表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣士の肖像  作者: 和泉茉樹
影に咲く剣
11/188

1-11 悪魔と亡霊

     ◆


 外へ出ると、煙の匂いがより一層、酷くなった。悲鳴がそこここで上がっている。男たちが消火のために声をかけ合い、走り回っていた。女子供、老人がどこかへ逃げようとしているが、統一感はなかった。

 僕は火の手が最も激しい方へ進んでいった。

 前方で男が倒れるのが、まるでそこだけしか見ていなかったかのように、はっきりと見えた。

 その男を切った剣士も、よく見えた。

 進んだ。声をかける必要もない。容赦する必要もない。

 剣士がこちらを見る。真っ白い外套を羽織っている、その下には薄い金属の鎧。

 構うものか。何も、構う必要はない。

 剣士がこちらに駆けてくる。

 意識するものは少しもない。体が、引き抜いた剣が、全く無駄のない動きをした。

 剣士とはすれ違っており、背後で剣士は倒れた。頭と胴が離れている。

 すぐそばに、やはり白い外套の剣士がいる。二人。こちらへ真っ直ぐに突っ込んでくる。低い姿勢。片方は二刀流だ。

 タイミングが合っている、両方を同時に対処することはできない、悪くないタイミング。

 なら強引に切り開くのみ。

 二刀流の方の肩を蹴りつけ、跳ね返す。

 相手の三本の剣が弧を弧を描くのはその瞬間。

 僕の肩、胸、腹を剣が掠める。

 うめき声をあげたのは、僕の剣に胸の中心を刺し貫かれた剣士で、手から剣が離れる。その体を蹴り飛ばし、剣を引き抜くと血が吹き上がった。

 剣が折れなくて助かった。

 自分の血と敵の血にまみれる僕に、姿勢を取り戻した二刀流がぶつかってくる。

 そんなに熱くなっていると、見えるものも見えない。そう教えてやりたかった。

 教えたところで、すぐに死ぬことになる。

 教えたところで、今の僕には敵わないだろう。

 こちらからも踏み込み、かわすような動きを見せるが、それはブラフ。僕に合わせようとした剣士の姿勢がわずかに乱れたところで、僕はもう一度、逆に体を振った。

 僕自身の姿勢さえも乱れているが、相手を倒せればそれでいい。

 二本の剣が繰り出される。

 鍛冶屋の警告が脳裏をよぎる。

 構うものか。

 二本の剣を弾き、生まれた空間に僕の体が入り込む。

 危険地帯の中の、最低限の安全地帯。

 僕の剣が剣士の首を落とし、倒れこむ体からはもう何の力も感じ取れない。

 これで倒したのは三人。まだまだだ。

 いつの間にかすぐそばまで火が迫っていて、離れていない場所から建物だったものが崩壊する音がした。地響きとともに地面が揺れる。

 世界の終わりのような光景だった。

 どこかで悲鳴が上がる。泣き叫ぶ子供の声。男たちの怒声。女たちの甲高い断末魔。

 全てが終わろうとしていた。

 そしてその終末に、僕ができることは剣を振ることだけだった。

 剣を下げて通りを歩く。どこからか、白い外套の剣士たちがやってくる。街を焼いているのは、彼らだ。彼らは僕の世界に終わりを連れてきた、陳腐な表現をすれば悪魔だった。

 なのに、僕の中には憎悪は少しも湧かなかった。

 強い剣士と立ち合える、という高揚もない。向かっていこうという気概もない。

 淡々とした、まるで歯車が一つずつ回転するような気持ちで、僕は向かってくる剣士たちと向かい合った。

 一人を切る度に僕は傷を負っていく。そして血に塗れていく。

 どれくらいを切ったのか、気づくと僕は一人の子どもの前に立っていて、その子供は倒れたまま僕を見上げて泣いていた。

「逃げろ」

 そう声をかけると、子供は悲鳴をあげて立ち上がり、どこかへ走って行った。

 何をそこまで恐れる? まだ逃げるところはあるじゃないか。この小さな街が燃えても世界が燃えたわけじゃない。

 世界はまだ、生きているんだ。

 背後から切りつけられ、しかし気配でそれがわかっていたので、振り返りざまに相手を切り払った。しかし浅い、間合いを取られ、再びの飛び込み。

 空気が熱を孕んで、その熱が逆に僕の中を冷ましているようだった。

 剣が炎を反射する。眩しい。しかし眼を細めることはない。

 切っ先が光を引いて、残像を残す。

 美しい。

 僕の剣はどう見える?

 すれ違った。どこも痛みを感じない。いや、首筋に熱が走る。押さえると粘性のある液体が手についた。自分の血か、それとも誰かの血か、わからなかった。

 振り返れば、僕の首筋を切り裂く寸前の剣を振るった剣士は、倒れて動かない。

 死んでいるのか。

 僕は、生きているのか?

「素晴らしい腕だな」

 声がした。かすかな声、周囲に音の方がとても大きい。

 振り返ると、一人の男が立っている。こんな時なのに、相手の年齢を気にしてしまうのはなぜか。年齢と実力を関連付ける無意識か。

 二十代だろう男だけが白い外套を着ていない。しかし両隣に控える二人は白い外套を身につけている。

「何者だ? 名を聞こう」

 名を聞こう? 笑いたくなるような、馬鹿げた質問だ。

 周囲を燃える建物に囲まれて、死体が転がり、それで血まみれの男に、名前を聞く? どうかしているんじゃないか?

 僕は無言で、男に歩み寄った。距離はまだ開いている。飛び込める間合いでもない。

 男が大仰な様子でため息をついた。

「剣に取り憑かれ、血に酔った亡霊か」

 亡霊。なるほど、その通りだ。

 男が剣を抜いた。両隣の二人もそれに倣う。

 三対一。だからどうした、と思う自分がいる。勝てるわけがない。死ぬかもしれない。

 しかし僕には逃げる場所がない。

 あの子供とは違う。逃げていった、名前も知らない子供とは。

 僕にはここしかない。

 たとえ地獄であっても。

 外套の二人が飛び込んでくる。

 瞬間、目を閉じていた。

 暗闇で、誰かが十字を切った気がした。

 瞼を持ち上げれば、二つの刃は、緩慢に向かってくる。

 遅い。

 僕はそれよりわずかに速い速度で、動き始めた。




(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ