4-34 味方を作る
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王都にいて神聖王国からの情報を当たっていたが、予想外の出来事があった。
神聖王国の内部に潜入している火焔の剣聖に近い諜報員から、神官騎士団に目をつけられていた女が、大陸王国側へ脱出した、というのだ。
俺は少し考え、ネイスンと連絡を取ってみることにした。それも人には任せられないので、自分の足で走ったのだ。
この時、ネイスンと通じることができた場所は、国境地帯にほどちかい山岳地帯で、かろうじて大陸王国側だった。ネイスンは例の三人組で野営していて、俺が現れても驚きもしない。
「剣聖に臣従したか?」
無愛想なネイスンはいつも通りだ。一年以上ぶりに会うのに、これでは身構える方が無理というものだ。
「利用されてはいるかもね。で、誰が脱出したって?」
「今は別の名前らしいが、元は、ファナ、そう名乗っていた女だ」
おやおや、と言いそうになり、どうにかこらえて、へぇ、だけで留めておいた。だがネイスンの視線による探索は一瞬で完了したようだ。
「知り合いだな。お前の女か?」
「まさか。でも知り合いであることは認めるよ。何年か前に、大陸王国で近衛騎士団に追われているようだったから、神聖王国に逃亡させた。させた、と言っても書状を一通渡して、あとは口頭でだよ」
「うまく逃げた、ってわけだ」
「しかも今は戻ってきている」
あの女、何を考えている?
ネイスンに明かす必要はないが、彼女とは連絡は取っていたし、墓参りがしたようだったが気の早いことだ。
とにかくこんなところにいる時間的余裕はない。ファナの過去を早急に探って、状況を把握しないといけない。
ネイスンと短い世間話の後、俺は夜の闇の中に駆け出した。
ここのところ、こんなことばかりじゃないか。
走りに走って、東奔西走とはこのことだ。
王都へ戻った時にはすでに騒ぎは起こっていた。コッラ公爵邸に侵入者がいて、しかしそれを目撃した使用人は、死んだはずの人間がいた、などと訴えているという。
すでに俺の手がまわる前に、火焔の剣聖は事情を察しているようだった。そしてそれは俺が剣聖の邸宅に戻った時に、彼女の方から教えてくれた。
「私が殺したはずの女が生きている、と言ったら、あなたは信じる?」
「殺したんですよね?」
相手の目が普通の目じゃないのをいいことに、俺は薄ら笑いでごまかしておく。もしネイスンのように感情を読み取る性質の視線を剣聖が備えていれば、俺のごまかしも通用しなかっただろう。
あるいは通用しなかったのかもしれないが、剣聖は譲歩した。
「生き延びただけでも、評価しましょうか」
そんな言葉の後、火焔の剣聖は俺の仕事の進捗を訊ねてきた。
今、王都には神聖王国の諜報員や工作員はいない。自然、国境地帯である西部でその役目を負うものと接触する必要があるが、うまくは進んでいなかった。警戒され、また疑われてもいる。
火焔の剣聖も、自分たちの本心と呼べるものを、自らの手のもので伝えようとはしているようだ。
俺としてはファナの存在がきっかけになりそうではあるが、不可能だろうか。
部屋を出てから、俺はファナについて調べ、そして彼女の故郷を知った。彼女の父であるモランスキー伯爵は、すでに亡くなっているし、奥方もおらず、ファナも出奔したことでよその貴族の三男坊を養子に貰い受けていた。今はその青年がモランスキー伯爵である。
そんなところへ行くだろうか。
しかし、そう、コッラ公爵の屋敷の騒動は、墓所のそばだったはず。
父親の墓を拝みに行く、か。
ありそうだな、というのが第一感で、俺はそれに従うことにした。最低限の装備で王都を飛び出し、ひたすら走った。
あまりにも俺は遅れているので、休むことを無視して走るしかなかった。
そしてその夜、俺はモランスキー伯爵の屋敷のある山、そこにある通りでファナと再会することができた。しかし彼女は黒衣隊と向かい合っており、ややこしいことこの上ない。
俺を牢から解放してくれたのも、黒衣隊の男だと後で知った。あれだけ有能な男が、複数いるのは驚異でもある。
ただこの時は、俺の想像とは全く違う現象が起こった。
数で不利なはずのファナの魔技が、あっさりと黒衣隊を制圧したのだ。
それでも最後の一人の不意打ちは、俺が組み伏せ、昏倒させて無力化した。
会話もそこそこに、俺は走りながら考えていた策を実行に移すべく、ファナに指示だけして一人で先へ急いだ。
顔なじみの飛脚を使ってクツルに連絡してあった。クツルの小屋に、影の剣聖が来るように取り計らったわけだけど、まさかファナを先王陛下の屋敷に招くわけにもいかず、そんな権利は俺にはないから、苦肉の策だった。
ファナとオーリーが対峙して何がどうなるかは、俺には予想もつかない。
いつかの烈の剣聖、ガングが俺にやったようにするだろうか。
剣聖の剣でファナが死ぬかもしれない。
そうなったら、その時だ。
もし切り抜ければ、彼女は少しは変わるだろう。
俺はただファナの幸運と技量を願いながら、駆け続けた。
(続く)




