あとがき
ここまで「剣士の肖像」をお読みいただき、ありがとうございます。
この長い話の始発点は、実際の仕上がりとはまるで違うと言ってもいいところからです。この作品の僕のパソコンの中における仮タイトルは「最速最弱の剣士(仮)」です。そしてその設定の一番最初にあるのは、第四部の主人公である、シン・ホワイトウッドの項目です。つまりこの作品は、最初に構想したものが一番最後に来た、ということですが、意図的に遅らせたわけではなく、シンの背景がうまく定まらないまま、同じ世界観でまずは長編を書こう、と決めて、それで出来上がったのが第一部です。
読んでいたければわかる通り、第一部において「王都八傑」という設定がありますが、最初の構想ではこの八人の存在は過去のもので、何かしらの理由で王都を去ったそのうちの一人がシンを鍛える、というものが最初の想定です。なので、影の剣聖と呼ばれる剣士の生い立ちや、その先代の剣聖の存在は構想の中では全く後から生まれたものです。第四部において烈の剣聖の最後のシーンがありますが、構想の段階では最初からこの人物は故人だったので、構想を描きながら変化させていったことがここにも表れています。
ちなみにファナの設定は最初からあって、魔技にまつわる設定はあったもののしかし王都を陰謀で追われて、それがシンと出会うという程度のものでした。どこで出会うとか、どういう関係かとかは、やはり後付けの設定です。
先に書いた仮タイトルの通り、この長編は元々、よくあるタイプの「ステータスを極振りする」の亜型の一つをイメージして構想を練りました。僕のまったくの好みの問題ですが、異世界だろうと、ステータスだのスキルだの、レベルだのランクだの、そういうものは拒絶したいので、ステータスを極振りしたとしても、数値などで表す気はなくて、シンは元々、動きは機敏だけれど普通の剣は重くて振れない、というようなイメージでした。ただ、最終的には彼を演出する中で非力というイメージは消えて行きました。それが終わってみれば、良かったかな、と思います。
一方で、この作品において、超能力にあたる要素をどう処理するかは、非常に困難でした。その辺りの塩梅は、最後の最後までわからず、平凡なものになったかもしれません。
この作品を書くにあたって、何が参考になったかは、あまり思い浮かびませんが、個人的にはこの作品の前に公開した「鳥と雷」、その前の「剣聖と剣聖」という長い話に連なる世界観ではあります。世界観というか、要素が同じ、ということです。この三本で「剣士三部作」などと表現できればかっこいいのですが、ちょっとばらつきがありすぎるかもしれません。
僕が剣士にこだわる理由がどこにあるかは、自分でも不明です。あるいは安井健太郎さんの「ラグナロク」の影響がありそうですが、むしろそれよりは数年前に読んだ池波正太郎さんの「剣客商売」が近いかもしれません。アクション、と表現するのかもしれませんが、もっと簡単に言えば、チャンバラ、が描きたいのでしょう。先述のシン・ホワイトウッドに超能力がない、というのも、要はチャンバラなんでしょうね。
この作品において繰り返される訓練の描写がどう評価されるかは、これを書いている今はわかりません。ただ、僕の中では一足飛びに技が身につく、何かしらの天啓のようなもので異常な能力が開花する、という展開があまり好きではない、というのはあります。努力を極端に賛美するつもりもないですが、現実世界における訓練の連続と実践の連続、その両者の反復みたいなものを、小説の中から抜き取るのは何かが違うような気がします。これはある意味では「成長」を描きたい、となるかと思います。もちろん、最初から超人的な能力や知識があっても、精神性や人間性のようなものが「成長」するという描き方もありますが、ちょっと僕にはそういう世界が想像できないことが挙げられます。例えばあなたが小学生で、例えば剣道で大人にも負けない日本一の腕前を手に入れたとして、どうしますか? 僕はそうなっても、例えば他の小学生や子供達、大人を叩きのめしたいとは思わない。むしろ剣道の何が面白いかが、わからなくなるのでは。そこで剣道の面白さを再認識する、という「成長」は描ける可能性はあるのですけれど。どれだけ木刀で打ち据えられても、実際には成長なんてしないかもしれませんが、僕の中では、痛みがあること、傷つくことが、何かしらの土台になると信じたい、という思いは強くあるかもしれません。それと同時に、何かを喪失することも、やはり土台ではないかと思います。付け加えれば、後悔や懺悔、苦悩、なども。
あまり長く書いてもいけませんが、この作品は僕の中ではだいぶ力を込めた、と感じています。やや粗いところもありますが、また次を考える時、役に立つんじゃないかな、という感じです。
次に何を書くかは、この文章を書いている今はまったく決まっていませんが、とにかく、続けては行こうと思います。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
今後とも、よろしくお願いします。




