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第三話 孤児院長

 チリリリリ……と、夜に虫達が奏でる音色を聞きながら、私は月を見上げて屋敷の庭を歩く。

 ふぅ……冷たい夜風が気持ちいい。

 お父さまに叩かれた頬と、傷付いた額を優しく癒してくれているようだ。


 そうしてしばらく歩くと、目的の場所に着いた。

 屋敷の裏庭にある小さな池。

 私は池の前に座り、水底に向かって口を開く。


「こんばんは。今日は語りたい事がいっぱいあるわ、アヴィ」


 私がそう言うと、こぽこぽと水面が波打ち、発光する小さな人型が出て来た。


「あなたは今日も綺麗ね」


 ―――アヴィ。

 そう名前を付けたこの小さな存在は、屋敷に来た時に出会った私の唯一の友達だ。

 アヴィは会話は出来ないし、表情もわからないが、手振り身振りで感情を伝えて来る。

 もちろん、この謎の存在の正体など私にはわからないが……

 嬉しそうに、私の周りをくるくると飛ぶこの子が悪い存在であるはずがない。


 今日あった出来事を、私はいつものようにアヴィに話す。


「王子も、お父さまも、ほんと、面倒だわ…… 孤児院にやって来る金に汚い大人たちも面倒だと思っていたけど、ここはそれ以上ね」


 ~~♪


「あら、あなたも同意してくれるのね」


 くるくると回りながら私の膝に着地するアヴィを優しく撫でる。じんわりと温もりを感じて気持ちが良い。


「アヴィはずっとこの池にいて退屈じゃない?」


 アヴィは首を傾げるような動作をする。


「もし、どこか遠くに行く事になったら、アヴィも一緒に来てくれるかしら?」


 そう言うと、アヴィはにっこり微笑んだような気がした。


「お嬢様ーーー」


「……はぁ、メイドが探しに来たわ…… じゃあ、またね、アヴィ」


 私はアヴィにおやすみを言ってメイドの方へと歩いて行く。

 アヴィともう少し一緒にいたかったな。






 私に気付いたのだろう、メイドはすぐに駆け寄って来た。


「お嬢様、ここにおられたのですね。

 旦那様に……いえ、おでこがちょっと擦りむいていますね、すぐに手当てしましょう」


「ああ、頼む」


「……えっ?」


「あっ、いえ、さっきから痛んでいたのですよ、お願いしますね」


「はい、お任せ下さいお嬢様」


 いけない、いけない。

 何故か昔の口調で返事をしてしまったわ。





 メイドに手当てをされ、部屋へと戻った私はベッドに腰かけて窓から外を見て、ため息をついた。


 はあ……


「んっ、こほん、こほん」


 ため息をついた後、私は軽く咳をして喉の調子を戻す。


「……うーん、いけませんね、さっきから、どうにも口調が貴族の令嬢っぽくなくなっています」


 どうやら、自分が思っている以上に婚約破棄された事で気が弛んでいるようだ……

 いえ、浮かれてるのかしら?

 それとも……本当のところ、実は軽くショックだったとか?


「いやそれはないわね」


 うん、それはない。

 もし、今、私が気にしている事があるとすれば……


 じっと夜空の月を見る。


「明日、孤児院に戻ってましょうか」


 ……そうだ、元々、お父さまに屋敷に来なければ孤児院を潰すと言われて、仕方なしに来たのだ。

 孤児院は好きではなかったけど、一人だけ守りたい人がいたから、私は貴族令嬢になる事を選んだのだ。

 今回の婚約破棄で、お父さまが孤児院に八つ当たりする可能性もある……


「今さらそこに気付く私って……」


 私は急いで厨房に忍び込み、籠に干し肉やパン、チーズを詰め込む。


「うん、これだけあれば十分でしょう」


 私は明日の早朝すぐに孤児院に行くと決め、部屋に戻りベッドに潜る。

 そして、少しだけ自分の迂闊さを反省しながら眠りについたのだった。




 ◇




 次の日。


 私はこっそりと屋敷を抜け出す。

 ボロの衣装を身にまとい、誰にもバレないように。

 実に5年ぶりの孤児院だ。

 手にした籠を片手に、路地裏をとっとと通り抜ける。


 コンコンと古びた扉を軽く叩き、そのまま開けて中に入る。

 口調は屋敷に行く前の、ここで暮らしていた時の感じでいいだろう。

 こんなところで令嬢っぽく喋る必要はないからね……


「カル婆、いるか?」


「入る前に言わんか」


「ああ、いたか」


 私の前に立つのは、巨大な体躯の老婆。

 この孤児院の院長をずっとやっていて、年齢は80を軽く越えているが、なお有り余る体力的で孤児院の子供たちの面倒を見ているのだ。


「相変わらず、すごい圧ですね」


「何をわけわからん事を言っているんだか…… フン。あんたは少し元気が無いね、言っとくけどここから出ていったのは自分の意思だ、泣き言は聞かないよ」


「これどうぞ」


 私は籠を差し出す。

 カル婆は籠を手に取り中を見る。


「これっぽっち、一食分にもならないよ」


「まあ、私も食の面倒を見る気はないので」


 カル婆はフンと鼻を鳴らして私を部屋に手招いた。


「少しへこたれたあんたを見れて気分がいいから、ちょっとだけ話を聞いてやろうじゃないか」


「どうも」


「稼ぎ頭のあんたが出て行ったから、しばらくは肉も食えなかったよ」


 籠から干し肉を取り出し、むしゃむしゃと噛み千切る老婆。


「歯、大丈夫です?」


「なめんじゃないよ」


 この院長にはお世話になった。

 たぶん、私が一番恩義を感じているのはこの人だろう……

 なにせ、路地裏に倒れていた私を最初に見付けて保護してくれたのだから……


「まー、あんたはキレイだったからねぇ、あのまま放置してたら、どうなってただろうねぇ」


 イヒャヒャと笑う老婆の姿にピキッと青筋がたつ。


 うん、感謝してますよ?


「それで、どうだい、変態貴族に買われた感想は? せっかくあたしが止めようとしたのに『それじゃあ孤児院が潰される』って言って出ていって…… はーー、やだやだ。子供が何を格好つけてんだか」


 カル婆は臭いもに対するかのように手をシッシッと払う。


「……そうですね、こんな腐れババアごと貴族に潰されてりゃ良かったのにって今は思ってますよ」


「そうだよ、あんたが、あたしを心配するなんて、あっちゃいけないんだ」


 カル婆はすごく優しい目で私を見ていた。

 本当に、どうしていいかわからなくなる。


「……行きます」


 ここに来て結構時間が経っている。

 いくら婚約破棄されて自由の身となったからと言って、普段のレッスンをサボるのは許されていない。


「ま、元気でやんな」


 カル婆は最後にそう言うと、くるっと後ろを向いた。


 私は、この孤児院がちゃんと残っていた事に安堵し、またあの屋敷へと戻るのであった。

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