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剣士の肖像  作者: 和泉茉樹
影に咲く剣
22/188

1-22 不思議な少女の口利き

     ◆


 ロウコ流の鍛冶屋を探す気になり、通行人に当たってみたが、すぐにはわからなかった。鍛冶屋自体が多くあり、誰も流派など気にしないようだった。包丁やハサミを商うものと認識されている節がある。

 剣士に訊ねればわかりそうなものだが、避けた。剣の話をすれば、こちらの剣を鞘の上からでも確認されてしまう。目敏いものなら、何かを察するかもしれない。

 歩きながら、鍛冶屋の看板を探して歩いたが、その間も頭の中ではクツルのことを考えていた。彼の思想や発想ではなく、あの妙な足捌きのことだ。

 滑るように踏み込み、しかも上体がほとんど揺れない。踏み込んでいるはずなのに、足を動かしていないような錯覚は、その辺りから来るのかもしれない。

 今まで、剣術というものを僕に教えた人はいない。ジョズの力任せの、強引な実戦で僕の技は鍛えられている。

 クツルの剣術に、どんな手段で対抗できるか。

 視界の端に鍛冶屋の看板があり、意識が浮上するように考え事から離れた。看板に近寄ると、小さな店で、幟が一本立っている。幟には「剣」の文字と「槍」の文字が染め抜かれている。

 さらに近づいて気づいたが、店に入るドアの横に、娘が一人、座り込んでいる。髪の毛は長いが、複雑な形に結い上げてある。服装は平凡で、町娘という感じだ。こちらを見ている視線は、それでもどこか強さがあり、物乞いではないらしい。

 少女の横をすり抜け、ドアを開けて中に入る。

 店主は中年の男性で、確かにロウコ流の鍛冶屋だった。だが実際にロウコ流として刃物を打ったのは先代で、病気で今の店主に店を譲ったらしい。今の店主はロウコ流を名乗っているが、修行中のようなものだと、恥ずかしそうに口にした。

「剣をお求めですか?」

 もし腕が確かなら研いでもらいたいとは思ったが、やめてしまった。病気になった先代にも会いたいが、そこまで鍛冶屋に関わりたいわけでもなく、腕さえあれば、流派はそれほど重要ではない。技術が優れた剣を作るのであって、流派の名声や歴史が剣を作るのではない。

 店を出ると、まだそこにいた少女が立ち上がった。

「あなた、どこから来たの?」

 立ち上がって、だいぶ小柄だと気付いた。年齢は、僕とそれほど離れていないようだ。口調でそれがわかる。

「第四都市です」

 少女はしげしげと僕の顔を見て、自分の頬をそっと指でなぞった。

「誰にやられた?」

 どう答えるか考えていると、少女は勝手に頷いた。

「これでも人の世話を焼くことはできる。ねぇ、私を雇わない?」

 何か勘違いしているようだ。

「これでもどこにも属していない、旅の剣士です。人を雇うような余裕はない」

「今までどうやって稼いだの?」

「用心棒を」

 にんまりと、どこか不吉に少女が笑った。

「用心棒の口なら、私がいくつか知っているから、都合できるよ。今日の夜からでもすぐに働けると思う。それともその顔の傷も、腰の剣も飾りってこと?」

「飾りといえば飾りでしょうね」

「わからない人」片方の目が細まる。「その口調も良くないわね。私たちはもうチームなんだから、軽い調子で喋ってよ。あなた、名前は?」

 やれやれ。まるで走り出したイノシシみたいな少女だ。まっすぐで、そして止まることがない。

「オーリー」

「オーリーね。私はシーマ。よろしくね」

 手を差し出されたので、仕方がないのでその手をとって、軽く力を込めた。

 これからどうするかと思ったら、シーマはあっさりと「今日の宿代をまずもらえるかな」と言い出した。

「自分の家がないのか?」

「昨日まではあった」

 それは、家を追い出されたということか、昨日まで組んでいた相手の家に居候としたか、そのどちらかしか、可能性が思いつかない展開だ。

 安い旅籠に泊まっている、と正直に話して遠ざけようとしたが、好都合ね、とあっさり切り返された。

「一部屋余計に取ればいいだけじゃないの。安いんでしょ?」

 安いなどと口にしなければよかった。もっとも、どう言ったところで彼女はついてきただろう。

 そのまま旅籠まで連れて行き、仕方なく、部屋を一つ取った。女将がジロジロとシーマを見たが、彼女は平然と視線を返し、「仕事が何かありますか?」と訊ねさえした。女将は返事をせずに、表情で不快を示し、手をひらひらと振った。

 部屋で話をするのは、どこか気が引けたので、食堂の端でシーマの言う働き口の話を聞いた。

 最も安い仕事は高級旅館の警備で、安い理由は大勢を雇っているからしい。

 逆に最も高い仕事は、非合法の賭場の警備で、こちらは少数精鋭の上に、口が硬いことを求められる。余計なことを他所で話していると、あっさりと暗殺されるようだ。

 閃くというほどではないが、気づいたことがある。

「前の仲間はそれで死んだのか?」

「そういうことになるわね」

 お茶の器を無意味に揺らしつつ、シーマは平然と答えた。そしてこちらを大きな瞳で見る。

「危険な仕事がお好み?」

「王都では斬り合いはほとんどないと聞いているけど」

「堂々とした決闘はね。暗殺はそれこそ、頻繁かも。夜の道とか、眠っているところとか、容赦ないのよ」

 その辺りはどこでも変わらないな、と思ったけど、あえて口にはしなかった。僕だって夜の道で人を切ったことがあるのだ。それが仕事だと思っていた、懐かしい季節。

 いつの間にか僕は、自分が剣士らしい振る舞いをしていることに急に気づいた。日の光の下を歩いて、人の中に混ざり、まるで汚れたところのない剣士を装っている。

 自分のどこかに、まだ汚れがこびりついているのにだ。

 シーマは、そのことに気づいていない。気づいたら失望するだろうか。

「賭場の仕事をしよう」

 決まりね、とお茶を飲み干したシーマが立ち上がる。

「これから話をつけてくる。夕方には戻るし、たぶん、雇ってもらえるわ。ここで待ってて」

 一方的に言い置いて、彼女は駆け足に店を出て行った。それを見送る僕に、少し離れていた女将が近づいてくる。

「どういう関係だい?」

「うーん」

 うまい言葉が見つからない僕に、気をつけた方が良いよ、と言って女将が離れていく。今日は他にも客がいて、注文する身振りをしたからだ。何にどう気をつければ良いのか、教えて欲しいところだけど、それほど具体的な意味もなさそうだ。

 女にいいように操縦されるな、とか、女に任せているとろくなことがない、とか、そんなところのはず。

 やることもないので、食堂の端にある書物を取ってきて、それを読んで待った。

 日が暮れかかる頃、シーマが戻ってきた。満面の笑みだ。そのまま僕の前の席に座り、大きく息を吐いた。疲れたという意思表示らしい。

「一人、用心棒が入る余地があるところがある。場所は今から教えるから、記憶して」

「王都にはあまり詳しくない。目印を教えてくれ」

 はいはい、と頷いてから、シーマが話し始めたことを僕はきっちりと記憶した。それほど複雑な道筋ではなく助かった。

「何があっても、他言無用が鉄則だからね」

 場所の説明を終えたシーマが声を低くする。

「どんな大金が動いても、どんな客が来ても、何があっても、絶対に他言無用。殺されるわよ」

「話す相手がいないから、問題ないさ」

「酔っ払って、女に話す奴もいる」

 それが前の相棒の末路かと思ったが、聞く必要はなかった。僕は酒は飲まないし、女と親しくするのもあまり経験がない。もっと乾いた、あっさりと離れられる関係の方が、好きだった。

 シーマは注意点をいくつか口にして、最後に部屋で待っているから仕事が終わったら報告に来るように、と言い出した。

「賭場のことは秘密なんじゃないか?」

「私の口の硬さを信じていないわけ?」

 肩をすくめて見せてやった。信じるも信じないもない、という曖昧な意志は、どうやら伝わらずに、真似するようにシーマも肩をすくめた。当然、彼女が何を言いたいかはわからない。身振りなんて、その程度のものか。

 決められた時刻に合わせるために、食堂でシーマとは別れて、僕は教えられた道を進んだ。

 用心棒の仕事というよりは、最終的には暗殺者から逃れるような仕事になるんじゃないのか、と気付いたけど、それは考えすぎだろう。

 当たり障りのない態度で、やり過ごすとしよう。黙って、目立たなければいい。

 夕方になり、通りでは人が活発に動いている。その中に紛れるように、僕は歩いた。



(続く)

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