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剣士の肖像  作者: 和泉茉樹
影に咲く剣
13/188

1-13 破壊の後で

     ◆


 動けるようになるまで、三日が必要だった。三日でも、立ち上がり、どうにか歩けるという程度だった。

 何かを噛みしめるように、僕はゆっくりと貧民街だった場所を歩いた。

 建物の大半は炎に焼かれ、焼け野原に近い。所々に残っているのは石積みか、そうでなければ燃え残った柱や梁だ。そもそも貧民街は建物が密集しすぎていた。燃えやすかったとは言えると思う。

 生き残った人々は、第四都市の最外周というか、ほとんど街ではない場所に、それぞれに雨風をしのげる工夫をして、肩を寄せ合うようにしている。そして女たちは怪我人の治療に、男たちは焼けた街を片付ける作業に打ち込んでいる。ただぼうっとしているものはいない。

 そんな人々の総数は、二百人ほどに見えた。それは貧民街の元の住民の数を考えると、びっくりするほど少ない。他のところに避難しているのか、とも思ったけど、そんな様子はない。死んだのかもしれない。

 焼け跡を左右に見ながら、僕は形だけの杖をついて歩いた。

 僕を治療したのは例の祖父と孫の闇医者の孫のほうだ。

「祖父は行方不明です」

 青年が淡々とした様子で話した。

「あの火事の中で、怪我人がいるという通報を受けて、出かけて行ったのです。まだ火がそれほど強くなくて、僕も軽く見積もっていました。まさか街が全部、焼けるとは思わなかった」

「誰も思わないよ。予想外だった」

「それでも引き止めていれば、祖父は無事だったでしょう。今更、そんなことを言っても始まりませんが」

 力なく笑いながら、彼は僕の傷口をすべて縫合し、薬がなくてすみませんと頭を下げた。

 ここで彼の名前はルクーというと知った。彼はしばらく避難民の中で医療活動をするつもりのようだ。他にも医者が何人か来ていて、これは都市の中心からやってきた、善意の医者、ボランティアだ。

 僕は一軒の建物の前で足を止めた。

 最上階に植物園を持つ巨大な建物は、かろうじて残っていた。しかしどこもかしこも黒く染まっていて、とても中に入る気にはなれない。人気もなかった。

 親方も、他の悪党たちもどこへ行ったんだろう? 生きているのか、死んでいるのか。

 この街を焼くことになった原因は、間違いなく彼らにあった。その罪の重さを背負って、命を支払ったのか。それともあまりの重さに放り出して逃げたのか。それはわからなかった。どちらもありそうだ。

 次に足を向けた先は、鍛冶屋の店だった。行ってみると、他の瓦礫を片付ける男に混ざって、鍛冶屋の老人が焼けて崩れた木材の山を掘り返している。

 眺めていると、彼は視線を察したのだろう、顔を上げてこちらを見た。

「生きていたか」

 彼は全身が薄汚れていて、着替えさえないのは明らかだ。

「無様に生き残った、ってところ」

 ゆっくりと瓦礫の中から、道だった場所に鍛冶屋が戻ってきたので、そちらへ近づいた。彼は僕が歩み寄るのをじっと観察し、一度、かすかにあごを引くように頷いた。

「激しい戦いだったようだな」

「まだ体がうまく動かない。しばらくは休業だね」

「剣はどうした?」

 ああ、そうか。すっかり忘れていた。僕にしては珍しく、狼狽しそうになって、視線を逸らして一瞬で気持ちを整理した。視線をそらすことで、答えたようなものかもしれない、と彼の方に向き直って、彼を見て気づいた。遅い。

「折れた」

 正直に言うと、ギラッと鍛冶屋の瞳が光った気がした。もちろん、幻想だ。それくらい強い視線がこちらを射抜いた、ということ。

「どうして折れた? 何をした?」

「切り結んでいる最中に折れたわけじゃない。ただ、その、きわどい勝負になった。結末だけ話すけど、技も何もなくて、ただぶつかるしかなかった。転んだふりをして、相手が喜んで殺そうとしてきたところに、ぶつかったわけ」

 鍛冶屋は黙っている。仕方なく、最後まで説明した。

「体当たりで、相手に剣をぶっ刺してやった。僕は本当に限界で、全力で、手加減なしに、体重を全部込めてぶつかって、剣は相手を貫通したよ。そのまま相手を押し倒した」

「剣を体の下敷きにしたのか?」

「狙ったわけじゃないよ、偶然に近い。それで剣が折れるなんて、想像する余地もないくらい、きわどい状態だったんだ。言い訳しても仕方ないけど。とりあえず下敷きになった剣が折れた、というのが、実際だね」

 フゥっと息を吐き、鍛冶屋は来ている服のポケットからタバコを取り出した。そういうのは確保してから逃げるものなのか、誰かからのもらい物か、僕には判断がつきかねた。服はないのにタバコはある。奇妙な状況ではある。

 マッチも出てきて、素早くタバコに火がついた。

「もう当分は、剣は作れないな」

 鍛冶屋が煙を斜め上に吐き出してから、その煙の行き先を見るような視線を上に向けて、その姿勢のままで僕に言った。

「さすがに今の状態で、剣が欲しいとは言わない」

 冗談を言われているかと思って、こちらも冗談を返してみたが、鍛冶屋は黙っていた。

「剣士とは」タバコを片手で支えながら鍛冶屋が言う。「悪魔なのか、と思ったよ。その悪魔に剣を作る私も、悪鬼の類だろうか」

 不思議な話だった。

「人を殺す道具を作ることは最初から知っていた。いや、誰かを守る道具だと、そう考えてもいたかもしれない。しかし実際には、倒すべきものを倒すことはできず、守るべきものを守れない。剣など、その程度のものか」

「まあ、個人の武器だよね、剣なんていうのは。持ち主を守るのが関の山だと思う」

「私は今回の件で、何かに気づいたよ、オーリー。私は間違っていたかもしれない。剣を作ることは、命を奪うことので手助けだ。より多くの命を奪うことが、正解なのだ。そんなことを私はもう、できないかもしれない」

 弱気だね、と言いたかったが、仕方がないことだろうとも思った。それもそうだ、周囲は焼け野原で、大勢が死んだ。それをやったのは剣を持つもの、剣を振るうものである剣士たちなのだ。そして剣士は、破壊だけを残して、誰も救っていない。

「もう廃業するの?」

「かもしれないな。だから他を当たれ」

 タバコを地面に捨てて踏み潰してから鍛冶屋は瓦礫を片付ける作業に戻った。

 僕はしばらくその様子を立ったままで見ていた。もし体が万全なら、手伝うこともできる。そう思いながら見つめる鍛冶屋の背中は、そういう手助けを拒絶する雰囲気があり、それが何なのか、僕は想像した。

 他人の力を借りるほど落ちぶれちゃいない、という自負と意地か。それとも僕ような剣士には愛想が尽きた、という拒絶か。

 これ以上は声をかけることもできず、僕はその場を離れた。



(続く)

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