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剣士の肖像  作者: 和泉茉樹
風の如く駆け抜けて
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4-44 大陸王国へ

     ◆



 俺が選べる選択肢は二つある。

 このまま神官騎士団に出頭すること。そうでなければ、大陸王国へ危急を通報すること。

 もし神官騎士団に出頭しても、神聖王国は明らかに大陸王国と敵対する道を選んでいる。俺の存在はきっかけにすぎず、今や俺は無意味な存在になっているどころか、生かしておいても得はない。出頭は自殺と同じ。

 では大陸王国に走るしかない。だいぶ遅れているが、とにかく、事態を落ち着かせる必要がある。

 まったく無関係を装い、ひっそりと生きていけば、俺は何をする必要もなかった。

 身分を手に入る方法もこの一年で見つかっていたし、隠れ家もあれば、資金もあった。二つの国が戦争状態になろうと、それで大勢が死のうと俺とは無関係だと、放っておくこともできた。

 俺自身が殺されない限りは、俺は傍観者でいる権利がある。

 しかしその権利を行使したいと思えないのは、何故だろう。

 俺が必死に組み上げた和平の道が、途切れるのが、そんなに我慢ならないことだろうか。

 俺が死ぬわけじゃない。俺が損をするわけじゃない。俺が住む土地を奪われ、畑を荒らされ、街を焼かれるわけではない。そんなものは今の俺とは無関係だ。

 必死に逃げ続けて、安全な場所で日々を過ごせばいいじゃないか。

 ……ダメなんだよな。どうしてだろう? それじゃダメだと、何かが訴えてくる。

 行かなくちゃな。大陸王国へ。

 街道を走り、巡回騎士をやり過ごし、そうして秋も深まる頃、山の上に出たところで、遠くに国境地帯が見えた。

 旗がいくつも立ち、両陣営が臨戦態勢に見える。神官騎士団の旗の文字と色を見れば、翼竜騎士団がおおよそ全軍で展開している。四千人を超えているのだ。

 その向こうには大陸王国の騎士団の旗があるが、数では互角だろう。

 山脈を越えて密入国している時間はない。俺は夜を待って、こっそりと国境地帯、両軍が目を血走らせているその隅を抜けることにした。

 夜更けに月明かりを避け、歩哨を避け、這うようにしてじわりじわりと国境を抜けていく。

 やがて神聖王国の領域から、大陸王国の領域へ。

「動くな! 何者か!」

 いきなり怒号と同時に、銀の光が瞬き、こちらに向けられる。俺は無様なことに這いずっていたので、ほとんど名も知らない兵士にひれ伏している格好だった。

「神聖王国に潜入していたものです。重要な情報を持っております」

 へり下るとは、俺も人間が出来てきた。

 しかし兵士には人間の出来不出来など問題ないようだった。声を聞きつけた周りの兵士が集まり、俺は刃を首筋に押し付けられたまま、引っ立てられていくしかない。武装も荷物も奪われる。

 連れて行かれた幕舎は小さなもので、中にいる鎧を着た男性は、見知らぬ顔だ。彼も俺を知らないだろう。

「情報とやらを教えてもらおうか。それともデマカセか?」

 ぐっと俺を拘束したままの兵士の剣が首筋に食い込み、皮膚を押し込む。こんなに切れ味の悪い剣で切られるのは耐えられそうもない。

「神聖王国に、侵略行為を始める予兆があります」

「そんなのは知っている」

 男はそっけない。大陸王国もバカではないということだ。

「お前はどうして神聖王国にいた? 大陸王国の工作員か? 誰の指揮下に入っている?」

 思い切って言うしかない。

「火焔の剣聖の配下でした」

 鎧の男が目を細め、笑えない冗談だ、と笑みを見せる。その手がゆっくりと上がる。

「くだらんドブネズミの話を聞いて、不愉快だ。殺せ」

 手が振り下ろされる。

 俺は思い切るしかなかった。

 この時に起こったことは、何もかもが収束したかのように、複雑怪奇だった。

 まず俺の首筋に剣が食い込み、その剣の柄にある兵士の手を俺が掴んだ。ここで幕舎に女性の兵士が入ってくる。

 俺の首筋に痛みが走る。それの動きが停止したのは、俺の手が兵士の手を止めたから。

 兵士を背負い投げするように投げ捨てるところで、「やめなさい!」と女兵士が叫ぶ。

 ただ止めるわけにはいかない。俺は兵士を地面に叩きつけて剣を奪い、目を白黒させている兵士の額にピタリと切っ先とつけた。

「やめなさい! 武器を捨てて!」

 鎧の騎士が泡を食って立ち上がるが、彼は無言。繰り返し制止しようとしてくるのは、女兵士だ。男は全く喋る余裕がない。

 やっと後から入ってきた女を見ることができた。

 三十代ほどで、着ている鎧は使い込まれている。手は腰にある剣の柄にあった。

 相手が踏み込む前に、今、組み伏せている方の兵士は殺せる。

 殺す必要はないし、理由もない。

 結局、解放するしかない。

 奪ったばかりの剣を捨てて、俺は両手を上げて後退した。

「メキーア殿、この場は私に任せて頂きたい」

 女性兵士の言葉に、鎧の男は目を細め、しかし冷や汗を止められないままに、任せよう、と言い置いて幕舎を出て行った。倒れている兵士も剣を拾い上げ、それに続く。

 幕舎の中に、俺と女性兵士だけになった。

「思い切ったことをするわね、シン・ホワイトウッド。ここで死ぬつもりだったの?」

「まさか」

 相手が俺の名前を知っていることもあり、投げやりな思いで、言葉を選ぶのはやめた。

「どうにかして逃げ出して、王都へ走るつもりでしたよ。それよりなんで俺の名前を?」

 実際、あの鎧の男にも名乗っていない。

 女性はへの字口になり、目をすがめる。

「あなた、自分が有名人だって知らないわけ? 先王陛下、烈の剣聖、影の剣聖、火焔の剣聖、そして国王陛下、その全てと関わりと持つ人間が話題にならないわけがないでしょう。しかも神聖王国に行って、大陸王国を捨てたとなれば」

「いや、まあ、その通りですが、俺の顔なんて知らないでしょう?」

「前に何度か会ったよ。烈の剣聖の葬儀、そして影の剣聖の就任式典でね。話はしなかったけど」

 なるほど、それはありそうだ。しかし何年も前ではある。

「確かに俺はシン・ホワイトウッドですが、あなたは?」

「私はエマ・ユースタイン。大陸王国の桜花騎士団の副団長補佐よ」

「なるほど、それで俺をどうするつもりですか?」

「もちろん、王都へ走らせるに決まっているでしょう」

 その言葉に目を何度か瞬いて、副団長補佐という立場の女性をやっとじっくりと観察した。もう三十をいくつも超えているだろう。しかしその意志の強さを表すようにギラギラする瞳には、覇気と言っていいものがある。

「私から剣聖様に書状を書くし、通行に必要な許可書も出す。それで滞りなくいくでしょう。しかし急ぎなさいね。敵は待ってくれないから」

 はぁ、としか言えない俺を、エマが手招きして、そのまま隣の幕舎に移動すると、彼女はその場で書類を用意した。俺は大陸王国軍の伝令という立場になる。

 服は適当に用意したもので許してね、などと言われが、用意されたのはまさに伝令のための動きやすい服だった。所属を占めす腕章は桜花騎士団のそれだ。

 すぐに書状が出来上がり、明け方、俺は王都へ向かって走り出していた。

 王都は遥かに遠い。しかし時間はあまりに短い分しか用意されていない。

 しかし走るのをやめるわけにも行かなかった。



(続く)

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