4-4 再会
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夏が終わって秋がやってきた頃、俺は第六都市へ行くことを命じられた。
しかし向かう先はオルコの店ではなく、ロイズという男の店だと言われた。
「何か言いたげだな、シン」
無意識に表情に疑念が浮かんでいたらしい。
「何でもありません。ロイズですね?」
「あまり探ろうとするなよ。お前を殺したくはない」
殺すという言葉に背筋が冷える。
俺はまだ子供で、暴力への恐怖、それを躊躇わない大人への恐怖は、根強かった。
封書を持って第六都市へ走りながら、ずっとオルコのことを考えていた。
実はこの仕事を受ける一週間前、大部屋にずっと留守にしていた少年二人が戻ってきて、話を聞いていた。大人たちは旅籠を襲撃し、そこにいた人々をおおよそ、殺したらしい。少年たちは見張りを務めたので、詳細はわからないという。
第六都市、旅籠、となると、どうしてもオルコの顔が浮かぶ。
彼女が死んだとは思いたくなかった。でも大人たちはあっさりと命を自由にしてしまう。それが闇社会、裏社会での力の誇示の手段、手っ取り早い手法だからだ。
オルコが生きていることを願いながら、俺は駆けに駆けた。
第六都市には三十五日で到着し、まっすぐに指示されたロイズという男が営む食堂へ向かった。路地裏にある店で、明らかに客足は悪い。
暖簾をくぐって中に入ると、三十代くらいの男がカウンターに沿って並ぶ椅子に腰掛けて新聞を広げている。カウンターの中には白い服を着た料理人がいるが、年齢は六十を超えているだろう。
そっと席に座り、符丁を料理人に告げると、すぐそばの新聞を読んでいた男が顔を上げた。
「本当に子供の伝令を使っているのか」
そう言いながら新聞を折りたたみ、男がこちらに手を差し出す。
俺は抜かりなく、その男にも事前に決められていた符丁を確認し、男はうんざりした顔で正確に答えた。
「真面目な奴だな。符丁を確認する前に、自分の身の安全を確認しろよ」
偶然だろうが、料理人が包丁を手に肉を薄く切っているところだった。
封書を手渡された男はそれを読みながら、「二日は面倒を見てやる」と言った。俺が黙っていると、封書から顔を上げ、天井の方を指差す。
「この上に空き部屋がある。好きに使っていいぞ。三日後の朝、返事を書いておくから、それを持って第七都市へ走ってくれ」
「わかりました」
「変な夢を見ているみたいだ。子どもが二つの都市の間を駆け巡っているなんて」
そう言いながら男は封書を懐に突っ込み、ずかずかと店を出て行った。
「何にするね?」
料理人が前触れもなく訊ねてきて、驚きながらも何が出るのか聞いて、うどんを頼んだ。うどんは消化が早く、移動中にもよく食べる。そのせいで少し味について知ってもいるし、途中の宿場でここはと思う安くてうまい店も知っている俺だった。
この店で出るうどんは平凡で、ややがっかりしながら、その料理人に案内されて部屋とやらに連れて行かれた。狭い部屋で、窓も小さい。寝台は形だけで、ボロボロの毛布が置いてある。
何はともあれ、二日は自由になった。
まずは休むことにして、寝台に横になり、これでも路上で眠るのよりはマシ、などと考えているうちに眠ってしまった。どこでも眠れるようになっているので、助かった。
夢も見ずに料理の匂いに目が覚め、窓の外は明るい。朝になったようだ。
食堂へ降りると、すでに例の料理人が仕込みを始めていて、どうやら前日の余った食材で作った料理が、俺の前に出てきた。どれもどこかくたびれていて、疲れているように見える料理だ。
文句を言うわけにもいかず、それを食べてから第六都市で一番、行きたいところへ行くことにした。
もちろん、オルコの旅籠である。
子供の俺でも危険すぎることはわかっていた。オルコはおそらくジャヴァと衝突したはずだし、俺はそのジャヴァに使われている身だ。もしオルタや彼女の仲間と遭遇すれば、俺は敵とみなされて、命がない。
それでもオルコが無事なのか、あの旅籠がどうなっているかは、気になった。
通りを進み、角をいくつか曲がる。通行人にも注意が必要だ。どこでオルコ派の人間と会うかは、わからない。
警戒しながら、ついに目の前に旅籠が見えてきた。
見えてきたが、暖簾は出ておらず、戸も閉ざされていた。
店じまいしたのか。それは、オルコが死んだからか?
さりげなく視線をやりながら旅籠だった建物の前を通り過ぎ、俺は記憶にある、近場のデリカテッセンへ行った。俺自身はその店に入ったことはないから、俺の顔も素性もわからないはずだ、と考えたのだ。
店に入り、適当に惣菜を注文してから、オルコの旅籠のことを聞いてみた。
「ああ、あそこね、一ヶ月は前かなぁ、もっと前かな、急に店を閉めてね」
「どうされたのですか?」
「夜逃げっていう噂だけど、よく知らないねぇ。何? きみ、あの店と何かあるの?」
用意していた返答をすることにした。
「何度か、両親と泊まって、懐かしくて」
「あそこの旦那は遊び人でね、奥さんが頑張っていたよ。旦那さんは一年以上前に、路上で倒れて亡くなっていたけど。あの建物もどうするやら。はいよ、銭を払っておくれ」
なけなしの銅銭で支払いをして料理を受け取り、外へ出て、もう一度、旅籠の前を通る気になった。
でもそうするより前に、通りを歩いてきた人が「ついてきて」と言った。
その女性の顔は知っている。エスカナなのだ。
生きていたのか。
彼女がそのまま通りを進んでいくので、少し離れて僕はそれを追っていった。
路地から路地へ抜けたところで、よくわからない建物に裏口から入ると、広い空間だった。今は使われていない倉庫らしい。
ただ、そんなことを考える前に、首筋にナイフの刃が当てられて、俺は息を飲んでいた。
「久しぶりね、シン」
薄暗い空き倉庫の奥からやってきたのは、オルコだった。
(続く)




