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剣士の肖像  作者: 和泉茉樹
無の剣
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3-30 試験の結果


     ◆


 黒い肌と白い髪をした偉丈夫が部屋に入ってきて、やっと自分がどこにいるかわかった。

 ここは王城の一角なんだろう。

 そしてその男性こそ、近衛騎士団の副団長だった。

 名前はルドと聞いている。彼は貴族でもなく、そもそも大陸王国の辺境中の辺境の出自で、姓がない。

「どうやら回復したらしいですね」

 大きすぎる体と厳しい顔とは不釣合いな口調だった。少しだけ訛りがある。でもその顔に笑みが浮かぶと、その喋り方はよく似合っている。穏やかで、優しい人なんだと感じられた。

「毒がもう少し回っていれば、今頃、葬儀の最中ですよ」ルドがどっかりと椅子に腰を下ろす。「しかし医者の話では、もう峠は越したということです。ゆっくり養生してください」

「かたじけなく思います」

「試験結果を知りたくないですか?」

 こんな時に妙な話題ではあったし、私としては自分の体がどうなっているかも知りたかった。もしかしたらこの男性なりの冗談で、空気を和ませようとしたのかもしれない。

「試験よりも体が気になります」

「ああ、そうですね、失礼。医者がそろそろ来る。モランスキー伯爵家は魔技の宿る血筋と聞いていますが、どうなのですか?」

 あくまで体の話はしないようだった。

 血筋のことを聞かれても、どう答えればいいかわからないのが正直なところで、どうやって躱そうか、思考を巡らせた。近衛騎士団副団長に嘘偽りを口にするのは、問題だが、切り札を晒すのは抵抗がある。

「自分の部下にするかどうか、それで決めたい」

 いきなりルドがそう口にして、私は絶句した。

 自分の部下? それはつまり……。

 偉丈夫が柔らかい笑みを浮かべる。

「あなたは近衛騎士団の入団試験に合格ということです。それも最も優秀と評価されています」

 ああ、なんてこと。

 私が、近衛騎士団に入る?

 何よりも強く願っていたはずなのに、現実になりそうになっている今が信じられなかった。

 うまく言葉が選べないまま、率直に礼を口にしようとすると、ドアが開く音がして、白衣の男性が入ってきた。ルドが寝台から離れ、入れ違いに医者が診察を始める。

「悪運の強い娘だな」医者が顔をしかめる。「致命的な毒のはずだが、後遺症もないだろう」

「選ばれた存在です」

 ルドが口を挟むと、医者が一層、嫌そうな顔になる。

「誰が選んだか知らんが、どうせこの娘も人を斬るのだろうさ」

 私は一瞬で胸の奥が冷えたが、ルドは平然としている。

「それが剣士の宿命ですよ、先生。僕たちの生き様です」

「不愉快な生き様だ」

 ルドが肩をすくめて、会話を打ち切った。

 医者は私に三日間は重湯を飲み、それからは普通の食事でいい、と告げた。水分を多く取るようにして、三日は運動を控えて寝ているように、とも伝えられる。

 医者が出て行ってから、ルドはフォルタ・ブルレイドについて教えてくれた。

 フォルタは私が突き刺した針からの毒で、手術を受けたという。内臓を毒にやられて、一部を切り取ったようだ。それでも命は取り留めて、運動は難しくとも生きていることには生きているらしい。

「因果応報、ということだろう。吹き矢を持ち込んだものは、牢に繋がれて裁定を待っている。二人だよ。どうして吹き矢の存在を知ったんだ?」

 ルドの疑問には、申し訳ない返事しかできない私だ。

「気配を察した、といえばそうなのですが、最初の針が的を外したのです。胴体の真ん中に飛んでくれば、避けられませんでした。ですが、腕に飛んできたのです」

「それは奴らに、君を殺す意図がなかった、ということかな」

「確保されたものから、聞き出すのが早いと思います」

 そうか、と太い腕を組んで、ルドがこちらを見る。

「あのような卑怯者は追放するべきだと、火焔の剣聖も、国王陛下も考えておられる。その考えには、どの貴族も反対できまい。なるようになるだろうが、あなたもまた、立場が苦しくなるな。それもあって、近衛騎士団に加わって欲しい」

 はい、と頷いて見せると、ルドは笑みを深くし、養生するように、と口にして部屋を出て行った。

 寝台に横になったまま窓の外を見たかったけれど、レースのカーテンの隙間らわずかに空が見えるだけだった。

 冬は空が高い。

 そこを雲がゆっくりと流れていた。



(続く)

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