3-30 試験の結果
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黒い肌と白い髪をした偉丈夫が部屋に入ってきて、やっと自分がどこにいるかわかった。
ここは王城の一角なんだろう。
そしてその男性こそ、近衛騎士団の副団長だった。
名前はルドと聞いている。彼は貴族でもなく、そもそも大陸王国の辺境中の辺境の出自で、姓がない。
「どうやら回復したらしいですね」
大きすぎる体と厳しい顔とは不釣合いな口調だった。少しだけ訛りがある。でもその顔に笑みが浮かぶと、その喋り方はよく似合っている。穏やかで、優しい人なんだと感じられた。
「毒がもう少し回っていれば、今頃、葬儀の最中ですよ」ルドがどっかりと椅子に腰を下ろす。「しかし医者の話では、もう峠は越したということです。ゆっくり養生してください」
「かたじけなく思います」
「試験結果を知りたくないですか?」
こんな時に妙な話題ではあったし、私としては自分の体がどうなっているかも知りたかった。もしかしたらこの男性なりの冗談で、空気を和ませようとしたのかもしれない。
「試験よりも体が気になります」
「ああ、そうですね、失礼。医者がそろそろ来る。モランスキー伯爵家は魔技の宿る血筋と聞いていますが、どうなのですか?」
あくまで体の話はしないようだった。
血筋のことを聞かれても、どう答えればいいかわからないのが正直なところで、どうやって躱そうか、思考を巡らせた。近衛騎士団副団長に嘘偽りを口にするのは、問題だが、切り札を晒すのは抵抗がある。
「自分の部下にするかどうか、それで決めたい」
いきなりルドがそう口にして、私は絶句した。
自分の部下? それはつまり……。
偉丈夫が柔らかい笑みを浮かべる。
「あなたは近衛騎士団の入団試験に合格ということです。それも最も優秀と評価されています」
ああ、なんてこと。
私が、近衛騎士団に入る?
何よりも強く願っていたはずなのに、現実になりそうになっている今が信じられなかった。
うまく言葉が選べないまま、率直に礼を口にしようとすると、ドアが開く音がして、白衣の男性が入ってきた。ルドが寝台から離れ、入れ違いに医者が診察を始める。
「悪運の強い娘だな」医者が顔をしかめる。「致命的な毒のはずだが、後遺症もないだろう」
「選ばれた存在です」
ルドが口を挟むと、医者が一層、嫌そうな顔になる。
「誰が選んだか知らんが、どうせこの娘も人を斬るのだろうさ」
私は一瞬で胸の奥が冷えたが、ルドは平然としている。
「それが剣士の宿命ですよ、先生。僕たちの生き様です」
「不愉快な生き様だ」
ルドが肩をすくめて、会話を打ち切った。
医者は私に三日間は重湯を飲み、それからは普通の食事でいい、と告げた。水分を多く取るようにして、三日は運動を控えて寝ているように、とも伝えられる。
医者が出て行ってから、ルドはフォルタ・ブルレイドについて教えてくれた。
フォルタは私が突き刺した針からの毒で、手術を受けたという。内臓を毒にやられて、一部を切り取ったようだ。それでも命は取り留めて、運動は難しくとも生きていることには生きているらしい。
「因果応報、ということだろう。吹き矢を持ち込んだものは、牢に繋がれて裁定を待っている。二人だよ。どうして吹き矢の存在を知ったんだ?」
ルドの疑問には、申し訳ない返事しかできない私だ。
「気配を察した、といえばそうなのですが、最初の針が的を外したのです。胴体の真ん中に飛んでくれば、避けられませんでした。ですが、腕に飛んできたのです」
「それは奴らに、君を殺す意図がなかった、ということかな」
「確保されたものから、聞き出すのが早いと思います」
そうか、と太い腕を組んで、ルドがこちらを見る。
「あのような卑怯者は追放するべきだと、火焔の剣聖も、国王陛下も考えておられる。その考えには、どの貴族も反対できまい。なるようになるだろうが、あなたもまた、立場が苦しくなるな。それもあって、近衛騎士団に加わって欲しい」
はい、と頷いて見せると、ルドは笑みを深くし、養生するように、と口にして部屋を出て行った。
寝台に横になったまま窓の外を見たかったけれど、レースのカーテンの隙間らわずかに空が見えるだけだった。
冬は空が高い。
そこを雲がゆっくりと流れていた。
(続く)




