1-7 剣の使い手たち
◆
深夜の襲撃の翌日、昼過ぎまで部屋で眠っていたが、誰かがドアをノックした音で、やっと目が覚めた。覚醒するのは一瞬で、すぐに万全の姿勢になっている。こういうところを襲われる奴も多い。もちろん、誰かが部屋に忍び込む可能性もあって、心構えはしている。
ドアのすぐ横の戸棚、手に取れる位置にナイフがあるのを確認し、ドアを開ける。
そこにいるのは貧民街の悪党予備軍を従えている十四歳の少年で、周りには僕の弟分だと話しているという噂を僕も知っている。でもそれは黙っていよう。
「昨日のことで持ちきりですよ、兄貴」
兄貴だもんな。困ったものだ。
「昨日のことってなんだい?」
知らないふりをして応じると、少年は勢い込んで話し出した。僕は壁に寄りかかり、それを聞いた。
親方が狙っていたのは王都八傑と呼ばれる有名人のうちの一人の後援者で、運送業界の雄らしい。年齢は七十に近く、すでに企業の経営は後継者に任せてはいても重要人物である。
その老人がどういうわけか、第四都市へやってきて、お楽しみのところを親方が襲った、ということらしい。今、その老人は捕縛されて、身代金の交渉が秘密裏に行われているそうだ。
少年はその額について口にしたが、噂の域を出ない非現実的な額だった。本気で金が欲しいならもう少し金額を抑えるだろうな、と僕はぼんやり考えた。また思考が眠りそうだ。
「それでですね兄貴、その爺さんの護衛に、王都八傑の弟子が一人いたそうなんです」
急に思考がクリアになった。
例の大男のことがすぐに頭に浮かんだ。路地で倒した男の剣は、ある種の独自性があったし、あの男は年齢的に弟子を名乗れるような立場には思えなかった。しかしそうなると、あの若い方の剣士は、王都八傑の弟子にしては手応えがなさすぎた。
別の誰かがいたのだろうか。それなら手合わせしてみたい。
「これは極秘の噂なんですがね」
少年は僕の心に気付くはずもなく、話している。
「王都八傑のうちの一人がここへ来るとか」
「まさか」
思わず声に出していた、表情にも呆れが浮かんだだろう。
王都八傑の噂は僕も聞いている。王都において民間での最強の八人が、一括りにされる時にそう呼ばれる。実質的に最強の剣術家は剣聖とされていて、剣聖とはつまり王族の護衛であり、王族の中でも男性のものが一人を選び、そばに置く。
今の王であるジャニアス三世に一人、皇太子に一人、その二人の剣聖が、とりあえずはこの国で最強である。
王都八傑はそれでも最上位に位置する八人だから、こんな辺鄙な場所へ来るとも思えない。後援者とはいえ、あとは退場するだけの老人、しかも悪党に捕まるような間抜けを、さて、助けにくるだろうか。
「兄貴なら勝てますか?」
少年の目が異様な光を持って、こちらを見上げる。
「え? 誰に?」
とぼけて見せたが、その程度では引き下がらないようだ。
「王都八傑にですよ。勝てますか?」
「負けるだろう。すぐに逃げるよ、剣を向けられる前どころか、対面したらね」
ふざけないでくださいよ、と少年は笑うが、断じてふざけていない。
逃げられないとなれば、剣を抜くだろう。しかしむやみやたらに剣を抜くのは僕の主義ではない。剣を納めたままで済むなら、それで済ませたいのが本音だった。
実戦は、訓練とはまるで違う。
一発勝負で、生か死かの二つしかない。
生き残っても、重傷を負えば力を失う。力のない剣士は、もう生きていない、死んでいるのと同じこと。
少年はひとしきり、話してから去って行った。
一人になって顔を洗い、食事を軽く済ませて剣を持って外へ出た。貧民街に店を構えている鍛冶屋を訪ねる。こんなところにあるのに、悪党どもが懇意にしているせいで、腕は良いのだ。店主はいきなり店を開いた孤児だったと聞くが、今はすでに初老で、その筋の職人、それも達人に見える。
僕が店に入ると、先にいた悪党が仕上がった剣で試し切りをしていた。切っているのは棒だった。鮮やかに斜めに切断さて、さらに翻った剣が落ちる寸前の木を撫で斬りにして、土間に二つの棒の切れ端が落ちた。
満足したようで悪党が僕に頭を下げて出て行った。
「あんなにうまくいくものか」
老人がそう言って、こちらへやってくる。さっきの試し切りのことだろう。
棒を相手にしてのパフォーマンスなら、棒を三つに切るのも、まぁ、面白くはあると僕も思う。だけど鍛冶屋が言う通り、あんな芸当は実戦の場では披露する余裕は誰にもないだろう。
そもそも、一撃で仕留めればいいだけで、二回切る理由は想像できなかった。
剣を老人に渡す。鞘から抜いた剣を見て、頷いてから、すぐに研ぎ始めた。
店内にある古い雑誌をめくって時間を潰していると、急に鍛冶屋が話しかけてきた。
「新しい剣にしないかね」
意外な内容だったので、僕は雑誌から顔を上げた。
「もう寿命ってこと?」
いや、と剣が研がれていく音に混ざって、老人が答える。
「見合った剣を都合した方がいいだろう」
「力量にってこと?」
「技にだ」
ちょっと理解するのが難しかった。この鍛冶屋が僕の戦いを見たことがないのは自明だ。それでも僕の技について話すということは、もしかしたら剣の傷みで何かが読み取れるのかもしれない。
「どういう剣が見合うと思う?」
「薄く、軽い」
「折れるんじゃないの?」
「ジョズがその剣を使った」
ああ、と思わず声が漏れた。
「彼は死んだ」
「剣のせいじゃない。技のせいだ」
間違いじゃない。
脳裏にジョズが倒れているシーンが浮かんだ。傍に剣が落ちている。その剣は確かに、折れてはいない。刃こぼれもなかっただろう。
しばらく黙ってから、「いくら?」と訊ねていた。鍛冶屋は少しの沈黙の後、金額を口にした。つい昨日の仕事の報酬を、まだ親方からもらっていない。おおよその額を想像すれば、鍛冶屋に刀の代金を支払うことも不可能ではない。
「先に払った方がいいかな、こういう時って。今まで、量産品しか使わなかったから、わからないんだけど」
「手付金として三分の一を先にもらう。残りは出来上がってからだ」
「オーケー、近いうちに払うよ。収入があるのを待っていて」
実際には手付金くらいはいつでも用意できる貯蓄がある。それをすぐ払わないのは、やはりジョズの死に様が頭にあるからだ。剣のせいで死んだわけじゃない、それは僕にもよくわかってる。
でも彼は死んでしまった。
剣が研ぎ上がり、窓からの光で出来栄えを確かめた。
「試し切りをするかね?」
老人の言葉に、「パフォーマンスはやめておくよ」と応じて、金を支払った。もう鍛冶屋は新しい剣の話はしなかった。店を出てから、完成までの期間を聞いておけばよかった、と後悔したが、店に戻る気にはならなかった。まだ決断どころか、想像さえも不完全なのだ。
自分の部屋へ戻る前に、デリカテッセンに寄って昼食を手に入れた。
この店もジョズが教えてくれたんだと不意に気づいた。
裏道にある、隠れた名店だと。
(続く)