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剣士の肖像  作者: 和泉茉樹
無の剣
130/188

3-46 夜空

     ◆


 密輸船はそのまま海に出て行った。

 冬のせいで波が激しく、どことなく吐き気を感じるけど日常に支障はない。

 リーダー格がハッズムという男でこの男は大陸王国の出身のようだが、サブリーダーの位置付けのルクッススという男は神聖王国の出身だった。口調からそれがわかる。

 そのルクッススに従っている乗組員も、神聖王国のものが多い。

「あんたは剣士だろう?」

 船が海原を進む間、乗組員の半分は操船に忙しいが、残り半分は退屈をしているようだ。船の中で時間を潰すものもいれば、甲板にいるものもいる。

 私は海しか見えないのが物珍しいので甲板にいて、そこへハッズムがやってきた。唇にはタバコ。彼はそれほど背が高くないが、がっちりとした体つきで、それでいて身軽そうだ。

「剣を持っていないけど」

 身振りで武装し得ていないことを示す。私の服装は乗組員が貸してくれた誰かの服を着ていて、それはぶかぶかだった。もちろん、短剣一本さえ貸してはくれない。

 タバコをくわえながら、ハッズムがすぐそばへ来る。

「これでもいろんな連中を見た。剣士っていうのはまず足の運びに癖がある。他の身動きにも、不自然な自然さがあるんだな。無駄を極端に切り詰めるから、一般人の身の運びとは違ってくるのさ」

 私は少しやり返すつもりになった。

「そういうあなたも、相当にやるようだけど?」

「子どもの時から、大陸王国海軍やらと命の取り合いはしたが、剣術を本気で習ったことはない」

 なら彼の体の動かし方に間違いなくある不自然さは、別の理由か。

 推測だけど、船に乗っていることで、平衡感覚が鍛えられ、船が揺れていても陸地を歩くように足を送れるように、無意識に体を動かせるようになるのだろう。

「船はこのまま神聖王国へ行くが、それで良いのか?」

「はい、それで、問題ありません」

 タバコの先の明かりが強くなり、そして吸い込まれた煙が、吐き出される。

「言葉はどうなんだ? しゃべれるのか?」

「ぶっつけ本番ですよ」

「船にいる間に、ルクッススあたりに教えるように言っておく」

 彼の顔を伺うと、顔をしかめている。

「どうして私を助けたの? それに、脱出に手を貸すなんて」

 ハッズムがこちらをちらっと見て、次には視線は海の彼方に向いている。

「あんたの目を見た時、薄暗いものを見た」

 いつの話だろう。あの夜の闇の中に沈んだ甲板ではないはずだ。

「まっすぐなようで、どこかで何かに怯え、後悔している」

「密輸船の船長が占い師、ってこと?」

「占いは船には必要だ。これでも数え切れないほどの人間を見てきた。あんたがどっち側の人間かは、わかるよ」

「どっち側って?」

 煙を吐いて、ハッズムがこちらに向き直る。

「お前が人殺しだってことだよ」

 私は身振りで自分が武装していないことを示した。

「剣もないのに?」

 何がそんな気持ちにさせたかわからないけど、私は身振りで言い訳していた。それを見ても、ハッズムは少しも動じなかった。

「捨てだだけだろ」

 タバコをくわえながら、彼が笑みを浮かべる。

「剣はいくらでも捨てられる。だが、剣を捨てても、体にまとわりつく血の匂いは隠せない、っていう寸法だな」

「それはまた、すごい世界観ね」

「図星だろ? 顔にそう書いてあるぜ」

 無言で笑って見せるしかなかった。

 太陽が沈んでも、星を頼りに船は動き続ける。甲板では激しく乗組員が声を掛け合っている。私は甲板の端に座り込み、いつか飛脚のシンに救われた場所で見た時とは別種の、まさしく果てしなく広がる夜空を見上げていた。

 夜の空気は澄んでいて、星々の一つ一つが、驚くほど強く主張している。自分の存在を訴えるように。

 そんな風にして、船は進み続けた。海しか見えないのに退屈はしない。それでも何もしないわけには行かず、教えてもらって帆を補修したり、料理を手伝ったり、掃除や洗濯といった女向きの仕事をやった。

 密輸船の乗組員たちは港湾都市の荷運びたちのように、私に手を出そうとはしない。この船の乗組員には、何かしらの不文律と流儀があり、言ってみれば、誇り高いのだ。

 神聖王国の言葉を暇を見つけては習い、乗組員たちはこの時ばかりは私をからかい、発音や文法を訂正する。大陸王国と近い言語のはずが、細かなところで違いがある。それでも王立騎士学校や、貴族の子弟のサロンで練習した甲斐があって、比較的スムーズに進んだのは怪我の功名と言えるだろうか。

 ある夜、語学の勉強が終わってから、夜の甲板に出た。

 冬の寒さが厳しくなり、海風は肌を刺すように冷たい。

 春が来れば、十八歳になる時が間近に見えるだろう。

 私の十七歳の一年は、激動の上に激動で、王都からこんな場所もわからない海の上に、私は逃げ延びている。そしてそこが終着ではなく、異国に向かおうとしているのだ。

 甲板の隅で赤い光が瞬いている。きっとハッズムだろう。

 私はそれに気づいても彼の方へは行かず、一人で夜空を見ていた。

 時の巡りが、夜空の星々の位置を変えるのなら、私の中の何かも変えていくだろうか。

 空気にかすかに紫煙の甘ったるい匂いが混ざった気がした。




(続く)

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