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剣士の肖像  作者: 和泉茉樹
無の剣
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3-23 離脱

     ◆



 サロンには六人ほどが顔を揃えていたけど、フォルタが全てを支配しているのは自明だった。

 顔ぶれには下級生が多いが、腰に下げている剣を見れば、相応の地位にあるとわかる。モランスキー伯爵家とは違う、貴族の中の貴族の面々なのだろう。

「ファナ、呼び出した理由はわかるな」

 傲岸不遜を絵に描いたような顔で、フォルタがこちらを見てくる。

 私も彼も、初めて会った時とは別人になっている。もう長い時間が過ぎたのだ。それも子どもが成長するには十分な時間が。

「近衛騎士団のことでしょうか」

 意識しないように言葉にすると、フォルタがすぐそばの少年に視線を向ける。

 下級生だが、私より年齢は上だろう。体格がとにかくよく、武闘派だ。

「近衛騎士団にお前の入る余地はない。わかるか、ファナ」

「実力次第だと思いますが」

「近衛騎士団を汚すな、と言っているんだよ、モランスキー伯爵令嬢」

 私は何も言わずに、まっすぐにフォルタを見る。

 彼が家庭教師に剣術を習っているのは知っているが、結果は伴っていない。授業の中の訓練では相応に剣を振るっているように見えるが、実際には彼がブルレイド侯爵家の人間だから、みんな遠慮しているのだ。私でさえ、遠慮していた。その程度の分別は身についたとも言える。

 とにかく、近衛騎士団を志望することは、曲げるつもりはなかった。

「いいな、ファナ、お前は卒業と同時に故郷に戻って、そこで適当な男と結婚でもして、子供を育てて、それで終わりにしろ」

 くすくすと部屋に笑いが満ちるが、私は別に動じなかった。よくある話だし、罵倒としてはお上品すぎる。

「フォルタ、あなたこそ、卒業と同時に無能にお似合いの閑職で時間を過ごして、親の紹介した貴族の女と結婚し、子供でも産ませて、満ち足りた生活をして死ねばいいんじゃないの」

 ピタリと誰もが口を閉じた。何を言っているんだ? という無言の問いかけの視線が私に集中し、すぐにフォルタの方に向く。

 私が見ている前で、フォルタは椅子の肘置きを叩いて、怒りをどうにか抑えたようだった。

「今の言葉は冗談として、聞き流しておこう。私の力で、お前を今すぐ退学にしてもいいことを忘れるな」

「私を退学にすれば、例の事件のことが明るみに出て、あなたも無事では済まないけど?」

「俺を脅すのか? お前が?」

「こうなっては、仲良しごっこをしても仕方ないから」

 そっけなく応じる私に、ついに激高したフォルタが立ち上がる。しかし同時に、例の大柄な少年が立ち上がり、私に歩み寄ってくる。

 なるほど、彼がイスエラの代わりということだ。

 体格ではイスエラに勝る、それに腕力でも勝るだろう。

 だけどイスエラほどの安定はない。こちらへ向かってくるその身体の揺れからして、稽古不足で、技を磨いていない。

 どうやら、力任せが好きらしい。

 そこはフォルタが権力が好きなのと変わらないから、さぞかし気が合うことだろう。

 目の前に立った少年が、無言で拳を振り上げる。これ見よがしの、大げさな動作。

 この瞬間に急所をつくこともできた。そうすれば終わり。

 でも少し、付き合うつもりになった。

 振り下ろされる拳を絡め取り、引きずり、腕を捻じり上げる。鈍い音を立てて少年の肩が脱臼する。悲鳴をあげている男を引き摺り回し、そのままフォルタにぶつけてやった。

 二人の体がぶつかり、椅子も巻き込んで転倒する。

 他の四人の生徒が反射的に立ち上がるが、それだけだ。

 どいつもこいつ、真っ青な顔をしている。

「他にどなたか、向かってくるのなら、構いませんが」

 怒りと興奮を冷静になだめて、静かな口調を意識して呼びかけてみる。

 その場の誰もが、動かなかった。

「ファナ!」

 苦鳴を漏らしながら動けずにいる生徒をはねのけ、髪の毛を乱れさせたフォルタが起き上がり、喚く。

「こんなことをして、どうなるか、わかっているのか! お前の犯罪を告発してもいいんだぞ!」

 犯罪か。

 私は幼い頃から、血にまみれている。

 ならいつか、誰かが、何かしらの方法で断罪してくれるだろう。

 でもそれは、フォルタ・ブルレイドという少年ではない。

「あなたも巻き添えになるけどね、フォルタ。それでいいのなら、そうしなさい」

「貴族を、本当の貴族を馬鹿にするなよ! お前のことなど、どうとでもできる! できるんだ! 覚悟しろ!」

 私はもう一度、周囲に立つ生徒を眺め、彼らが怯えで動けずにいるのを見てから、フォルタに背を向けた。

 この件によって、私は長い間、巧妙に立ち回っていた王立騎士学校の生徒たちの派閥争いから、完全に孤立することになった。

 ただ、フォルタと初めて接した時とは、私は別人になっていた。

 練り上げられた剣術という、攻撃にして防御が身についている。

 その実力は、権力と競い合うのに十分なはずだった。紅衣隊や黒衣隊からの誘いがあったことも、私を落ち着かせる要素だった。私の実力には相応の評価が向けられて、それはフォルタやその取り巻きには手に入らない評価なのだ。

 翌日から、様々な嫌がらせが始まったが、私は構わず生活を続けた。

 紅衣隊、黒衣隊からの接触はあれ以降、一度もない。ハンス教官はより強く私に木刀を向け、訓練の時間は長くなり、質はほとんど殺し合いの様相を呈していた。

「俺も温くなったものだ」

 ハンス教官はそんなことを言う。

「あいつの時は、毎日のように医務室に送り込んでいたのだがな」

 あいつ、という言葉が示すのは、火焔の剣聖らしかった。

 今以上の訓練に耐え抜いた火焔の剣聖のその向上心は、私には想像もつかない。

 冬が深まり、やがて暖かい日差しが射し込み、私は最上級生になった。

 教室では悲喜こもごもの進路の話題が盛り上がる中で、私は平然としていて、そんな私に幾つかの敵意の視線が突き刺さっていた。

 やれるものなら、やってみなさい。

 私は背筋を伸ばしたまま、心の中でそう唱えた。

 私を止めたいのなら、本気で来ればいい。



(続く)

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