3-44 港湾都市
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その朝は全くの晴天で、風もなかった。
四人組と老人は二艘の船に別れ、揃って海に乗り出すと、早朝の中で二艘で連携して網を使って漁を始めた。私は二人が乗っている方に乗って、その作業を手伝った。
太陽が昇ってくる頃に、漁は終わる。老人と他二人が乗っている方に向かって、髭面の男が怒鳴った。
「この女の子を送ってきます」
老人が身振りをして、さっさと行け、ということのようだった。私が乗っている方の船にも魚がある程度は引き上げられているので、新鮮なうちに売る必要もあるはずだけど、私を優先してくれるのだろうか。
「魚の値段のせいで、ロドスに行きたがる奴はこの辺じゃ少ないよ」
もう一人の禿頭の男性と協力して舟を進ませながら、髭面が教えてくれる。
「港湾都市なんていうが、要は輸出入の拠点さ。俺たち漁師には用はないね」
「だからあのご老人は嫌がったのですね」
「ま、あんたが洗濯物を片付けた礼として、送っていくだけさ」
髭面は特になんの裏もなさそうな口調で、そんなことを口にしていた。
太陽が真上に来る頃、船はその街にたどり着いた。
ロドスという街は港湾都市と呼ばれているけれど、都市というには小さい街だった。しかし港は立派で、見たこともない異国の船や、大型船が惜しげもなく、堂々と並んでいる。
「あの岬の先が海軍の港。まぁ、連中も最近は密輸船の取り締まりくらいしか、やることがないようだけどさ」
魚を市に運ぶのを手伝って、そこで二人とは別れた。これといってしんみりすることもなく、あっさりしたものだ。
私はどうするべきか、やや途方に暮れていないでもないが、今も荷物の積み下ろしが続けられている大型船を探すことにした。シンが教えてくれたのだ。荷運び人夫は常に不足していて、女でも体力があると分かれば雇うだろう、と。
私は人夫たちを監督している男性に声をかけてみたが、苦々しげに舌打ちをされた。
「女が働く場はないな。どこかの食堂で雇ってもらいな」
監督がそういった時、目の前で荷運び人夫の一人が転倒した。一抱えほどの荷箱が鈍い音を立てて転がる。怒鳴り散らす監督の前で、私は素早く荷箱に飛びついた。
重いことには重いが、持ち上がらないわけではない。
左肩をかばって、右肩に担ぎ上げた。転んだ上に殴り倒された荷運び人夫がぽかんと私を見上げ、監督は目を細めていた。その監督に、私は訊ねる。
「どちらに運べばいいですか?」
「おい」
声をかけられたのは、転んでいる荷運び人夫だ。
「その女に仕事を教えてやれ」
運がいいことに、私は当面の仕事を手に入れたようだった。
船からの荷物は船の乗組員が一度下ろし、次に港で働く荷運びたちが倉庫などに運ぶ、二段階のやり方を選んでいるようだった。なので私も船のそばに設けられている集積所から、倉庫へと荷箱を運んだ。
昼間から始めて、夕方には終わる。
「金に困っているな?」
仕事が終わったところで、監督がやってきて、私に小さな袋を投げ渡した。
「そいつは今日の分だ。明日も来いよ。絶対だからな」
袋の中を確かめると、銅銭が十枚ほど入っている。どうやらその日暮らし程度には生活できることに私は安心した。
本心としてはすぐに大陸王国を脱出したかった。でも銭がないのでは、万事で行き詰ることは目に見えている。今は落ち着いて、少しずつ動くべきだろう。
港湾労働者のための安宿の大広間で男たちに混ざって夜を過ごし、一晩のうちにちょっかいをかけてくる男の五人を叩きのめし、翌日は朝から夕方まで働いた。夜になり、男どもをたしなめ、また朝から働く。
実際に体を動かしていると、精神的にも充実してきたのがわかった。
あっという間に一ヶ月が過ぎて、私は鈍っていた体が今までで一番、動きが良い状態になる予兆を感じ始めた。銭も一日の稼ぎは少ないけど、散財する必要もなく、せいぜい服を買うくらいしか大きな出費がないので、自然と貯まってきた。
監督にさりげなく神聖王国への輸送船に乗る口はあるか質問したのは、すでに冬の色が濃い時期だった。風は冷え切っていて、海が荒れる日が増えた。
「冬はそれほど輸送船はこないし、出もしないな。お前の仕事も暇になるくらいだ」
それが監督の返事だった。
私は仕事が終わり、今では誰も私を甘く見ない安宿で、じっくり考えた。
海路で神聖王国へ脱出する計画は、ここで捨てるべきかもしれない。しかしそうなると、神聖王国との国境である山脈を越えなくてはいけない。この時期は雪に閉ざされて、まともな神経の持ち主は踏み込まないし、素人が甘く見て踏み込めば立ち往生で凍死か餓死するだろう。
結局、冬の間をこのロドス港湾都市で過ごすしかないのか。
ため息を吐いた時、入り口のあたりで物音がした。視線を送り、私はさりげなく、視線を外した。
そこにいるのは、大陸王国の地方軍の兵士だった。安宿の大広間を見回している。
嫌な予感がして、私はそっと立ち上がり、トイレの方にさりげなく歩を進めた。
(続く)




