから無いって言えば大丈夫なはず。
進んだ先にあった小さな村で乗り合い馬車に乗り、少し経つと領都に着いた。
領都の門で入る人の列に並び、順番が来るのを待つ。
「次の人、こちらへ」
「はい」
門にいる兵士の方に案内され、ちょっとした小部屋に入る。
「身分証は?」
「エルフで森の奥に住んでいたので、持っていません」
「その子は?」
「弟です」
種族が違うのに弟だと言ったから、少し不審な顔で私達を見てきた。
「この子が人族なのは、両親がこの子を引き取ったからです」
「他種族嫌いのエルフが?」
「そういうエルフばかりでは無いので」
そう話せば少し納得してくれたみたい。
ちなみにアーテルは、見た目だけじゃ精霊だと分からない。
人族の血が入っているからか、見た目や気配はあまり人族と変わらないんだ。
その上、偽装魔法をかけて種族を人族に偽装しているから、バレないと思う。
「まずはこの魔道具で確認を」
そう言って犯罪歴を確認する為の魔道具を差し出される。
そこに少しだけ魔力を注げば、色は変化せず犯罪歴が無いことが証明された。
「君もお姉さんと同じようにしてもらえるかな?」
「はい」
アーテルも同じように魔力を注ぎ、色の変化も起きず犯罪歴が無いという証明は完了。
「極力、この領都で冒険者ギルドか商人ギルドに登録してギルドカードを発行してもらう事をおすすめする」
「分かりました。発行してもらった場合ここに来て見せた方がいいですか?」
「いや、それは大丈夫だ」
ふむふむ、もう一度ここに来て見せる必要は無いんだ。
少し待った後、仮の身分証を渡される。
「これはどこかのギルドでギルドカードを発行してもらう時に、提出すればいい。引き取ってくれるからな」
「はい」
「それじゃあ、領都を楽しんで」
「ありがとうございました」
こうして私達は領都の中に入った。
おお、入ってすぐの場所から店が多くて、屋台や露店もいっぱいある。
これは買い物が楽しそう。
まぁ最初は、冒険者ギルドだね。
周りにいた人に場所を聞くとさっき通った門の近くにあった。
「思ったより大きいね」
「それに広いよ!」
アーテルが周りをキラキラした目で見ながらそう言った。
そうか、アーテルはお忍びで出掛けることも少なかったから、私が思う以上に楽しいんだね。
少し眺めた後、意を決してギルドの中に入る。
そこには、転生前に読んだ小説や漫画に出てきた通りの景色が広がっていた。
五個ぐらい並んだ受付に、依頼が貼ってある掲示板。
その奥には酒場があって、厳ついお兄さん達がお酒を飲んだりしている。
そして、私達は真っ直ぐ受付へ向かった。
「こんにちは。ご用件は?」
「登録に来ました」
「登録はお一人ですか?」
そう聞かれるとアーテルがずいっと前に出て僕もですと言う。
「年齢制限は無いですよね?」
「ええ、ありません。ですが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。この子は私が守るので」
かしこまりましたと受付のお姉さんは答えて、登録に必要な書類を渡してくれた。
「こちらに記入を」
「あの、家名は無くてもいいですか?」
「ええ、かまいません」
そう言ってくれたので、名前だけを記入する。
私の名前はマグノリアからとって「リア」、アーテルの名前は「アール」にした。
これなら、反応できると思うから。
他に得意な武器や魔法の欄を記入して提出する。
「こちらのカードに魔力を注いでください」
「はい」
二枚のカードがそれぞれに渡される。
私達はそのカード魔力を注いだ。
そして、仮の身分証を渡しておく。
「これで登録は完了です。ランクなどの説明は必要ですか?」
「お願いします」
お姉さんの説明を聞きながら考える。
うん、レルスさん達に教えて貰った内容と同じだな。確認出来て良かった。
「説明は以上です。何か質問はありますか?」
「お姉さんのお名前と、この辺りでおすすめな宿を教えてもらえますか?」
うん、このお姉さん優しいし、これからも来るから名前を知るのは大事だよね。
それに、今日は領都に泊まるつもりだから宿探しも大切。
「ふふ、分かりました。私の名前はマカレナ・ビューレンです。おすすめの宿は女将さんとご主人が優しい雪月亭ですね」
「ありがとうございます。明日も来るのでよろしくお願いします」
「おねがいします!」
私の後に続いてアーテルが言うと、マカレナさんはにっこりと笑いかけてくれた。
「こちらこそよろしくお願いします。何か困った事があったら言ってくださいね」
「はい、本当にありがとうございました」
そう言った後、私達はギルドを出て宿に向かった。