表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣士の肖像  作者: 和泉茉樹
無の剣
101/188

3-17 看破

     ◆


 二人に同時に対処するにはどうするべきか。

 とにかく、一人を倒せば、一対一で数の上では五分になる。しかし双子はそれを許さないはずだ。では、二人を同時に倒せるか。それもまた不可能。

 魔技を使うことは最後まで隠しておくしかない。

 なら剣術比べになる。

 アオバがわずかに足の位置を変えようとする。

 一瞬で心が凍りつき、私は絶対零度の心で、踏み込んだ。

 アオバがほとんど間をおかずに動く。クレハもだ。

 極端な集中の中で、アオバの手が腰の剣の柄を掴むのがよく見えた。その後の動きもだ。

 体を捻りながらの超高速の居合か。

 私はそれに剣を合わせる。激烈な衝撃で、二本の剣が接触の次に離れる。

 その間隙に、クレハの必殺に一撃がくる。

 まったく、こういう不可能ごとを現実にするのが、剣術という奴なのだ。

 私は片手を柄から離し、クレハの方へ差し出す。

 頭上からの一撃を、手元を押さえることで、停滞させる。

 ただ停滞させるわけじゃない。私の手はクレハを引きずり、そのクレハがたたらを踏む。

 私とすれ違ったばかりのアオバが二の太刀を繰り出すのが直感でわかったが、あとわずかに辛抱する必要があるだけのこと。

 くそ、少しでも時期を測り間違えば、私が斬り殺される。

 際どい、まさに紙一重だった。

 私が引きずり倒したクレハの体が邪魔になり、アオバの動きが遅れる。

 そのわずかな時間に私が生きる目が生まれた。

 本当に、間一髪だ。

 地面を転がって逃れようとするクレハを空中で掴み直した自分の剣切りつけ、私は跳んで離れた。

 うめき声をあげたのはクレハ。その左肩が断ち割られている。

 これで相手が引けば、私にはイスエラを救う余地があるし、仕切り直せた。

 だけど双子の戦意は変わらなかった。クレハは片手で剣を構え、アオバはもう一度、居合の姿勢に入る。

 これで、決まったことがある。

 私が二人を殺さなければいけない、ということが決まった。

 彼らは最後の最後に、私を見誤った。

 今の時点で私を始末していないから、剣の筋を、動きを、見破られる。

 そしてそのツケを、命で支払うんだ。

 二人が同時に動き出す。同時攻撃により、押し潰す意図か。

 見え透いたことを。

 私の体が、歩技で一直線に進む。

 王立騎士学校に入ってから、研鑽を続けた技だ。名前は、一条、と言う。

 まっすぐに走った私が、アオバとすれ違い、複数の剣が空気を切る音がした時、私は滑るように移動している。

 呆然としたクレハが、私の前にいる。

 すぐ横で彼の姉は、崩れ落ちようとしている。血飛沫とともに。

 馬鹿な、とクレハは言おうとしたようだった。

 だがそれは声にはならなかった。

 ひゅっと私の剣の切っ先が彼の首元を走り抜き、声の代わりに彼の口からは鮮血が溢れた。

 アオバが崩れ落ち、クレハがよろめき、倒れた。

 二人ともが、死んでいる。

 素晴らしい使い手だっただろう。これで私と同年なのだから、あと五年、いや、三年でも技を磨けば、誰も対抗できない二人組になった可能性がある。

 それを摘み取ったのは、私。

 彼らが私に剣を向けるからだ。

 どこかで指笛が吹かれた。あまり時間もない。

 イスエラのところへ行って、声をかけた。

「もう、助からん」

 掠れた声でそう応じるイスエラは、胸を深く切り裂かれ、肺をやられている。確かに助かるかは微妙なところだ。

「剣を、拾ってくれ。見えないんだ」

 イスエラが何を意図しているかは、わかった。

 わかったけど、それを止めることはできなかった。

 彼には彼の尊厳を守る必要がある。

 手探りをする彼の手に、彼の剣を取らせた。激しく震えながら、彼は剣を自分の首筋にあてた。想像が現実になっても、私はどうもしなかった。

 ここでイスエラが誰かに確保されると、事実であれ捏造された情報であれ、イスエラを双子にけしかけたものが定義されてしまう。そしてそれはきっと、フォルタ・ブルレイドという名前になるだろう。

 だからここで、イスエラは自分を殺し、それで決着としようとしているのだ。

 私が離れると、イスエラが焦点の結ばない目で、こちらを見た。

「素晴らしい剣だった、ファナ」

 私が答える前に、彼の手が動き、弱い血飛沫が上がり、彼の腕からは力が消えてぐったりと地面に落ち、動かなくなった。

 人の気配が近づいてくる。ここにいる理由はない。

 私は剣を鞘に戻し、素早くその場を離れた。王立騎士学校の敷地に無数にある、裏道の中の裏道を駆け抜けていく。そして事前に用意していた予備の制服に着替える。それまでの制服のどこに血が飛んでいないとも限らないからだ。

 裏道から王立騎士学校のはずれに出て、堂々とフォルタのサロンへ向かった。

 正確には、フォルタとコッラが主導していたのだけど、今はもうコッラはいない。

 私を迎えたフォルタが強張った顔で「イスエラは?」と訊ねてくる。

「深手を負って、自害しました」

 目をつむり、フォルタが顔を伏せる。ブルブルと肩が震えていた。イスエラは彼をよく理解し、王立騎士学校を卒業してからも、フォルタの有力な協力者になったはずだったのだから、その怒りはよくわかる。

 私は不意に、なんで自分が生き残ったか、自問した。

 なんで私なんだろう?

 入れ、と言われて私は部屋に入った。待ち構えていた面々は、責めるような色で私を見た。イスエラの方が彼らには人望があった。私は無名の伯爵家の娘に過ぎない。彼らとは格が一つも二つも下なのだ。

 翌日になって、王立騎士学校の中で決闘があり、三人が死亡したことが告知された。

 下手人が捜査されたが、そこだけはフォルタは約束を守った。私を守ったのだ。

 季節が秋に変わり、肌寒さを感じる頃に、この王立騎士学校での決闘事件は、何の進展もないまま捜査が終了となった。それを私に伝える時、フォルタは苦々しげな顔をして、まるで駄犬を見るように私を見ていた。

 犬を守るために腐心した彼には、同情するしかない。

 その時の私には少しの変化があった。

 それは夏から秋へと季節が変わった時に始まっていた。




(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ