2-13 行軍訓練
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王都から一番近いのは第二都市で、その次が第五都市になる。
長距離行軍の訓練は新入生が全員参加で、王都から第五都市までを徒歩で移動する。馬車で一日中かけ通しても一週間がかかるので、徒歩で行くと途方も無い時間が必要になる。
その間、食料の調達や野営などなど、全てを自分で面倒を見なくてはいけない。それでも善意のようなものがあるらしく、寮のルームメートと即席の小隊を組む仕組みだ。
というわけで、私はミリカ、エマ、ユリアとの四人組で、春にしては太陽がまぶしいその日、王都を出発した。
行軍と言っても隊列を組む訓練は別で、それぞれの小隊で自由に移動できるのはありがたい。
「長いピクニックみたいなものかね」
エマがそんなことを言う横で、ユリアが真面目に答える。
「与えられた予算は食料でおおよそかつかつだから、野宿が基本だよ」
「まぁ、私もそこまで箱入りじゃないし、そもそも行軍の訓練でもある。もっとも、例えばミリカくらい箱入りだと、音を上げるかな?」
「私だって野宿くらいできますよ」
強がる風のミリカをエマがからかう。
「経験はないだろ? 楽しいよ。虫やら蛇やらカエルやらが押し寄せてくる」
過剰な表現だけど、季節的にはその全てがいてもおかしくないな、と私は他人事のように思っていた。
荷物も自由に選べたので、私たち四人がまとまって行動することを前提に、大きめのテントとその他の道具一式を用意して、分担して背負っていた。ユリアが、自分が年長だから、と一番重い荷物を持っていたけど、ユリアが意外に体力がないので、すぐにエマが気を使って、荷物を交換していた。事実、エマの体力がこの四人の中で一番上だった。
最初の夜にミリカがカエルに絶叫し、翌日の夜には蛇に絶叫した。そして蛾にまとわりつかれて声を枯らし、最後には風に揺れる梢の音にさえ怯えていた。そしてそんな全てを、エマが笑い飛ばした。
お金の管理はユリアが受け持ったのは、そこはさすがに年長であることもあるし、彼女が商人の家の子供だから、という理由もあった。事実、ユリアは安価で腹が満ちる食材を通りかかる村や町で手に入れてきてくれた。
「金は剣に勝る」
食事をガツガツと食べつつ、エマがそんな風に評価して、みんなで笑ったものだ。
最初に持久力が底をついたのはミリカで、四人の進行ペースは緩慢になった。でもミリカも強がって、決して足を止めようとはしない。ただ、こうなると他の生徒がどうしているのかが気になってくる。
スタートした時間も場所も同じなのに、周りには他に同級生の姿はなくなっている。
それは王都を出てから十日ほどが過ぎた夜で、テントの中でエマが地図を前にじっとしていて、私はミリカの足を揉んであげていた。ユリアは残っている予算の計算に余念がない。
「ねぇ、みんな、この道筋はどうだろう」
急にエマが声を発したので、三人で彼女のそばに集まった。
「現地点はここで、この渓谷を抜けていくと、街道を進むより第五都市に三日は早く着く」
「危険じゃないの? 人家もそばにはなさそうだけど」
ちょっとだけ緊張しているミリカ同様、私も慎重論を唱えたかった。無理して危険に飛び込む理由はない。
ただ、意外なことにユリアが意見を口にした。
「予算を考えると、それが妥当かもね」
三人の視線に促されて、ユリアが説明する。
「予算はギリギリで、今の移動速度だと最後には飢えることになりそうなのよ。でもこれを教官たちが予測しないわけがないから、普通の行軍は想定されていないと思う。安全な道を選べば、それまでなのかもしれない」
「他の新入生がいないのも、そういう理由?」
ミリカの質問に、ユリアが「たぶん」と頷いた。
「じゃ、異論はないよね、フランジュ」
エマに促されて、私は頷くしかなかった。
翌日から街道をそれて、山道に分け入っていった。移動速度は遅くなっても、本来のルートをだいぶショートカットできるのだから、エマの想定のうちだろう。ユリアは食料を買い付けてくれていて、人家がなくても生きてはいける。
山の中で二晩を過ごし、斜面を下りていくと、一番下に川が流れている。腰くらいはありそうで、流れはやや急だ。
「渡るのは明日しようかね」
すでに日が暮れかかっていて、エマの提案は当たり前の選択だった。
川が急に増水することもないだろうけど、安全を考えて少し斜面へ戻り、テントを張った。
そうして夜を過ごせるはずだったのだけど、そう簡単にいかない一夜が、まさにこの夜だった。
(続く)




