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第四話 日常崩壊

 婚約破棄から一月(ひとつき)が経った。


 その間、特にお父さまの癇癪もなく、実に平穏な日常を送っていた。

 だがこれが、嵐の前の静けさだったとは、私は夢にも思わなかったのだが……


 その日、事件は、屋敷の料理長が突然血を吐き倒れた事から始まった。


「うわああああっ、料理長ぉ!!」


 料理長に指導を受けていた見習いが大声で叫んだ事を皮切りに厨房は大混乱になったが、冷静な老執事がすぐさま医者を呼び皆を落ち着かせた。


「はい、みなさん落ち着いて下さい。すぐに医者から報告が来るでしょう」


 パンパンと老執事が手を叩き、料理人達はそれぞれの持ち場に戻り、厨房は一応の静けさを取り戻した。


「しかし、一体何があったのか?」

「目の前でいきなり血を吐いてぶっ倒られて、俺もうびっくりだわ」

「くっそ、俺の料理で倒すはずだったのに、こんなのってないよ」

「ああ、お前、料理漫画好きだもんな……」

「あなたたち、仕事しなさい」


 今日は1日予定がなく自由だった私は、暇潰しに厨房で料理でも覚えようかと見学に来ていたのだが(当然止められるのでこっそりと)突然こんな事が起こったので心底驚いた。

 料理長の傍にいた見習いは、料理長が倒れた事との関連性を疑われて、ひとまず老執事が連れて行った。


 私は、さてどうしたものかと腕を組む。


「やっぱり料理長が気になるわね」


 私は厨房を出て、料理長の様子を見に医務室へと足を向けた。


 医務室では医者が料理長の口を覗き込んでいた。


「何かわかりましたか?」


「ああ、お嬢様…… なにか感染する菌があるかもしれません、あまり、近付かない方がいいですよ」


 そう言うと医者はピシャリと扉を閉めた。


「……仕方ないわね、見習いの方に行ってみましょう」


 ふと。見習いの部屋に向かおうと思ったが、私は彼の部屋など知らない。


「うん、詰んだわね」


 メイドに聞いてもよかったのだが、そこまでする気にもなれなかった私は、剣の素振りでもする事にし、屋敷の庭に向かった。




 ◇




 庭に出たアーシャはいつものようにアヴィのいる池の前で剣を振るう。


 ふっ、ふっ、と、腰まである長い金髪を揺らしドレス姿で剣を振るう姿は、見る人が見れば戦う女神を彷彿させるだろう。


 かの第一王子も、初めてアーシャと出会った時は、とても8歳と思えぬ彼女の華麗さに心を奪われたのだ。

 それ故に、剣で負ける姿を晒し続けるのが恥ずかしくなり、結果、逃げ出したのだが。


 この池にいるアヴィという存在も、アーシャの美しさに惹かれた……。


 ……というわけではない。


 アヴィは、所謂、化け物である。


 もし、過去に冒険者をやっていた者がアヴィを見たならば、迷わず討伐する対象である。


 魔王が倒され、魔王が生み出した魔物も消えて平和になった今の世界……

 侯爵がアーシャに語ったのはここまでで、ほとんどの人がここまでの幸せなお話しか知らない。


 だが、この話には続きがる。


 魔王は自身が消滅する際に、自分がいなくても魔物が生まれるという『仕組み』を世界にばらまいた。


 その『仕組み』によって生まれる魔物は、魔王の強大な魔力で大量に生まれていた今までの魔物とは全く異なる存在である。


 それは、この世のありとあらゆる『現象』に宿っており、『現象』がある一定の以上発生すると、自然と『自我』を持った不定形な『存在』を確立するというものだった。


 そして確立した『存在』は自分の肉体を得るため、生物の肉を求める。

 求める肉は『存在』が最も憎む生き物……すなわち人間である。


 そう、そんなとんでもない『存在』が―――――


 ―――――アヴィである。




 ◇




 アーシャが庭で素振りを始めた頃

 料理長の身体を調べていた医者は、ふと自分の右手に違和感を感じた。

 よくわからないが、いつもの自分の手の感覚と違うのだ。


「んん……?」


 よくよく見ると手首から手のひらに向かってぶよんと膨れ上がっていたのだ。


「な、なんだ、これは……!?」


 医者の右手の一部が、まるで風船のように膨張しているではないか!


「一体、何が……!」


 医者の質問に答える者などいるはずもなく、医者はどんどん膨れてくる自分の右手を見つめる事しか出来なかった。


「あ、あ……」


 パァァァン!!


 大きな炸裂音と共に医者の右手が破裂した!!


「ぎゃっっっ……!」


 医者の叫び声はすぐに消えた。

 なぜなら、医者のすぐ後ろにいた存在が首をはねたからだ。


 その存在は、酷く痩せ細った黒い枝のような手足の人型だった。

 その細い枝のような手で、医者の首をはねたのだ。


「アア…… ニクダ……」


 人型は聞き取りにくい人語を喋り、落ちていた医者の頭に手を突き立て、そのままバリバリと食べ出す。


「ナルホド…… コレハイイ……」


 残った医者の胴体と、料理長をも続けて喰らい、人型は知識と力が全身を満たすのを感じた!


「おお! おお! 我は…… 今ここに誕生した!!」


 さっきまでとは違う、緑の色鮮やかな色彩となった人型は歓喜の声を上げる!!


「おおおおおおおおおおお!!」


 その叫び声に呼応するかのように、黒い瘴気が人型の周囲に浮かび上がる!


「そうだ、我の誕生によって、さらに生まれるのだ、我が!!」


 人型の怪物はすべてを理解した。


 生まれ持った自分の力を!


 人型の怪物は今日、屋敷の中で虐殺の限りを尽くそうと動き出した。

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