1-22 不思議な少女の口利き
◆
ロウコ流の鍛冶屋を探す気になり、通行人に当たってみたが、すぐにはわからなかった。鍛冶屋自体が多くあり、誰も流派など気にしないようだった。包丁やハサミを商うものと認識されている節がある。
剣士に訊ねればわかりそうなものだが、避けた。剣の話をすれば、こちらの剣を鞘の上からでも確認されてしまう。目敏いものなら、何かを察するかもしれない。
歩きながら、鍛冶屋の看板を探して歩いたが、その間も頭の中ではクツルのことを考えていた。彼の思想や発想ではなく、あの妙な足捌きのことだ。
滑るように踏み込み、しかも上体がほとんど揺れない。踏み込んでいるはずなのに、足を動かしていないような錯覚は、その辺りから来るのかもしれない。
今まで、剣術というものを僕に教えた人はいない。ジョズの力任せの、強引な実戦で僕の技は鍛えられている。
クツルの剣術に、どんな手段で対抗できるか。
視界の端に鍛冶屋の看板があり、意識が浮上するように考え事から離れた。看板に近寄ると、小さな店で、幟が一本立っている。幟には「剣」の文字と「槍」の文字が染め抜かれている。
さらに近づいて気づいたが、店に入るドアの横に、娘が一人、座り込んでいる。髪の毛は長いが、複雑な形に結い上げてある。服装は平凡で、町娘という感じだ。こちらを見ている視線は、それでもどこか強さがあり、物乞いではないらしい。
少女の横をすり抜け、ドアを開けて中に入る。
店主は中年の男性で、確かにロウコ流の鍛冶屋だった。だが実際にロウコ流として刃物を打ったのは先代で、病気で今の店主に店を譲ったらしい。今の店主はロウコ流を名乗っているが、修行中のようなものだと、恥ずかしそうに口にした。
「剣をお求めですか?」
もし腕が確かなら研いでもらいたいとは思ったが、やめてしまった。病気になった先代にも会いたいが、そこまで鍛冶屋に関わりたいわけでもなく、腕さえあれば、流派はそれほど重要ではない。技術が優れた剣を作るのであって、流派の名声や歴史が剣を作るのではない。
店を出ると、まだそこにいた少女が立ち上がった。
「あなた、どこから来たの?」
立ち上がって、だいぶ小柄だと気付いた。年齢は、僕とそれほど離れていないようだ。口調でそれがわかる。
「第四都市です」
少女はしげしげと僕の顔を見て、自分の頬をそっと指でなぞった。
「誰にやられた?」
どう答えるか考えていると、少女は勝手に頷いた。
「これでも人の世話を焼くことはできる。ねぇ、私を雇わない?」
何か勘違いしているようだ。
「これでもどこにも属していない、旅の剣士です。人を雇うような余裕はない」
「今までどうやって稼いだの?」
「用心棒を」
にんまりと、どこか不吉に少女が笑った。
「用心棒の口なら、私がいくつか知っているから、都合できるよ。今日の夜からでもすぐに働けると思う。それともその顔の傷も、腰の剣も飾りってこと?」
「飾りといえば飾りでしょうね」
「わからない人」片方の目が細まる。「その口調も良くないわね。私たちはもうチームなんだから、軽い調子で喋ってよ。あなた、名前は?」
やれやれ。まるで走り出したイノシシみたいな少女だ。まっすぐで、そして止まることがない。
「オーリー」
「オーリーね。私はシーマ。よろしくね」
手を差し出されたので、仕方がないのでその手をとって、軽く力を込めた。
これからどうするかと思ったら、シーマはあっさりと「今日の宿代をまずもらえるかな」と言い出した。
「自分の家がないのか?」
「昨日まではあった」
それは、家を追い出されたということか、昨日まで組んでいた相手の家に居候としたか、そのどちらかしか、可能性が思いつかない展開だ。
安い旅籠に泊まっている、と正直に話して遠ざけようとしたが、好都合ね、とあっさり切り返された。
「一部屋余計に取ればいいだけじゃないの。安いんでしょ?」
安いなどと口にしなければよかった。もっとも、どう言ったところで彼女はついてきただろう。
そのまま旅籠まで連れて行き、仕方なく、部屋を一つ取った。女将がジロジロとシーマを見たが、彼女は平然と視線を返し、「仕事が何かありますか?」と訊ねさえした。女将は返事をせずに、表情で不快を示し、手をひらひらと振った。
部屋で話をするのは、どこか気が引けたので、食堂の端でシーマの言う働き口の話を聞いた。
最も安い仕事は高級旅館の警備で、安い理由は大勢を雇っているからしい。
逆に最も高い仕事は、非合法の賭場の警備で、こちらは少数精鋭の上に、口が硬いことを求められる。余計なことを他所で話していると、あっさりと暗殺されるようだ。
閃くというほどではないが、気づいたことがある。
「前の仲間はそれで死んだのか?」
「そういうことになるわね」
お茶の器を無意味に揺らしつつ、シーマは平然と答えた。そしてこちらを大きな瞳で見る。
「危険な仕事がお好み?」
「王都では斬り合いはほとんどないと聞いているけど」
「堂々とした決闘はね。暗殺はそれこそ、頻繁かも。夜の道とか、眠っているところとか、容赦ないのよ」
その辺りはどこでも変わらないな、と思ったけど、あえて口にはしなかった。僕だって夜の道で人を切ったことがあるのだ。それが仕事だと思っていた、懐かしい季節。
いつの間にか僕は、自分が剣士らしい振る舞いをしていることに急に気づいた。日の光の下を歩いて、人の中に混ざり、まるで汚れたところのない剣士を装っている。
自分のどこかに、まだ汚れがこびりついているのにだ。
シーマは、そのことに気づいていない。気づいたら失望するだろうか。
「賭場の仕事をしよう」
決まりね、とお茶を飲み干したシーマが立ち上がる。
「これから話をつけてくる。夕方には戻るし、たぶん、雇ってもらえるわ。ここで待ってて」
一方的に言い置いて、彼女は駆け足に店を出て行った。それを見送る僕に、少し離れていた女将が近づいてくる。
「どういう関係だい?」
「うーん」
うまい言葉が見つからない僕に、気をつけた方が良いよ、と言って女将が離れていく。今日は他にも客がいて、注文する身振りをしたからだ。何にどう気をつければ良いのか、教えて欲しいところだけど、それほど具体的な意味もなさそうだ。
女にいいように操縦されるな、とか、女に任せているとろくなことがない、とか、そんなところのはず。
やることもないので、食堂の端にある書物を取ってきて、それを読んで待った。
日が暮れかかる頃、シーマが戻ってきた。満面の笑みだ。そのまま僕の前の席に座り、大きく息を吐いた。疲れたという意思表示らしい。
「一人、用心棒が入る余地があるところがある。場所は今から教えるから、記憶して」
「王都にはあまり詳しくない。目印を教えてくれ」
はいはい、と頷いてから、シーマが話し始めたことを僕はきっちりと記憶した。それほど複雑な道筋ではなく助かった。
「何があっても、他言無用が鉄則だからね」
場所の説明を終えたシーマが声を低くする。
「どんな大金が動いても、どんな客が来ても、何があっても、絶対に他言無用。殺されるわよ」
「話す相手がいないから、問題ないさ」
「酔っ払って、女に話す奴もいる」
それが前の相棒の末路かと思ったが、聞く必要はなかった。僕は酒は飲まないし、女と親しくするのもあまり経験がない。もっと乾いた、あっさりと離れられる関係の方が、好きだった。
シーマは注意点をいくつか口にして、最後に部屋で待っているから仕事が終わったら報告に来るように、と言い出した。
「賭場のことは秘密なんじゃないか?」
「私の口の硬さを信じていないわけ?」
肩をすくめて見せてやった。信じるも信じないもない、という曖昧な意志は、どうやら伝わらずに、真似するようにシーマも肩をすくめた。当然、彼女が何を言いたいかはわからない。身振りなんて、その程度のものか。
決められた時刻に合わせるために、食堂でシーマとは別れて、僕は教えられた道を進んだ。
用心棒の仕事というよりは、最終的には暗殺者から逃れるような仕事になるんじゃないのか、と気付いたけど、それは考えすぎだろう。
当たり障りのない態度で、やり過ごすとしよう。黙って、目立たなければいい。
夕方になり、通りでは人が活発に動いている。その中に紛れるように、僕は歩いた。
(続く)




