4-2 悪党たちと鈴
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第七都市の悪党であるジャヴァは俺を頻繁に第六都市に走らせた。
第六都市にいる例の女性の名前はオルコといい、旅籠を経営していて、どうやら悪党のつながりの一つの交点らしい。彼女の旅籠は俺にとっては特別で、第六都市に早く着けば着くほど、そこで長い時間を休めた。
四歳の子どもにとって何よりも怖いのは大人だが、例えば夜道を走っていても、見咎める大人はいない。怖い大人は暴力を振るう大人、暴力を躊躇わない大人で、無関係な大人は怖くない。警察や兵隊も怖くはなかった。
夜の街道で野犬や場合によっては狼に遭遇することもあった。しかし俺は構わずに走った。大抵は人に慣れていない獣なので、俺に恐れを感じるようだ。
それでもとある時にオルコが鈴を持たせてくれた。それを腰につけて走るとやかましいが、確かに狼も鈴の音には近づこうとはしない。
ジャヴァは不機嫌そうに鈴について文句を言ったが、オルコに気に入られるのはいい、とも言った。鈴を取り上げることはなかった。
俺はひたすら走った。封書を懐に入れ、落とさないように、汚さないように、気を張っていた。雨が降れば油紙に包まれてはいるが、濡らすわけにはいかない。
ある時、いつも通りに第六都市に着くとオルコがいつも以上に盛大な料理を出してくれた。予想外で、驚く俺にオルコは笑みを浮かべた。
「今日はうちの人の命日さ。あんたが食べているのは、昼間の宴会の余り物」
余り物にしてはご馳走の上にご馳走で、俺は喉を詰まらせそうになりながら、ガツガツとそれを平らげて行った。
その間に、オルコはうちの人、つまり彼女を夫の話をした。
救いようがないほど博打と酒が好きな男で、方々に借金を作って、酔っては暴力を振るい、そんな全てをオルコが裏社会の仕事で手に入れた金で面倒を見ていた。
「それでもよそで女を作らなかったのは、立派だったね」
そう言って彼女は自分の手元のグラスを傾けたが、俺がぽかんとしていると、オルコは笑っていた。
「五歳にもならない子どもに、女を作る、なんていってもわからないわね」
確かにその時はわからなかった。ただ、口調からすると、彼女の夫が別の女と親しくならなかったことを示しているのは、おおよそわかった。
「いい人なんですね」
思わずそういうと、オルコは嬉しそうに笑って、でも表情とは真逆のことを言った。
「いい人なものかね。でも最低の男だよ」
その日の食事を終えて与えられた部屋で布団に横になっている時、ずっと考えていた。
オルコの笑顔が彼女の本心か、それともその言葉が本心か。
この時の俺には、彼女の笑顔こそが心の発露だと思えた。
それから数日後には俺は第七都市へ向かって走り出し、オルコのことを考えている余地はなくなった。鈴の音だけが、彼女の存在を訴えていた。
第七都市に三十四日で戻り、ジャヴァに封書を手渡した。それを受け取って中身を眺め、何度か頷いた。そして、ゆっくり休め、と俺を下がらせた。
俺は第七都市で暮らしている悪党どものたまり場の建物へ行き、下っ端が雑魚寝をする大部屋に寝転がった。
この大部屋にいるのは十代にもならない少年少女で、半分は体で稼いでいる仕事をしている。そうでなければ、スリか、大人たちの荒事の手伝いをすることになる。
俺は寝転がったまま、手の中で鈴を転がしていた。
ジャヴァが早く俺を第六都市へ向けてくれればいいのに。
彼に殴り殺されかけてから、まだ一年ほどだが、俺は第七都市と第六都市を四往復していて、一度も期日に遅れたことはない。書状を紛失したこともない。
五歳になろうかという時、俺は非常に不自然ながら、悪党たちの伝令として価値を示していることになる。
でもそれが逆にジャヴァを慎重にしたようだ。俺は街道を走る子供という目立つ存在だし、警察や軍が本気になれば、すぐに俺に気づきそうなものだった。そしてジャヴァとしては使える手駒をおいそれと失うわけにはいかない、という意思が心の中に芽生えていたようだった。
季節は伝令には過酷な冬が終わり、春になっていたのに、俺に回ってくる仕事は第七都市からほんの五日でたどり着ける街々の間を行き来する仕事で、三ヶ月は休みなく、ひたすら書状を回し続けた。
結局、真夏の最中に、やっと第六都市への仕事を任された。
「絶対になくすなよ。命より大事だと思え」
そうジャヴァに脅されたが封書自体は見慣れたものだった。
第七都市を出て、五日は平穏に過ぎた。ほとんど休まずに走り通していて、すでに第七都市は遠望することもできない。
それなのに夜になり、俺は反射的に草むらに飛び込むことになった。
馬が目の前を走り抜けていく。明かりを持っているので、そうとわかった。
一頭だけではない、二頭、三頭と続いて、消えていった。
誰かを追いかけているようだった。俺じゃないとしても、用心は必要だった。
鈴が腰で小さな音を立てる。
決断するのには勇気が必要だった。鈴を持って走っていては、自分の存在を宣伝しているも同然だった。
周囲を見て、木を見つけた。根元で二つに分かれた目立つ木だった。
鈴を握りしめて音を消したまま、その木に近づいて素早く根本を掘った。拳程度の穴に、鈴を入れ、思い切って土をその上にかける。鈴はあっという間に埋まって見えなくなった。
俺はその木の影を目に焼き付けてまた走り出した。
とにかく、第六都市にたどり着く必要があった。
仕事をしなければ、命はないのだ。
鈴はまた、取りに来ればいい。
生きていれば、またあの鈴を取り戻せるのだ。
(続く)




