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剣士の肖像  作者: 和泉茉樹
風の如く駆け抜けて
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4-25 国の中の闇

     ◆



 クツルの小屋を出て、俺は本格的な飛脚屋を始めた。

 いままでとやることは大差ないけれど、範囲を広げていったので、各地の飛脚屋との衝突もあり、また友誼を結ぶこともあった。

 それでも冬が終わる頃には大陸王国の東半分には馴染むことができた。

 走り続け、届けて、受け取り、また届ける。

 そうしていると様々な人間に出会うし、国というものがどう認識されているかもわかる。

 ある商人は、業績は右肩上がりで、裕福な暮らしをしているように見える。逆に売り上げが伸びず、借金をして店を継続する商人もいる。続けられなければ逃げるものいる。

 貴族もそうだ。領地からの収入で裕福な暮らしをする者もいれば、生活に困って使用人や下男下女がほとんどいないひっそりとした屋敷で過ごす者もいる。

 あるものは国王を称賛し、あるものは国王を否定する。

 それどころか、シルバストン朝大陸王国は安泰だと言ったり、逆にもう国は終わりだよとぼやくものがいる。

 どれもが本音だから、正しい言葉だ。

 俺はただの飛脚、それも一人きりの飛脚で、領地を経営する必要も、会社を経営する必要もない。銭がそれほど必要なわけではなく、食事と服と雨露をしのげる場所があれば、それで事足りてしまうのだ。

 大勢の大人たちは、集団を作っている。その集団が個人を助け、個人を守る。なのに、個人の中の一部は集団に依存するだけで、集団の破綻を他人事のように捉える。そうして集団が破綻すれば、また別の集団に所属すれば済む。

 集団が利を上げれば、個人も富む。

 個人の努力が集団を富ませる。

 そんな風に機能していればいいものが、どこかで崩れ始めると、大勢は無事に逃げ出すのに、破滅が少数の上に降りかかるのは、何か公平ではないように俺の目には映る。

 公平でないといえば、駆け巡るうちに市井の農民たちの生活も、公平とは程遠い。

 領地を経営する貴族や、土地を所有している豪農が、国が設定した税や借地料を取り立てる時に、ごまかしていることがままある。本来は許されない税率や高額の借地料が、一部の農民を締め付けているが、国王は知っているのだろうか。

 大陸王国の役所の査察や監査はあっても、どうやらそれは豪農と通じる財閥による買収や、貴族による権威による圧力で、国家による追及はうやむやにされているらしい。

 仕事の途中で泊まらせてもらった家の、初対面の農民は、我々は人ではないからね、と笑っていた。そして翌朝、俺が起きる寸前に、その農民は包丁を手に俺に襲い掛かってきたのだった。

 跳ね返して組み伏せてから、泣きじゃくる農民に俺は銭を渡して、そこを離れた。

 人を殺さなくては生きていけないほどの絶望が、この社会にはあると、はっきりわかった。

 この国は確かに繁栄している。でもそれはほんの一部の人間にだけ降り注ぐ光だ。大抵の人間は必死に働き、平凡に生活する。そして必死に働いても、少しの救いもない行き詰まりを生きている者がいる。

 俺にできることは、何もない。

 都市から都市へ、街から街へ、村から村へ。

 軍人が街では町民を殴りつけ、金を奪い取る。

 貴族は屋敷に大勢の女をはべらせ、連日連夜の宴に興じている。

 財閥を運営する者たちは、貴族から土地を奪い取る算段に必死になる。

 何かがズレている。

 国王陛下は何を見ているか。何を知っているのか。

 この退廃的で、終末的なこの国の闇を、知っているのだろうか。

 それとも、光の中だけを見ているのだろうか。

 一度ならず、貴族の私兵同士が向かい合う場面も見た。その私兵も指揮官は意気軒昂でも、従っている男たちは厭戦的な雰囲気を隠そうともせず、剣を取ることに気概は無いようだった。

 この国の光のあたる場所、幸福に照らされている場所は、どうやらものすごく狭い範囲らしかった。

 大勢が、闇の中を歩き回っている。

 救いの無い闇を。

 俺は一年で大陸王国を知り、そして冬のある日、先王陛下の屋敷を訪ねた。今度は柵を乗り越えるようなことはせず、事前に連絡をしていたので、オーリーからの書状を見せて警備している農民を装った兵士に通してもらった。

 屋敷の玄関で、オーリーが待っている。

「本当に期日どおりに来たね、シン。待っていたよ」

「期日を守るのが俺の信条だからね」

 屋敷に招き入れられて、まずは風呂に入るといい、と促された。

 平凡な生活をする者は、いつでも風呂に入れるわけではない。風呂から出ても、真新しいタオルがあることもないし、飲み物を用意されることもない。

 使用人からレモネードのグラスを受け取り、飲み干す。

「おいしい。ありがとうございます」

「陛下は食堂でお待ちです」

 真新しい服で俺は食堂へ向かった。

 扉を開ける必要すらここではない。侍女がそっと扉を開けてくれるのだ。

 食堂は明かりが差し込み、そこでジャニアス三世とオーリーが話をしている。何かの冗談で笑いあっている二人は、今の俺には不自然に見えた。

 この人たちも、選ばれた世界の住人なのだ。

 ジャニアス三世が気付き、「座りなよ、シン」と空席を示してくる。

 俺はゆっくりと歩み寄り、そっと腰掛けた。





(続く)

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