3-4 技量とそれよりも優位なもの
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先生の名前はギャズレインという。
大陸王国を三十年ほど渡り歩き、様々な剣術と体術を身につけ、見聞を広めたと聞いている。
どうして父が彼に出会い、どういう流れで招くに至ったかはわからない。それは立場を逆にしても言える。ギャズレインが没落への道を進んでいるモランスキー伯爵に仕官した理由は、よくわからない。
屋敷の一角の狭い武道場で、私とギャズレインは向かい合っていた。
それぞれに木刀を持っている。構えは不規則で、下段の構えの亜型である。
お互いが間合いを計り、ほとんど同時に飛び込んだ。
歩技、と言うものを私は習っていた。系統立てられた技術で、間合いを制御することを目的としているのはわかるが、私に使える歩技は二種類しかない。
そのうちの一つ、渦と呼ばれる歩技で、緩急をつけてギャズレインの側面へ向かう。
ギャズレインも歩技で対抗する。彼は嵐風と呼ばれるらしい技で、一直線に突き進んでくる。
ギャズレインの踏み込みが勝り、木刀同士がぶつかる。
私の手から木刀が離れる。
しかし体は間合いを消している。
小さい手がギャズレインの次の打ち込みの手元を押さえる。
次の一瞬、私の手が繊細な加減でギャズレインを引きずり、姿勢を乱す。
続けざまに足払いをかけ、これは回避されるが、全くの同時に投げを打っている。
ギャズレインの足が床を離れる。投げ飛ばしたわけじゃない、彼が床を蹴って投げの勢いを利用して空中に体を浮かせる。手首が捻られ、私の手が彼のその手首から離れる。
空中にいながら、器用に木刀を振るうギャズレインだが、その切っ先を見切って、私は半身になって回避。
着地したギャズレインが構えを取った時、落ちてきた木刀を私は片手で掴んだ。
「見事だ、ファナ」
武道場の壁際に立っている父の言葉に私は頭を下げる。父が先生の方を見るのがわかる。
「どうかな、王立騎士学校は」
「どうでしょうな」
低い声で旅の傭兵は、平然と答える。
「火焔の剣聖は八歳の年で受験し、実技試験で試験官を組み伏せたと言いますから、まだ足りないでしょうな、技で見るならば」
「ファナはまだ七歳になろうかというところだ、申し分あるまい?」
「年齢を競っているのでも技を競っているのでもありません。もっと別のものが必要とされるのでしょう」
ギャズレインの低い声に、父が不機嫌になったのがよくわかる。しかし爆発はしなかった。
「とにかく、次の王立騎士学校の試験を受けさせる」
「それはそれで、構いません。いい経験になるでしょう」
不吉なことを言う、と私ですら思った。父ははっきりと怒りを見せ、無言で部屋を出て行った。先生が父の背中が消えてからため息をつく。
「先生は、王立騎士学校の生徒だったのですか?」
この質問はなかなかする機会のなかったもので、それでもずっと胸のうちにはあった。
シルバストン朝大陸王国で、最も有名で、最難関の教育機関。
王国を代表する剣士の卵たちが切磋琢磨する場所。
先生は私を見て、かすかに首を振った。
「私は学んだことがない」
「これほどの使い手なのに?」
「伯爵様にお伝えした通り、試験は年齢や技だけではない。気をつけなさい、ファナ」
私はもう一人の父とも思っているこの傭兵に、本心から頷き返した。
季節が巡り、冬が終わり、春がやってくる。試験の通達があり、私は使用人二人と最寄りの第六都市へ向かった。
賑やかな都市の活気に心が浮つくのを感じながら、私たちは一晩の休息の後、都市の中央の城塞へ向かった。門で使用人と別れ、一人きりで奥へ進む。
「なんだい、あんた、受験者か?」
歩きながら腰の剣の鞘の位置を調整していた私に、見知らぬ少年が声をかけてくる。平民のような服装をしていて、腰の剣は飾り気が無く、どう見ても大量生産品だ。
私が頷くと、彼は呆れた顔で、
「この国も人材不足だな」
と笑い、離れていった。むっとしながら、その顔は覚えたぞ、と心の中で答えておく。
試験会場に着き、まずは座学の試験を受ける。次が実技だ。
試験官を相手に真剣でぶつかっていく形式だった。私はまだ腰の鞘の位置が決まらず、やや慌ててていた。
私の三人前に例の少年がいた。
彼は試験のために作られた、線で区切られた場所に進み出て、剣を抜いた。
試験官が持っているのは刃を潰した剣である。
その試験官はどう見ても全盛期を超えた剣士で、年齢は五十ほどだろう。その一方で、その身につけている王立騎士学校の教官の制服はピタリと似合っている。
少年が構えを変えながら、間合いを詰めていく。
なんて雑な構えだろう、と私は呆れてしまった。型も何も無く、ただのチャンバラみたいに見える。
その少年がぐっと踏み込んだ。これも一直線だけど、早いことには早く、力がこもっているのもわかる。
試験官が鮮やかにその剣を受け流した。
だけど、少年は姿勢を乱さなかった。受け流されるのが、織り込み済みだったのだ。
体が泳ぐ勢いで、素早く回転し、横薙ぎの一閃。
ただ、試験官はこれも読んでいた。立てた剣で受け止め、魔法のように二本の剣が絡まり合い、鮮やかに少年の剣が跳ね飛ばされた。
壁に剣が突き刺さり、受験者たちが悲鳴をあげる。
少年は手首を押さえて、「下がれ」という言葉に頭を下げ、壁に刺さったままの剣の方へ行った。
なかなかの使い手だけど、教官の技量がよくわかった。
そして、私の番が来た。
(続く)




