4-7 誘い
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食事の間にクツルは俺の口の滑りを良くするのに腐心し、俺は結局、根負けした。
「悪党に飼われているとは、虚しいことだな」
お茶の入ったグラスを傾けながら、クツルはそんな風に評価した。
「仕方ないだろ、親がいないんだから。俺を責める前に、親を責めろよ」
反射的にやり返すと、クツルは意外そうな顔になる。
「別にお前を責めちゃいないよ。言ってみればこの社会、この国の愚かさを嘆いただけだ。お前を責めているように聞こえたなら、それはお前自身がお前を責めてるからだよ」
「口は達者だな」
「おいおい、それは食事を振る舞ってもらっている人間の態度か?」
「自分の分くらいは払えるよ」
そうかね、とクツルは苦笑いし、箸でこちらを示した。
「悪党が稼ごうと善人が稼ごうとカネはカネだ。だが何か違うと思わないか?」
「思わないよ」
「他人を幸せにして得たカネと他人を不幸にして得たカネは、違うと思うがね」
何言っているんだと、俺は驚いてしまった。
「おっさんはこの世の人間が善人と悪人にきっちり分けられると思っているのか?」
「六歳児にしては口が達者だ。その通り、お前の見立ての通りに善と悪は混ざり切っているな。子供だと思っていい加減なことを口走ったようだ。謝罪として、この場の払いは私が持とう」
そりゃどうも、と俺はさっさと定食を片付けにかかった。
「で、お前はこれからどうする? シン」
「ロイズは死んだ、ってジャヴァに報告するよ」
「無事にこの街を出られると?」
死ぬしかないなら、その時は死ぬまでだ、と答えたかった。
でもきっとそれも、嘆かわしいことなんだろう。
クツルは何も言わないまま、さっさと定食を食べ、俺が食べ終わるのを待っていた。
「実はな、この街から五日ほどのところにある山に居座るつもりでいる」
俺が食べ終わったところで、いきなりクツルがその話を始めた。
「一人きりでのんびりと、自由に過ごすつもりだ。畑をいじったり、狩猟したり、本を読んだり、そうやってね。金は心許ないが、飢えることもあるまい」
「おっさん、犯罪者か?」
反射的にそう口走ると、ぽかんとした後、クツルはくすくすと笑った。
「剣士だよ。それもおおよそまっとうな。ただ、前いた場所にはいられなくなって、自由を求めてここまで来た。そこでだが、お前も来ないか?」
「俺には仕事がある」
「悪事は仕事とは言わない。そうだろ?」
「悪事でも仕事は仕事だし、命がかかっている」
頑固だなぁ、とクツルは唸り、俺のグラスにお茶を勝手に注ぎ足した。
「もっとまともな、太陽の下を堂々と歩ける仕事を作れ、と言っている」
「他にやり方を知らない」
「私が教えるよ。いきなり決めるのも難しいだろう。とりあえずは、この街の城壁を抜けるところまでは助けてやる。あとは勝手にすればいい。私としてもお前が特別なわけではないし」
勝手に提案し、勝手に引っ込めるとは、身勝手な大人だな。
食事が終わり、クツルは約束通り、第六都市の城壁を抜けるところまで俺と一緒にいてくれた。そのおかげか、襲われることはなかった。
走り始めると何か焦燥感が沸き起こって、早く先へ進みたい気持ちだけが頭を支配していた。
何かが俺を引きとめようとしていて、それを無視したいようだった。
走りに走って、三十五日で第七都市へ戻った。休む間もなく、ジャヴァにの報告した。
「ロイズは死んだか」
短く瞑目し、ジャヴァは顔を上げた時、今までにない怖い顔になっていた。
「オルコがまだ生きているのだな?」
「きっと、だけど」
「そうか。わかった。ゆっくり休め」
曇天のような重苦しさを感じながら大部屋に移動し、横になると、すぐに大人が数人やってきて、休んでいた少年たちを蹴り起こして連れて行った。
前と同じだ。オルコが処断された時と同じ。また同じことが繰り返されるのか?
今度こそ、オルコを滅ぼす?
無意識のまま、自分が何をできるか考えていた。
オルコに危険を知らせることは、ジャヴァを裏切ることだ。ジャヴァには最初こそ暴力による支配を受けたけど、今では恩義に近いものがある。でもそれは、オルコにもあるのだ。
両方を立てる方法はどこにもない。
何か、できないか……。
オルコを逃して、ジャヴァに空振りさせることが、ジャヴァは恥をかくかもしれないが、誰も傷つかない。ジャヴァを止めることができない以上、先回りしてオルコを逃す、それしか可能性はない。
俺は立ち上がり、疲れた体を無視してこっそりと建物を出た。
時間は夕日が射していて、城壁の内側には黒い影ができている。
誰にも見つからないように、俺は第七都市を抜け出し、街道を走り始めた。
途中で野営している集団が見え、顔見知りがいる。ジャヴァの仲間達だ。彼らに見えないように場所を選んで追い抜くと、息が続く限りで俺は第六都市へ走り続けた。
何日が過ぎたのかは、夜が来るたびにわかる。夜だろうと昼だろうと、最低限の休みを取り、必死に先へ向かった。
雪が本降りになり、周囲を真っ白に染めても、足を止める理由にはならない。雪を蹴立てて、走り続ける。
そうして第七都市を出て三十三日目に俺はまた第六都市へ戻っていた。
オルコとの接点は、例の空き倉庫しかない。まっすぐにそこへ向かい、鍵が外れている扉を押し開けて中に入った。
「オルコ! いるの! オルコ!」
声は虚しく反響した。
そして背後で、扉が軋む音がして、俺は勢いよく振り向いた。
二人の男が剣を手にそこに立っていた。
(続く)
 




