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剣士の肖像  作者: 和泉茉樹
風の如く駆け抜けて
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4-49 再会

     ◆


 あんたは厄介ごとを売っているのか、と不機嫌そうな男と卓を挟んで向かい合っていると、思わず笑えてくる。

「しかし助けてくれるし、協力もしてくれるわけだ」

 卓の上には無数の駒が転がり、賭け事の最中だった。

 場所は大陸王国の南西部にある海岸沿いの、小さな漁村だ。以前、ファナに国外脱出の始点に指示した漁師たちの縄張りに近い。

 目の前にいるのはネイスン、両隣は彼の仲間だった。

 ネイスンが駒を切り、彼の右隣の若者、リッヒが山から駒を取る。

「神聖王国で老人のふりをしていたのには、だいぶ経ってから気づいたよ」

「気付いてもらわなくちゃ困る」

 リッヒが駒を切り、次は俺の番。駒を引き、手元の駒の並びから一枚を切る。今度は俺の右隣の初老の男、エンリコの手番。

 ネイスンは無表情に言う。

「あそこでお前が捕まれば、俺たちの目論見が外れる」

「そう、あの時、俺が太陽の巫女の暗殺未遂で捕まれば、この前の紛争は起きなかった。事実ではないとわかったし、神聖王国内部で調査が進むうちに、誰が国に悪影響を与えているか、探り出せただろうからな」

 ネイスンの番になり、駒を取り、捨てる。

「だからネイスン、お前は俺を助けたんじゃなくて、わざと俺を逃して、俺に疑いが向き、その疑いを理由に大陸王国への侵攻を決行させるのが目的だったわけだ」

 リッヒがちらっとネイスンのほうを見てから、駒を拾い、捨てる。

「ファナも利用されたわけだ。彼女が俺を助けようとするのも計算通りだし、俺が国外へ脱出するのも読んでいた。違うか?」

「どうだろうな」

 ネイスンは笑いもせず、俺が駒を拾い、捨てるのを見ている。

「セイケイ貿易は聖王とその周りの奴らの息がかかっているんだろう? で、三教団の発言力が高まった今は、彼女たちに媚びを売る必要があるわけだ」

「しゃべりすぎる奴は嫌いだな」

 ネイスンがそう言ったタイミングで、エンリコが駒を取り、捨てる。次はネイスンの番だ。囁くように答えてやるとしよう。

「どうも俺はここのところ、大勢に嫌われていてね、気にならなくなった」

 ネイスンが駒を拾い、捨てる。

「それが当たりだよ」

 俺は手元の駒の列を倒してみせる。リッヒが溜息を吐き、エンリコは無言。ネイスンは一層、不機嫌な顔になり、俺の方に手元の銀貨を数枚渡す。

「そろそろ時間だな」

 時計を見ると、打ち合わせた時間が近い。

「今回の件で、俺たちの間には貸し借りはなしとしよう。その方が得だよな?」

 そうしよう、とネイスンがそっぽを向き、鼻を鳴らす。

 小屋を出るとそこはもう海岸が目の前に広がっている。浜には漁をするために使う小舟が何艘か並んでいた。

 その浜べに明るくなる水平線を背景にして近づいてくる小舟がある。

 どうやらネイスンは約束を守ったようだ。

 その小舟が浜に乗り上げ、乗っていた女性が降りてきて、俺の前までゆっくりと砂を踏んでやってきた。

「なんか、どこかの誰かのせいで面倒なことになったけど」

 そう言って顔をしかめるファナに、俺は拝んで見せるしかない。

「これでお前の命を救ったことはチャラするってことで、受け入れてくれ」

「神聖王国でだいぶ成功したはずが、どこかの男のせいで全部がパァなんて、信じられない」

「大陸王国でも生きていけるさ」

「大逆人のそばにいて、普通に生きていけるもんですか」

 そう言ってファナは俺の横をすり抜けていく。俺は一度、小屋に戻って荷物を取り、ネイスンに声をかけて睨みつけられてから、ファナを追いかけた。

 さっきの言葉とは裏腹に、ファナが向かう先は、事前に俺が伝えた内容に沿っているので、まんざらではない、ということかな。

「それで」

 俺が追いつくのを横目に、ファナが問いかけてくる。

「これからどうやって生きていくつもり?」

「当分はゆっくりと、息を潜めて、隠れて生きるよ」

「私と二人で?」

「自然とそうなるな」

 いやらしい男になったわね、と歩きながらも器用に足を踏みつけてくるのを、さっと避ける。よろめいたファナを支えてやるが、手の甲に痛みが走る。

 見れば細い切り傷ができている。

 魔技をこういうことに使うなよ。いや、もっと派手にやれと言いたいわけでもないんだが。

 そのまま俺たちは街道を進み、大陸王国の南側の海岸沿いをひたすら進んだ。どうやら目立たないらしい。

 俺一人なら走ることもあるはずが、ファナがいるので二人での旅自体はのんびりと進行した。秋も深まり、冬になっても俺たちは旅を続けた。そのうちにファナも怒りを鎮めて、俺たちはどうやらただの友人ではなく、もっと深い仲になったらしかった。

 夏が来る時、やっとそこにたどり着いた。

 大陸王国の中部にある、人気のない山の中にある小さな小屋だ。俺の記憶を刺激するものが、確かにある。

「ここね」

 ファナが足を止めたところに俺も並び、それを見た。

 小屋から少し離れたところに、小さな岩が置いてあり、そこに何かが刻まれている。よく見ると文字で、そこには「電光石火 ここに眠る」とだけ彫ってある。

「電光石火ってなんのこと?」

 そうファナに問いかけられて、俺は答えるときには、思わず少し声が震えていたが、どうしようもなかった。

「王都八傑の一人だったときの、クツルのあだ名だよ」

 ここにクツル・オージーが葬られている。

 信じられるような、信じられないような。

 すぐそこにある小屋から、彼が出てきそうな気もする。

 でもそれは、起こらないことだ。

 時間は確かに流れて、彼はもう去ってしまった。

 無言でファナが頭を下げ、神聖王国での癖なのか、戦の神の信者がやる印を胸の前で切っていた。

 俺はしゃがみ込み、岩に触れていた。

 やっとまた会えた。

 クツルは、あの時、あの戦場で俺を守ってくれた。

 そうだよな?

 俺は視界が滲むので、目をじっと閉じて、岩に触れたまま動けなくなった。

 その俺の肩に、ファナが触れた。

 柔らかな、暖かい手だった。



(続く)

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