1-11 悪魔と亡霊
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外へ出ると、煙の匂いがより一層、酷くなった。悲鳴がそこここで上がっている。男たちが消火のために声をかけ合い、走り回っていた。女子供、老人がどこかへ逃げようとしているが、統一感はなかった。
僕は火の手が最も激しい方へ進んでいった。
前方で男が倒れるのが、まるでそこだけしか見ていなかったかのように、はっきりと見えた。
その男を切った剣士も、よく見えた。
進んだ。声をかける必要もない。容赦する必要もない。
剣士がこちらを見る。真っ白い外套を羽織っている、その下には薄い金属の鎧。
構うものか。何も、構う必要はない。
剣士がこちらに駆けてくる。
意識するものは少しもない。体が、引き抜いた剣が、全く無駄のない動きをした。
剣士とはすれ違っており、背後で剣士は倒れた。頭と胴が離れている。
すぐそばに、やはり白い外套の剣士がいる。二人。こちらへ真っ直ぐに突っ込んでくる。低い姿勢。片方は二刀流だ。
タイミングが合っている、両方を同時に対処することはできない、悪くないタイミング。
なら強引に切り開くのみ。
二刀流の方の肩を蹴りつけ、跳ね返す。
相手の三本の剣が弧を弧を描くのはその瞬間。
僕の肩、胸、腹を剣が掠める。
うめき声をあげたのは、僕の剣に胸の中心を刺し貫かれた剣士で、手から剣が離れる。その体を蹴り飛ばし、剣を引き抜くと血が吹き上がった。
剣が折れなくて助かった。
自分の血と敵の血にまみれる僕に、姿勢を取り戻した二刀流がぶつかってくる。
そんなに熱くなっていると、見えるものも見えない。そう教えてやりたかった。
教えたところで、すぐに死ぬことになる。
教えたところで、今の僕には敵わないだろう。
こちらからも踏み込み、かわすような動きを見せるが、それはブラフ。僕に合わせようとした剣士の姿勢がわずかに乱れたところで、僕はもう一度、逆に体を振った。
僕自身の姿勢さえも乱れているが、相手を倒せればそれでいい。
二本の剣が繰り出される。
鍛冶屋の警告が脳裏をよぎる。
構うものか。
二本の剣を弾き、生まれた空間に僕の体が入り込む。
危険地帯の中の、最低限の安全地帯。
僕の剣が剣士の首を落とし、倒れこむ体からはもう何の力も感じ取れない。
これで倒したのは三人。まだまだだ。
いつの間にかすぐそばまで火が迫っていて、離れていない場所から建物だったものが崩壊する音がした。地響きとともに地面が揺れる。
世界の終わりのような光景だった。
どこかで悲鳴が上がる。泣き叫ぶ子供の声。男たちの怒声。女たちの甲高い断末魔。
全てが終わろうとしていた。
そしてその終末に、僕ができることは剣を振ることだけだった。
剣を下げて通りを歩く。どこからか、白い外套の剣士たちがやってくる。街を焼いているのは、彼らだ。彼らは僕の世界に終わりを連れてきた、陳腐な表現をすれば悪魔だった。
なのに、僕の中には憎悪は少しも湧かなかった。
強い剣士と立ち合える、という高揚もない。向かっていこうという気概もない。
淡々とした、まるで歯車が一つずつ回転するような気持ちで、僕は向かってくる剣士たちと向かい合った。
一人を切る度に僕は傷を負っていく。そして血に塗れていく。
どれくらいを切ったのか、気づくと僕は一人の子どもの前に立っていて、その子供は倒れたまま僕を見上げて泣いていた。
「逃げろ」
そう声をかけると、子供は悲鳴をあげて立ち上がり、どこかへ走って行った。
何をそこまで恐れる? まだ逃げるところはあるじゃないか。この小さな街が燃えても世界が燃えたわけじゃない。
世界はまだ、生きているんだ。
背後から切りつけられ、しかし気配でそれがわかっていたので、振り返りざまに相手を切り払った。しかし浅い、間合いを取られ、再びの飛び込み。
空気が熱を孕んで、その熱が逆に僕の中を冷ましているようだった。
剣が炎を反射する。眩しい。しかし眼を細めることはない。
切っ先が光を引いて、残像を残す。
美しい。
僕の剣はどう見える?
すれ違った。どこも痛みを感じない。いや、首筋に熱が走る。押さえると粘性のある液体が手についた。自分の血か、それとも誰かの血か、わからなかった。
振り返れば、僕の首筋を切り裂く寸前の剣を振るった剣士は、倒れて動かない。
死んでいるのか。
僕は、生きているのか?
「素晴らしい腕だな」
声がした。かすかな声、周囲に音の方がとても大きい。
振り返ると、一人の男が立っている。こんな時なのに、相手の年齢を気にしてしまうのはなぜか。年齢と実力を関連付ける無意識か。
二十代だろう男だけが白い外套を着ていない。しかし両隣に控える二人は白い外套を身につけている。
「何者だ? 名を聞こう」
名を聞こう? 笑いたくなるような、馬鹿げた質問だ。
周囲を燃える建物に囲まれて、死体が転がり、それで血まみれの男に、名前を聞く? どうかしているんじゃないか?
僕は無言で、男に歩み寄った。距離はまだ開いている。飛び込める間合いでもない。
男が大仰な様子でため息をついた。
「剣に取り憑かれ、血に酔った亡霊か」
亡霊。なるほど、その通りだ。
男が剣を抜いた。両隣の二人もそれに倣う。
三対一。だからどうした、と思う自分がいる。勝てるわけがない。死ぬかもしれない。
しかし僕には逃げる場所がない。
あの子供とは違う。逃げていった、名前も知らない子供とは。
僕にはここしかない。
たとえ地獄であっても。
外套の二人が飛び込んでくる。
瞬間、目を閉じていた。
暗闇で、誰かが十字を切った気がした。
瞼を持ち上げれば、二つの刃は、緩慢に向かってくる。
遅い。
僕はそれよりわずかに速い速度で、動き始めた。
(続く)




