3-26 二人目の先生
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カリナの指導は、極端に実戦的な訓練になった。
武道場で向かい合い、自分に向かって魔技を繰り出せ、というのだ。
「当たったら、ただじゃすまないですけど……」
「大丈夫、大丈夫、当たらないから」
本当かなぁ、と思いつつ、とにかくやってみるしかない。
致命傷にならないように腕を狙ってみる。意識の一部が開放され、周囲に無数の糸がほつれるように生まれる。そのうちの一本をさっと飛ばした。
火炎が瞬く。
そして、糸は消えてしまった。
「全自動で受け止めるから、手加減無用」
仁王立ちしているカリナは、少しも動じていない。
私はもう躊躇いを捨てることにした。糸を二本、三本と繰り出す。
何もない空間で起こった火炎が虚空で揺らめき、強くなり、消え、また燃え上がり、消える。
糸は全て防がれた。数を増やしていき、十本を超えていく。
「もっと早く繰り出してみて」
そう声をかけてくるカリナを、私はもう見ていない。ほとんど目を閉じ、糸を操ることに集中している。もっと早く? 早く……、早く……。
頭が痛くなってくる。自分が何を考えているか、わからない。
「もっと早くして。全力で、集中して、本気で」
言葉さえ遠く聞こえる。
糸の数は増していく。ほとんど空間を制圧し、走り続ける。
肌が熱い。カリナの火炎だろうか。
構うものか。
どうとでも、なれ!
強烈な熱風が吹き寄せて、私はやっと意識を取り戻した。目を開くと、カリナがわざとらしく額を手の甲で拭っている。汗が光っていた。私もいつの間にか汗みずくになっているのに、遅れて気づいた。
「予想より早いし、強いし、高密度だね」
それがカリナの評価だった。
その後は、糸の精密さえと速さを鍛えると言って、一本の糸を操り、自分の手を狙えと指示があった。腕が飛ぶかもしれない、と言っても、カリナは楽観しているようだ。
結局、言われるがままに実行し、結論から言えば、たしかにカリナの腕が落ちることはなかった。
「あなたの魔技は不意打ちに使えるから、最初は剣術と合わせるべきね」
休憩の時、身ぶりを交えてカリナが教えてくれる。
「剣の延長線上で使えば、切られる相手はともかく、周りで見ている人にはよく理解できないでしょう。仮に理解されたとしても、剣の先程度の射程しかないと思わせることができる。その上、実際にはいくつもの斬撃を同時に繰り出せるわけだから、さらに不意を突くことができる」
私はその光景をイメージし、できそうだな、と思う一方で、剣の斬撃と魔技の組み合わせは訓練が必要なのも理解した。
私が学校に復帰するのに、カリナの襲撃から三日が必要だったけど、その間はカリナは屋敷で徹底的に稽古をつけてくれた。学校が始まると、登校する前と、帰宅後の夕食までの時間、夕食の後の時間が訓練の時間になった。
さも当然のように、カリナは朝食も夕食も屋敷で食べていく。気になって昼食をどうしているか訊ねてみると、よその貴族の屋敷で食べているようだ。昼間は昼間で、彼女は他の貴族を相手に仕事をしているのだろう。
カリナの指導は厳しかったし、妥協は少しもなかったけど、それは私に与えられている時間が短いことを悟っていたからだ。
ブルレイド公爵家や他の有力貴族が、カリナを私から引き離そうとするのは想像しない方が無理な展開だ。終わりの見えている期間で、カリナは私に新しい力を身につけさせようとしてくれた。感謝するしかなかった。
魔技の訓練は、他の人はどうか知らないけど、私にはこの時が初めてに近い。そもそも魔技はそう簡単に他人に知られるものではないし、訓練をしようにも、隠れてするしかない上に、訓練の相手も見つけづらい。
だから、カリナの存在は貴重だった。実際の人間相手に魔技をぶつけられるのは、恵まれすぎていることになる。
一ヶ月ほどを、私はカリナの指導を受けて過ごした。
そしてその日がやってきて、朝食の最初に、カリナはあっけらかんと言った。
「やっぱりブルレイドがうるさくてね、今日が最後になった」
そうですか、としか言えなかった。
まだ学びたいことがある。試したいこともある。でもそれは高望みなんだろう。カリナは私に今までにない経験と時間を与えてくれた。
彼女には彼女の生活があるし、生き方がある。
「ありがとうございました」
「これは本心から言うけど、あんたは私の生徒の中で、一番の可能性の持ち主だったよ。次に会う時は敵か味方か、それはわからないけど、成長したあなたの技を見ることを楽しみにしている。私を失望させないように、技を磨きなさい」
「はい、先生」
そう、私は人生で二人目の先生だと、この人を見ていた。
食事が終わるとカリナは私の髪の毛をかき回してから、颯爽と食堂を出て行った。
武道場へ行っても、カリナの姿はない。
木刀の一本を手に取り、私はそれを投げた。
糸が走る。
木刀は縦に割れて、二本の棒になって床に転がった。
ブルレイド公爵は、どうやら私を本当に潰すつもりらしい。カリナのことはほんの前哨戦で、本格的な圧力、圧迫はこれからだと思う。
それに耐えられるかどうかは、わからない。
でも今はまだ、近衛騎士団を諦める気にはなれなかった。
身支度を整えて、王立騎士学校へ登校すると、敷地に入ったところで、通りかかる全ての生徒が私を見ている気がする。小声でやりとりしているのを見ると、私について話しているかとも思ってしまう。
でもそれは私が弱いから考える、悲観的な願望だろう。
誰も他人にそこまで必死になるわけがない。
そもそもからして、貴族がそうなのだ。貴族は、自分のことしか考えない。
私も自分のことだけを考えるしかない。
(続く)
 




