3-34 狭いてっぺんで
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近衛騎士団の入団式は私が宿舎に避難して三日後にあった。これは予定通りだ。
私の手元には新品の近衛騎士団の赤地の制服と、真新しい剣が届けられていた。使用人たちは王城へ入る資格がなく、私は彼らに感謝の手紙を書いた。その手紙さえ、誰かの手を借りなければ届けられないとは、近衛騎士もそれほど自由ではないようだった。
入団式ではさすがにスピーチをやるようには言われなかった。もう二度と、スピーチはしたくない。だから正直、ホッとした。
近衛騎士団に新たに加わったのは、ほんの三十人ほどで、王立騎士学校からの入団者は四人。彼らが私を知っているように、私も彼らを知っていた。四人ともが貴族の出ではないし、成績も高くはないが、それは家柄のせいだろう。
最も重視される剣術については確かに優れているのは、私も理解している。そして彼らが私を特に意識していないことも、すぐに理解できた。
ここはもう王立騎士学校ではなく、剣を振るうのは自分のためではなく、国王陛下のため、国のためなのだ。
剣術比べはもう、必要ないのか。
私は入団式の後に配属された小隊の歓迎会の中で、どこか違和感を感じていた。
今までずっと、競い合うこと、そして勝ち抜くことを要求されていた。父が、環境が、何より私自身が私に、それを強制していた。
でももう私は登れる限りの高い場所に立っているらしい。ただ立っているだけの余地しかない、狭いてっぺんに立っている。
この上はもうない。
ではそこで、私は何を求めればいいのだろう。ずっとここにいられるように、していればいいのか。
周りにいる近衛騎士たちは楽しそうに飲み食いしている。ここにいるのは仲間だけだと、彼らは理解し、受け入れているんだろう。私のように、誰が敵なのか、常に目を配って、身を守る必要がないのが、彼らなのだ。
近衛騎士団が本当に安全なのか。私には自信が持てなかった。
今、すぐ横にいる誰かが、明日、私に剣を向けないとは思えなかった。
それなら誰なら信用できるのか、と聞かれると、近衛騎士団には誰もいない。ルドの名前を挙げることはできても、近衛騎士団の団員になってしまえば、彼はあまりにも高いところにいて、新人である私がおいそれと頼れる相手ではない。
この国は国王陛下のものだけれど、貴族のものである側面が、今まで私を激しく捻じ曲げてきた。そして近衛騎士団は、この国の外ではなく、内側なのだ。高い壁に守られていても、大陸王国の中なのだ。
歓迎会が終わり、それから近衛騎士団の団員としての生活が始まった。
自分たちだけでの訓練があり、同時に王都を守る中央軍への指導もある。一部の近衛騎士は長い時間、王都を離れて地方軍での剣術指南も行うらしい。
私はまだ見習いなので、他の剣士たちが中央軍の兵士を鍛え上げていくのをほとんど見ているしかない。
一度、中央軍の兵士の中に見知った顔があり、誰かと思うとアジュ・オスルーンだった。髪型が変わっているし、顔を合わせるのは彼女が卒業した時の卒業式以来だ。
他の兵士に紛れながら、彼女は茶目っ気たっぷりに私にウインクして見せた。
何かが心の中で崩れそうになった。
過去にほんの短い間だけ感じた、友情というものがすべてだった場面に、戻りたかった。
いつの間にか私は、本当の意味で孤立してるのだ。
誰にも負けないようにと思ったのに、こうして、自分自身に勝つことの、いかに困難なことか。
訓練が終わった時に、少しだけアジュと話をすることができた。そうやらラッケンは官僚になる道を突き進んで、今は役所の一つで働いているらしい。もちろんまだ出世はしていないけど、と冗談としてアジュは付け加えていた。
たまには食事でもしましょう、とアジュが言ったけど、私は曖昧に頷くのが精一杯だった。
私といることで、アジュに累が及ぶのは避けたかった。私といても、アジュに迷惑をかけるだけじゃないのか。
「私たちはもう学生じゃないのよ」
アジュがキラキラとした笑みを見せる。
その後、彼女は何かを続けようとしたけど、それが発せられる前に、彼女の仲間が声をかけた。「行かなくちゃ」と言って、アジュが私の肩を叩く。
「またね、ファナ。元気で」
「うん、アジュも」
まるで子犬のように軽快な歩調でアジュが去っていき、私も今の自分の仲間の元へ向かって、彼女に背を向けた。
とにかく今は先のことは考えるべきじゃない。私はそう自分に言い聞かせた。近衛騎士団がゴールだとしても、それは人生の終わりではないし、私の成長の終わりではない。立場は変わらなくても、私という人間は変化できるはずだ。
より優れた人間に。
より優れた剣にも、なれるはずだ。
しかしそれから一ヶ月も経たず、その通達があった。
季節はまだ夏には早いくらいだった。
ファナ・モランスキーを近衛騎士団予備隊に転籍とする。
私はその通達の書類を見て、宿舎の一人部屋で、立ち尽くすしかなかった。
(続く)




