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剣士の肖像  作者: 和泉茉樹
影に咲く剣
18/188

1-18 用心棒と盗賊

     ◆


 王都に向かって五ヶ月の間、路銀に困っても不思議と仕事にありつけた。

 どうやら剣を持っていることで、はっきりと見えるところに傷のある僕は、逆に凄腕の剣士に見えるようだった。用心棒の仕事をいくつかこなした時、同じように雇われていた旅をしているという剣士が、そんなことを言っていた。

 その剣士が言うには、僕は百人は切っているように見えるらしい。おおよそそれは正しいわけだけど、僕は無表情を向けて、彼はもうそれ以上は何も言わないようになった。

 もっとも、世間話は回避できても、実際の斬り合いになれば手を抜く余裕はない。

 ライコクが渡してくれた剣は、抜群の切れ味だった。まるで今までの剣と違う材質でできているような、軽さと強靭さが並立している剣だとわかった。

 最初にその剣で人を切ったのは、意外に長い時間が過ぎた後で秋が深まり、冬も終わり、春が過ぎ、夏になろうとしていた。

 その年の最初の収穫を運ぶ荷車の隊列を護衛している時で、夜で、月が綺麗に見えた。山間の道で、周囲は森だ。だからこそ、月が見えるのが面白く、特別に感じて眠らずにいたのだ。

 最初は風かと思ったが、違う。その音は山賊が木立の中の下草を掻き分ける音だった。

 指笛を吹き、その時には先頭の山賊がこちらへ突っ込んでくる。真っ黒い装束で、顔にも何か黒いものを塗っているようだ。泥にしては黒い、炭だろうか。そんなことを思う程度の余裕はあったわけだ。

 僕の頭を割ろうとする剣を避ける。その剣にも黒い塗料。ただこれは失敗だ。黒い影が動くので、見抜くことができる。

 体を開いて避けるのと同時に、剣を抜いていた。

 涼しげな音を立てて、刃が鞘から解き放たれる。

 山賊の一人目が倒れこむ前に、僕は二人目を切った。無意識に最短距離で剣を走らせ、さらにもう一人を切った。この三人目は際どいところで体を逃したが、命の代わりに片腕を切り飛ばされて、悲鳴を上げた。

 すでに護衛たちが動き出し、そこここで剣がぶつかる音、もしくは肉と骨が断ち割られる湿った音が起こっている。

 四人目を一撃で倒し、それでもう僕のところへ向かってくるものはいなかった。二人が間合いを取ってこちらをうかがっている。牽制なんだろうが、やろうと思えば二人を倒すことはできる。そうしないのは、山賊たちに勝ち目がなく、退くことが当たり前だと僕が解釈したからで、実際、目の前の二人も攻撃というよりは撤退のタイミングを計っているようだ。

 誰かが指笛を吹いた。複雑な音の組み合わせは、僕たち荷車を護衛する用心棒の取り決めた組み合わせにはない。山賊たちがその指笛と同時に、さっと引いた。用心棒が追撃しようとしたようだが、僕はやめた。

 剣を鞘に戻し、先ほど片腕を切り飛ばした山賊が倒れているところに、膝をついた。生きているかと思ったが、すでに動かない。口の前に手を差し出すが、息をしていない。念のために首筋に指を当てたが、脈はなかった。失血死だろうか。

「何故、切ろうとしなかった?」

 近づいてきた男がそう声をかけてきた。用心棒を束ねる立場の剣士だ。背が高いが、細身ですばしっこそうな男だった。僕は彼の方を見ず、見開かれている瞼に気づき、死体の瞼をそっと閉じさせた。

「何故、奴らを逃した?」

 もう一度、詰問されても、僕は姿勢を変えなかった。分かりきったことを訊くな、と思う自分がいるのと同時に、他人の存在を無視しようとする自分もいる。人間の気持ちというのは、常に複数のものが同時に進行する。

 考えてみれば、剣を振る時もそうだ。単純に考えれば、相手に剣を繰り出すことだけではなく、相手の剣を回避することを考えている。実際にはその二つがさらに細分化されるし、複雑に絡まりあい、考えることはまるで織物のようになるらしい。

 相手がさらに何か言おうとしたところで、僕は立ち上がった。わずかに相手が身構える。手に抜き身の剣を下げているようだ。こちらの剣は鞘の中。それでも警戒する程度に、抜かりない。

「無駄に殺す必要はないと思う」

 静かな口調で僕が言うと、男は鼻で笑った。

「怖気づいたか? 臆病者め」

「それはそちら」

 思わず口にしていた。顔も彼に向けていた。

 自分の表情がよく想像できた。何の飾りもない、仮面みたいな顔をしているだろう。のっぺりとして、無感情で、何も推し量れない顔。

 男が明らかに狼狽し、一歩、下がった。やっぱり臆病者だ。

 周囲では荷車を押す人夫たちが起き出して、かがり火をかざして歩き回っている。そちらは荷車の上の荷を確認しているようで、他に用心棒たちが仲間の安否や、倒した盗賊を確認している様子が光の中で見て取れた。

 僕はまだすぐ横に立っている男を見た。お互いに剣の間合いで、そこでは僕と彼に差はない。同じ力量なら、あとは早く動き出した方が勝つ。早い方が、先に剣を当てられる。

 不思議と剣士は、こういう場面では賭けに出ない。自分の方が相手より強いと確信するような剣士は、きっと早く死ぬんだろう。僕だって、今、わざと動こうとは思わない。

 この男の技量と僕の技量では、おそらく僕が上。それでも試す気はない。絶対に勝てる、もしくは、勝つしかない、という場面では剣を抜くだろうけど、今は違う。

 とりあえずは仲間であるこの男を切る理由はない。

 もう一歩、男が離れ、僕はじっと視線を向け続けたが、もう何も言わずに身を翻し、彼は仲間の方へ歩いて行った。そう、彼は二人の仲間とともにこの荷車を護衛する仕事を受けていた。離れて見ていた二人と合流し、何か話しているが、僕には会話までは聞こえない。

 もう一度、頭上を見上げた。月が出ている。

 翌朝まで用心棒たちは警戒を続け、そのまま朝食を人夫とともに食べ、荷車は動き出した。明るくなって、山賊の死体が十三体、そこここに転がっているのが見えた。真っ黒い装束なので、目立つのだ。

 用心棒は一人が死に、二人が怪我を負い、動けないので荷車に乗せられていた。軽傷はその他に四人ほどで仕事に支障がないので、そのまま警備している。

 十三人と一人なら、僕たちの勝利という計算もできるが、あまり意味のない計算だと歩きながら考えた。

 一人も死ななければ、もう少し完全に近い。ただ、相手が死んでいるのだから、それもまた良い方に評価するのが難しい。僕はいつの間にか、誰も死なないことが正しい、と思い始めていた。

 そう思ってはいても、僕は山賊を四人、殺している。手加減のできる場面とできない場面がある。殺さずに無力化する手段もあるだろうが、それよりは襲撃してくる山賊をそもそも取り締まる方が、意味があるかもしれない。

 でもそれは剣士の考えることではない。警察や軍、もしかしたら政治や経済の問題かもしれない。山賊をしなければ生きていけないものがいるのが、不自然ではある。そこまで考えれば、剣士だって、人を殺して生きているのだから、不自然かもしれない。

 荷車が予定の街に到着し、僕は報酬としての銀の粒を受け取った。これで王都まで行けるだろうという見通しが立った。

 その街にある旅籠に部屋を取り、一晩、ぐっすりと休んだ。

 翌日、早朝には街を出て、街道を進んだ。道を行く人々の服装はいつの間にか派手なものが増え、長い旅をしたようなものは少ない。街道も幅が広く、荷車が行き交い、馬に乗ったものもやってくる。馬に乗っているのは剣士が多いが、騎士とでもいうのだろうか。しかし武装しているわけではなく、例外なく軽装だ。

 背後から誰かが近づいてくる、とは気づいていた。不穏な気配、殺気がはっきりわかった。

 切ることはできる。そうしないこともできる。

 僕は思い切って、駆け出した。前を歩いていく人々をかわして、走った。

 背後を振り返ると、例の三人組の剣士が追ってくるが、距離は開いていく。

 こういう決着のつけ方もあるのだ。

 少しペースを落として、それでも半日ほどは走り続けた。汗が噴き出し、汗を吸った服が身体に張り付き、重くなっていく。でも構わずに走った。

 久しぶりに笑い出したくなったけど、街道を行く人たちのことを考えて、我慢した。

 前方に壁が見えてきた。王都の城壁だろうか。王都は二重の城壁に守られていると聞いている。遠くから見ると壁の上に塔の先端が見えた。王都の中心にある王城の最も高い塔は、遠くから見るとよく見える、という噂は本当だったんだと考えながら、走り続けた。

 壁が近づくと、塔は見えなくなった。城壁の見張り塔の立派な等間隔の連なりと、巨大な城門の門扉が見えてきた。

 足を緩めて、呼吸を整えて僕は初めての王都に足を踏み入れた。

 初夏の王都には、涼しげな何かが漂ってた。



(続く)

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