4-13 剣聖
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次に目が覚めると、例の老人は姿を見せず、そこへ俺を切った男性もやってきた。
「噂通りだったよ、坊や」
やっと相手をじっくりと見る余裕ができた。
クツルとほぼ同年輩、五十代だろう。雰囲気は猫みたいで、どこへでも行けるような、そんな自由さが見える。一方で眼光には冷ややかなものが常にあって、油断すると不安になる、そんな思いがする。
「殺したつもりだったが、足を滑らせたせいで剣が浅くなった。あれは意図的にやったのかな」
答えようとすると喉がもつれるが、しゃべることはできた。
「あれ以外に、道がありませんでした」
「死なない道だな。確かにあの状態で、不規則な運動を選ばなければ、私の剣で二つになって転がっている。自覚があるよな?」
もちろんです、と応じたいけれど、そんなに自信を見せても仕方ないので、おとなしく頭を下げておいた。
それからその男性が俺の世話をして、重湯や薬湯を飲ませてくれた。そんなに深い傷じゃない、などと呟きながら。あなたが切ったんですけど、と言いたかった。
クツルが戻ってきて、いつになく慌てた様子でやってきたのは、目を覚ましてから三日目だ。自分で切った相手の世話をしていた男性は、どこかホッとしたようだった。
「生きているか? シン。痛むところはないか?」
一息に訊ねられ、俺はどう答えるか、一つ一つ答えるべきか考え、面倒になり一言で答えた。
「ぼちぼちね」
呆気にとられた顔のクツルの横で、加害者だった男性が笑っている。
医者らしい老人がやってきたのは目を覚ましてからは二度だけで、二度目は確認のようなものだった。
「しばらく安静にしろ。すぐに治るだろう」
そんな言葉で片付けて、老人は去っていったようだ。
俺が寝ているそばで、クツルと男性がひたすら喋っていて、それは大陸王国のことだ。子供には縁遠い、貴族や財閥や傭兵会社、国王のそばに控える剣聖、近衛騎士団、それぞれの騎士団と地方軍、そういうワードが頻出した。
つまり二人は国について語っているのだ。
話し合いは深夜に及ぶこともあり、俺はさすがに眠ってしまうが、翌朝に誰かのしゃべる声に目を覚ますと、昨夜のままの位置で二人がまだ話していたりもした。
俺が目を覚まして五日が過ぎると、忙しい身でね、と言って男性は去っていった。去り際、まだ横になっている俺のところへやってきて、嬉しそうに笑った。
「お前の剣にそっくりの剣を知っている。お前はまだ剣を持ってはいないがね。師匠からよく学ぶといい。自分を信じるんだぞ」
そんなくさい言葉を残していく男が、どういう立場なのか、よくわからないまま、話は終わって彼は消えた。
少しして、クツルが俺の枕元へ来て、小さな声で言った。
「あの方は烈の剣聖だよ、先王陛下にお仕えする最高位の剣士。シン、わかるか? お前が戦った相手は、そして生き残った相手は剣聖なんだ」
「剣聖……?」
途端に複雑で大きな疑問が押し寄せて、混乱した。
剣聖がこんなところへ来るだろうか? そして訓練を始めて一年の子供の相手をする? その子供を本気で切ろうとする? 手加減したのか? なら立ち会いをする理由がない。
わからないことばかりだった。
俺が生きているのは、俺自身の何かがなしたことだろうか。
「私はお前を殺されても構わないと思ったが、あの瞬間に後悔したよ。だからお前が生き延びてくれて、本当にホッとしている」
「勝手なことを言わないでよ」
やり返すという意図もなく、本音がこぼれた。クツルは申し訳なさそうに笑う。
「そう、勝手なんだ。だが、お前には素質があることが分かっただろう? あの剣を凌げるものは限られる」
「自信を持てってこと?」
「いや、自信なんてどうでもいい。とにかく、苦しくなれば胸の傷を見ればいい。励みにはなるだろう」
そんなものだろうか、と疑うしかなかった。
切られてから十日ほどで動くことにして、畑仕事を再開した。胸の傷が開かないように加減するので、なかなか作業が進まない。
それなのにクツルは歩技の指導を続け、俺は胸の痛みに四苦八苦したのだった。
痛みのことをクツルに言ってみても、工夫しろ、としか言われない。
手探りの努力の末、季節が夏の盛りになり、やっと傷は痛まなくなった。
「実はこれを用意していた」
それは夕食の席のことで、クツルが細い長い棒のようなものを差し出してくる。布に巻かれているので、中身は確認できない。
礼もそこそこに俺はさっさと包みをほどいた。
そこにあるのは剣だった。
手に取ってみると、軽い。鞘の上からでもわかるが、刀身の幅が狭く、軽くなってるようだ。子供の俺でも振れそうだ。ただ長さは、成長を前提にしているのか、今はやや長すぎる。背負うしかないだろう。
「大切に使うように。管理も怠らずな。明日からは剣を使った訓練を始める」
こうなっていよいよ、俺も剣士になるのか、と考えることができた。
大陸王国という国における剣士という立場は、ある側面では命知らずの証明でもある。
俺もそこに踏み込むらしい。
しかし嫌な思いはしなかった。
そっと鞘から剣を抜いて、俺はそれを眺めた。
(続く)




