1-10 始点
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大通りが騒がしいと思うと、馬車が三台、ゆっくりと進んでくる。二頭立でそれほど大きくないが、飾り付けが仰々しいのと、馬車の周囲を進む武装した男たちの身のこなしで、普通の商人ではないと気づいた。
「あれは誰だい?」
馬車を見物している町人に聞くと、ああ、あれは、とこちらも見ずに教えてくれる。
「王都の騎士様がご旅行だとか。さぞ有名な方だろうが、どこにも家紋がないし、旗もお立てにならない。どなたなのやら」
そうかい、と応じて、僕はその場を離れた。
貧民街へ一直線に向かいつつ、頭の中では先ほどの剣士たちのことを考えていた。
一人一人が相当な使い手で、おそらく連携の訓練も積んでいるだろう。総勢でほんの三十人ほどだが、悪党三十人とは比べ物にならない戦力である。
あれほどの使い手は、僕が見た剣士たちの中でも非常に少ない。王都から来たとすれば、王都というところはこんな第四都市とは全ての面で水準が違うということになる。
貧民街が見えてきた時、背後から誰かが走ってきて、反射的に剣の柄に手を置いていた。
横をすり抜けた男が、立ち止まる。
「へい、オーリー、何をしている?」
知り合いの悪党の若者だ。腰に形だけの剣を下げているが、彼は足が速いのが自慢だったはず。今も走っているし、特技を生かす使われ方をしているということになる。
「剣を受け取りに行ったところ。何かあったのか?」
「剣か、良いね。こちらは都市の様子を報告するところさ」
「それで何があった?」
「ああ、その、それはな……」
言いづらそうになった男に気を使って、引き止めて悪かった、と手を上げてみせると彼はホッとした様子で、じゃあまたな、と駆け出して、すぐに姿が見えなくなった。
どうやらキナ臭くなってきたなと思いながら、僕は一度、自分の部屋に戻り、今までの剣を部屋の隅に置いて、新しい剣を腰に帯びる。夕食を調達するために外へ行くと、どこかさっきまでと街の様子が違う気がした。
デリカテッセンへ行くと、店主が「サービスするよ」と自分から言った。どうやらここまで変な空気が影響しているみたいだ。
「あの方のところに、人が集まっているよ」
料理を器に入れながら、店主が言う。あの方、とは、親方のことだ。
「見てきたの?」
「料理を大量に注文されてね、さっき若い者が取りに来たよ。あの量だと、二十人は下らないな。オーリーは呼ばれていないのか」
「留守にしていてね、すれ違いかも」
「嫌な予感がするよ。どうもね、今回は、落ち着かないな」
器が入った袋がこちらへやってくる。料金を払う時、店主が珍しく十字を切った。昔ながらの宗教の幸運を祈る身振りだ。貧民街で宗教を信奉する者は極端に少ないけれど。
どう返事をするべきか迷いつつ、ただ「ありがとう」とだけ言って店を出た。
部屋に戻り、食事をしていると外で足音がして、すぐにドアが激しく叩かれた。
「開いているよ」
ほとんどドアを破壊せんばかりに、二人の男が入ってくる。
「オーリー、仕事だ! 急いでくれ」
「今は食事中だよ」
「急ぎだぞ、オーリー」もう一人が先の一人よりは冷静な調子で言う。「お前の助けがいる」
惣菜を口に頬張り、立ち上がる。剣は新しいものにした。服装は着替えていなかったので、このままでいいだろう。
二人に続いて部屋を出る。歩きながら状況説明が始まった。
「以前、第四都市に来ていた富豪を一人、親方が捕縛した。取引に使えると思ったんだろうが、それが裏目に出ている」
「富豪を釈放すれば解決だろう」
「生きていればな」
その一言に、さすがに感情が冷えた。無表情で通していたから、二人は気づかなかっただろう。
「殺したのか? なぜ?」
「詳細は知らん。自決したという話もあるし、病死というものもいる。食事を口にしないでそのまま死んだという話もあるな」
馬鹿げている。そんなことでは、もう元へ戻ることは不可能じゃないか。
僕が黙っていることを、話を促していると解釈したようで、続きが始まった。
「その富豪の息子が今の企業の当主だが、王都八傑に依頼して、自分の父親を奪還する動きを取り始めた。それはも動き出してる。その剣士と部下が、第四都市に入った。今日の昼間だ」
やれやれ、事態は悪い方向へ高速で流れているらしい。誰も逃れることのできない、急流、いや、激流だろうか。
「取引に使えそうなものは?」
最後の頼みで僕が質問しても、二人とも答えない。それはそのまま、対処法がない、ということなのだ。
黙り込んだままの三人で、親方がいる建物についたが、周囲にいつもの倍は人間がいる。全員が武装しているが、重装備ではない。そもそもちょっとした鎧と剣くらいしか、貧民街の連中は持っちゃいない。
建物の中でも、一階の広間にはいつもより大勢が詰めていて、こちらも武装している。普段は見ることのない槍が何本か見え、鉄砲を持っているものもいる。こんなところで鉄砲を持っていても、使えないんじゃないか。見通しの良い、できれば高い場所で使うべきだ。
階段を上がり、最上階で二人は足を止める。この先は一人で、ということらしい。
中へ入ると、武装した男が三人、すぐそこに立っている。地上や広間にいた男たちよりも上等な鎧を身につけている。彼らの前を素通りして、植物の間を抜けていくと親方の方から奥からやってきた。
「オーリー、状況は知っているか?」
「部分的には、というしかありませんけど。ここに来ることがわかっているのですか?」
「相手は総勢で三十人を超えている。おそらくここを狙ってくる。それ以外にない」
どうやらいつになく、親方は慌てているようだ。
夕日が射し、この植物園が真っ赤に染まっている。それがどこか悲惨な未来を予言しているようだ。全てが赤く染まる未来。想像したくないが、どうやったら回避できるのか。僕にわかることではない。
「話し合いという道はありませんか?」
「話し合い? それはつまり、取引だ。わかるか? こちらから何が差し出せる?」
僕は答えることができなかった。
何かが鼻先を通り過ぎる。
親方は強い力で僕の肩を掴む。あまりに強くて、危うく顔をしかめそうになった。
「金か? 奴らは金など必要としない。命か? 私に死ねと? そう言いたいのか、オーリー?」
「そこまでは言いません。しかし何か、道が……」
そこまで言って先ほどから感じている匂いが、やっと意識に乗った。焦げ臭い匂い。何かが燃えている匂いだ。
親方の手をそっと外して、壁際に寄った。植物をかき分け、花壇を踏み越えていくと、こちらも天井同様の大きなガラス窓がある
そのガラスの向こうに貧民街の一角が見える。
煙と火を上げている貧民街が。
足音が複数、重なり、振り返ると悪党の数人が親方の前で膝をついていた。
「貧民街に火が放たれています! それと、剣士の部隊がこちらへ接近しております! 指示を! 親方! 指示をください!」
僕はもう一度、ガラスを通して燃え盛っている炎を見た。
連中は、どこまでやるつもりなんだ? まさか、この街を燃やし尽くして、それで終わりにしようということか。
そんなことが許されるものか。
僕はもう何にも構わず、大股で階段へ向かった。背後で親方が声をかけてきた、というより何か怒鳴ったが、僕は振り返りも、足を止めもしなかった。
階段を駆け下りる間に、冷静さが戻ってきた。
頭の奥では、何かが荒れ狂う一方での、奇妙な冷静さ。
一歩進むごとに、何かがはまるように全てが落ち着くところへ、落ち着いて行った。
(続く)




