2-6 試験
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第七都市に入って、安宿に入った。試験は翌日の朝だ。
「ひとつだけはっきりさせておこうか」
シアンが表情を改めた。
「きみのマギは今回は、問題にならない。使わないでいなさい」
「負けそうになっても?」
「負けないさ。自慢の弟子だ」
私はまだ幼くて、恥ずかしさを感じながら、同時に誇らしくもあった。
その日のことはほとんど記憶にない。翌日、シアンに連れられて、今まで入りたくても入れなかった城に入れたことが、新鮮な驚きとして記憶を塗り替えてしまったんだ。
城に付随の砦の入り口で受付をして、シアンは控え室に去っていった。
私は試験のための部屋で席に着き、周囲を確認した。子供ばかりだ。一番の年長でも十二歳なのは、入学可能な年齢に制限があるからだ。それでも、私が一番幼いわけでもないのが、やや不思議ではある。
今まで少しも考えたことがなかったけど、王立騎士学校は入学年齢に大きな幅があるわけで、それは裏を返せば、過酷な競争社会を意味するんだと思う。
でも大人の間の競争ならともかく、子供を、それも幼い年頃の子供を競わせて、それでどんな得や利があるんだろう?
周りの少年少女の中にも不思議そうにこちらを見ている者がいる。視線がぶつかると、逸らすものと、一層の力を込めて睨む者がいる。どちらもありそうなものだ。集中しようと私は机に視線を向けて、やや目を細めた。
魔技の暴走を収めるための修養は、こういう時に常に私を冷静にする、そんな技能を副産物として生み出していた。
やがて試験官がやってきて問題用紙を配った。時間の説明があり、合図があった。
問題用紙を見て、やや拍子抜けした。基本的な内容に過ぎないのだ。その代わり、選択するような問題は少なく、文章で答えないといけない。それが意図するのは、語彙の豊富さや言葉の扱いだけじゃなくて、精神性、価値観や視点のようなものを問うとているのかもしれない。
時間いっぱいを使って私は全てに解答した。
休憩の後は実技試験になる。城の一角を抜けて、中庭に作られた仮の試験場では、軽装の兵士が四人、待ち構えていた。
どうするかと思ったら、試験官が箱の中からくじを引くようにして番号を選び、その試験番号の受験生が、兵士と一対一でやりあうらしい。
様子を見たい、と思っていたけど、一人目がいきなり私だった。
進み出て、武器を選ぶように言われる。木で作られた剣が数種類と、槍や斧もある。
急かされもしないけど、私は迷いなく、普段の稽古で使っているのと同じような長さの剣に見立てた棒を選んだ。
兵士が進み出てきて、やはり木刀を構えた。
こちらが正眼に構えているのに、相手が突っ込んでくる。
これには度肝を抜かれたと言っていい。実際の剣なら自殺行為で、この試験が生死の取り合いを前提にしていると、私は思い込んでいたのだ。
ほとんど体が勝手に動いて、相手に切っ先を突き出した。
手ごたえがない。
木刀の先は空間を引き裂き、兵士は半身になり、やはりこちらへ木刀を突き出していた。
兵士の木刀が、胸をかすめる。
私もまた半身になっていた。
お互いが相手に木刀を振りつつ、背中方向へ倒れこみつつ、相手の振りを避ける。
二本の木刀がすれ違い、二人は背中から倒れこんで、転がり、素早く起き上がった。
私はまた正眼に構え、兵士は変則的な構えで、切っ先を背後へ引いていて、体をひねっているので木刀がよく見えない。そういう欺瞞らしい。
冷静になろう、と心の中で唱える。
これは命の取り合いではない。負けても死ぬことはない。
勝つ必要もないのかもしれない。
勝てる相手ではない。
滑るように兵士が飛び込んできた。
時間の感覚が緩慢になり、男の背後から剣が伸びてくる。首を狙っている。
私の足がゆっくりと滑る。
木刀を突き出し、兵士の横薙ぎに当てる。
相手の木刀が逸れ、私自身の木刀の位置も変えて、絡め取る。
全力で相手の剣を引きずり込み、両者が動きを止めた時、私と兵士は肩をぶつけるようにして、お互いに動きを止めていた。二人の前では木刀が揺れ、動く。
膂力では兵士に分がある。長く続く拮抗ではない。
私は瞬間的な決断で、武器を手放した。兵士の木刀が解放される。
ただその時、私の手は彼の片手首を掴んでいた。
集中がこの瞬間、最高に高まった。
兵士の腕にこもる、木刀を振ろうとする動きが、完璧に理解できた気がした。
ねじり上げ、逆に引きずれば、兵士がよろめく。
もう一度、ねじり上げた時、彼の重心は私の制御下にあった。
さらに引きずるように腕を振るえば、両足が地を離れ、兵士が呆然としているのがわかった。
鈍い音を立てて、兵士は背中から地面に倒れた。
「そこまで」
試験官の声で、最高の集中は終わりを迎えた。
兵士はまだ不思議そうにこちらを見て、それから苦々しげな顔になった。それもそうか。試験とはいえ、私が彼のメンツを潰したのは事実だった。
部屋にいた事務員らしい人たちが、二次試験については後でご連絡します、と丁寧に言っていたけど、彼らも私への好奇の視線を覗かせないのは無理なようだった。
礼を言って、控え室へ行くとシアンが居眠りしていた。近づくとすぐに気づいて、目元をこすった。
「年をとると眠くてかなわないな。どうだった?」
「うまくいったと思う」
うまくいったどころか、試験する立場の兵士を圧倒したのだけど、やっぱり誇る気にはなれなかった。こんなはずじゃないと何かが訴えていた。
「何か食いたいものがあるかい? フランジュ」
そうシアンに促されて、急に空腹を感じた。緊張していたのが今、急に思い出された。
可笑しなことに木刀を持った瞬間、不安や疑念はどこかへ消えて、私はただあの兵士を倒す事だけに集中できていた。
攻撃性ではなく、そういう危険な立場、危険な状況が私をより輝かせるとは、この時はまだ信じていなかった。
だってまだ、真剣を持って勝負したこともなく、誰も切ったことがなかったのだから。
第七都市の名前も忘れた料理屋で食事をして、一泊し、数日後の昼間には屋敷へ戻っていた。
「いかがでしたか?」
両親に報告する前に、部屋で着替えている私に堪えきれなという様子でイナが訊ねてくる。私は少し考えて、
「上出来」
とだけ、答えた。
(続く)




