1-9 空想の剣技
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路地での戦いから一週間ほどが過ぎて、第四都市には特にこれといって動きはなかった。
例の少年が言っていたような、王都八傑がやってくることもなかった。あの話を聞いてから、僕は王都八傑について調べようとしたが、王都は第四都市からは離れすぎている。それもあって情報の通りが悪い。名前さえもわからず、死んだとか、代替わりしたとか、そんな話しか届かないのだった。
親方のいる屋敷の警備は厳重なままで、僕はあまり近寄らなようにした。だって、下手に踏み込んで厄介ごとに巻き込まれるのは、ごめんだったし。
剣は結局、見切り発車で鍛冶屋に頼んだ。前に鍛冶屋が言っていたような、薄く細い剣が出来上がるようだけど、実際に出来上がるまでは何も言えない。完成までどれくらいかと訊ねると、三週間という話だった。
手抜きじゃないだろうな、と思ったが、そんなことは言えないし、老人は真面目な表情だった。これがハッタリだとしたら相当な役者だ、とも思ったけど、やっぱりそれも言える内容ではない。言われた額の手付金を渡した。
剣が出来上がるまでの三週間の間に、親方の依頼で二人を切った。どちらも大物ではなく、第四都市に地盤のある犯罪組織の用心棒だった。用心棒でも、一人でいるところを狙ったので、あまり激しいやりとりにもならなかった。
二人とも、まるで草を風が撫でていくように、あっさりと切り倒せた。さすがに警官も心得ていて、犯罪組織同士の抗争と判断し、また闇社会に深入りするのを避けるという意図も合わさり、書類上では決闘となったようだ。僕にも罰はない。
剣が出来上がる予定の日、鍛冶屋の店に行くと新しい剣が研がれているところだった。控えめな音が響いていて、どこか心地いい。
鍛冶屋がドアから差した光でこちらに気づいて、ちらりと視線を送る。その時は回転式の研ぎ石から剣は離れていた。すぐに顔は元に戻され、石に刃が当てられる。
僕はソファに座って、やっぱり古雑誌を眺めた。目新しい内容はない。
音が止み、「振ってみろ」と近づいてきた鍛冶屋が言う。こちらに無造作に剣が差し出されていた。柄は仮のものが装着されていて、鍔も無造作な作りだ。
受け取ってみると、思ったよりも軽い。そして薄い。まるでしなりそうだが、振ってみるとしなることはない。手で触れてみても、薄さの割に固そうだ。
「強度を確かめるな」
軽く振り始めた僕に鍛冶屋が静かな声で言う。
「剣の本質は相手を切ることだ。つまり刃ということ。鋭ければ鋭いほど、弱い力で切れる。しかし鋭いとは薄いということだ。薄いということは次に、強度が弱いということになる。折れるだろう」
「戦っている間に折れたら、目も当てられない」
冗談を口にしつつ鍛冶屋を見ると、少しの力で折れる、と真面目な顔で返事があった。
「真っ直ぐに切れ。不自然な技を使うな」
「それは、まぁ」どう答えればいいだろう。「曲線を描くように切ろうとしたことはない。それは剣術の基礎から外れるんじゃないかな。剣術なんて習ったことはないけど」
「切ることにだけ特化している。そうだな、例えば相手の剣を受け流して、その次の一瞬で倒す、そんな技があるだろう」
確かにある。いつかの大男の剣に対して、その戦法を使った。まさか鍛冶屋も知らないだろうから、空想ということか。空想は誰でもできる。実際に現実にするには、技能が必要だ。その技能が僕にはあると鍛冶屋は見ているらしい。
「やらないようにする。他に注意点は?」
「鎧を着ているものには今の剣の方がいい」
「当たり前だよ、それは。鎧を着込んだ相手を倒すには、基本的には剣で叩き殺すしかないし。でも、街の中で鎧を着る奴は珍しい」
「関節のすき間に剣を差し込む手法があるが、この新しい剣でそれをやるのは危険だ」
やはり空想らしい。実際に僕も甲冑で体を覆った相手と切り結んだ経験はない。ジョズに教えてもらった知識はある。関節の部分を攻撃して相手を倒す、というのだ。そこだけは構造上、どうやっても鎧うことができない。
僕は残りの料金を支払って、柄と鍔が仮のものから実用性の高いものに付け替えられるのを待った。鍔が想像よりも凝った作りになっている。と言ってもこちらは実用性よりはなく、飾りのようだ。凝る必要はないが、追加料金が必要でもないので、黙っていた。
こちらは飾り気のない鞘に剣が収まり、やっと僕の手元に剣が来た。
鍛冶屋を出て、同じ貧民街の自分の部屋に戻ろうと思ったが、何を思ったか、第四都市の中心街へ行くことにした。武装も整い、余裕があるし、同時に例の夜から時間も過ぎている。王都八傑が来ているのなら、どこかでは話題になっているだろう。
これはジョズから教えてもらったのだが、親方が懇意にしている情報屋がいる。名前はヒヅメという。僕は数回しか顔を合わせていない。中年の男性で、普段はタバコ屋だった。
都市に紛れ込んでも、今の僕の服装はそれほど目立たない。それだけの収入を得て、相応の身なりをしている自分が、どこか不自然でもあるけど。
大通りから一本横へ逸れたところにあるタバコ屋は、奥に長い店舗で、看板も出ていない。ドアを開けて中に入ると、甘さと苦さが混ざっているような複雑な匂いがした。
棚に並ぶ葉っぱの粉末を眺めながら奥へ行くと、狭いカウンターの向こうに男が一人、俯いて座っている。寝ているのか。
「ジョズのガキか」
いきなり言われて、僕は無表情に彼を見返した。俯いているのに、どうやってこちらを確認したのだろう。何かの手段があったわけだ。油断もなければ慢心もない。こちらも気を引き締めるしかない。
「ちょっと聞きたいことがある」
うん、とヒヅメが頷く。僕は懐から財布を取り出し、台の上に銀の粒を置いた。
「何を知りたい?」
銀の粒をそのままに訊ねられる。
「王都八傑の情報」
「本屋を知らないのか? 字くらい読めるだろう」
「一応はね。しかしあまり得意ではない。知りたいのは、この街にいるか、もしくは来るかということ」
ヒヅメは黙って、動かない。聞こえなかったわけではないようだ。
「もう一粒」
なんだ。聞こえているじゃないか。
言われるがままに、僕は銀の粒をもう一つ、さっきの粒の横に置いた。ちらとも視線を向けずに、唸るような口調でヒヅメが話し始める。
「王都八傑の中で、シュダ・キャスバという剣士がこちらへ向かっている。お前たちが拘束している老人を秘密裏に取り返すためだ。彼らは金を払うつもりはない。力づくだよ」
どれくらい確度の高い情報だろう。ジョズはヒヅメを信用していたが、僕の中には評価するための情報が少なすぎる。
「シュダというのは、どれくらい使う?」
「剣聖の弟子だ」
「剣聖? どの剣聖?」
「烈の剣聖」
へえ、と思わず声が漏れた。
烈の剣聖は、今の国王ジャニアス三世の身辺を守る、立場なら最高位の剣士だ。伝説はいくつか聞いている。どれも夢のような内容で、創作が真実かは、判断が難しい。
その剣聖の弟子か。
「魔技を使う。気をつけた方がいいぞ」
そう言って、さっとヒヅメが銀の粒を回収する。話はここまで、というわけだ。タバコを吸う趣味もないのでも眺めるだけで棚の間を抜け、店を出た。
魔技か。
今では滅多に存在しないが、はるか昔には純粋な奇跡の使い手が存在した。聖人とか、使徒とか、様々な呼ばれ方をしたが、結局は「魔法使い」と呼称されているのが今の時代だ。その魔法自体も、極端に減っていて、まるで絶滅危惧種だ。
その一方で、魔技という名前で、かすかな奇跡を行使するものがいる。魔法ほどではない奇跡、まさしく技で、あるいはもう奇跡ですらないのかもしれない。
剣士の中には魔技を剣術と合わせて使うものがいる。王都八傑もそういうハイブリッドの集まりだと、どこかで聞いた。
ただの剣術使いを超えた強者。
都市の中に来たので、図書館へ向かった。そこで王都八傑に関する情報を集めるつもりでいたのだけれど、それは結局、する必要がなくなった。
(続く)