俺が思っていた異世界転移と違う ~よくある異世界メタ~
ふっと意識が飛び、気が付くと俺は真っ白い空間にいた。
これはあれだ、異世界転生ってやつだ! 見たことあるぞ! ひゃっほー! 俺もこんな世界ともおさらばだ!
『別の世界で生きる事をお望みですか?』
「お、神様じゃん! どんな特典くれんの!? 何個まで!? くれるんです!?」
俺は神様っぽい雰囲気を感じ、まくし立てた。
こういうものは時間制限の可能性もある。とっとと要望するものはするべきだ。生意気だと言われ放り出されないように、とってつけて丁寧語を付けた。
『わかりました。貴方はその肉体、記憶を維持したまま別の世界へお送りいたします』
「この肉体のまま? まあいいか。変な種族とかにされても困るしな。んで、どんなチートくれるんです? どんなのが貰えます? 定番どころだと、言語翻訳とか、道具亜空間収納とか、清潔魔法とかを基本にして、成長チートとか全属性とか、あっ、痛いの嫌だから無敵チートとかもいいね!」
『あなたのおっしゃることが理解できません』
「かー! そういうタイプの神かー! じゃあいいぜ、あんたがヒロインで一緒に付いてくる旅っていうやつでも。アドバイザー系も人気高いしな!」
神様っぽい雰囲気の白いもやもやは黄色くぽやぽやっと輝き始めた。
『意思疎通不可と判断し、直ちに要請されたプログラムを始動いたします。異議を申し立てる場合は0を、押してください』
「え、0を押すってなんだよ。待って、これって何も貰えないパターンじゃん! 生身でモンスターと戦うとか無理だってば! ぜろ! ゼロゼロゼロォ!」
『10秒前。9、8、7……』
「ちょっと待って! どういうこと!? どういうことってばぁ!?」
次に目が覚めると、俺は草原にいた。
俺は混乱することもなく、先程あった出来事を鮮明に思い出す。
あーやっちまった。これはやっちまった。神とやらが日本の異世界転生、異世界転移のカルチャー文化に詳しいとは限らなかったのだ。
むしろ最初の、「別の世界で生きる」事が要望と判断されてしまったに違いない。
「要望するなら現代で復活してチート貰うタイプだったかー! 失敗したぁー!」
悔やんでももう仕方がない。すでに立っている場所は見知らぬ赤い草原。この気色悪い一面赤で、ここが異世界だと感覚でわかった。
そして空も赤く、太陽はエメラルドグリーンだ。やばいぜ、確かにこれは地球環境とは違う。
できるなら、ちょっと地球とは違うだけで、エルフとかかわいい子がいる世界が良かった。
俺の目の前に現れたのはエルフとは全く違う、むしろ耳がなく、つるんとした子供のような生物だった。
「ご、ゴブリンか!?」
緑色で髪がなく、ガニ股で歩くその姿はまさにモンスター。
特殊能力も、武器も何もない状態で、いきなりエンカウントしちまった!
『※※※※※※※※※』
「やっべー、わかんねー言語で叱られてる! 敵対してる事だけは伝わってくるぜ!」
あわよくば、ゴブリンだろうと友好的になれることを期待した。
だが、俺には異世界言語翻訳すら持っていない。コミュニケーションを取ることもできない。
幸いこのゴブリンは武器を持っていないので、体格差でやる気になればやれそうだが……。俺に戦闘能力なぞ無かった。
「に、逃げるか! あばよー!」
『※※※※※!!』
全力疾走し、ちらりと後ろを振り返ったが追いかけてくる様子は無さそうだ。
「はぁ……はぁ……ステータスオープン!」
もちろん何も起こらない。試してみただけだ。あわよくば、ゲームみたいな世界であって、何か打開ができないかと思っただけだ。
「神様ー! 見てるかー!? いないのかー!? 返事してくれー!」
俺はエメラルドグリーンの太陽を首が痛いほど見上げて叫んだ。当然反応はなかった。期待もしていなかった。
「失敗だ……。こんなの誰も望んでない。これが物語だったらこんな駄作だれも読まねえぞ、神様よぉ!」
夢、幻であることを期待して、メタ発言もしてみる。だが、これは現実であった。
俺の言葉に誰も答えるものはいない、ただ赤い草が一面に広がっているだけだ。
「やべえ……走って叫んだら喉が乾いた……。サバイバル番組でもまずは水を確保しろと言っていたな……。くっそー、サバイバルモノかぁ」
俺はふらふらと再び歩き出す。
おかしい。何かがおかしい。この極彩色に気を取られて今まで気づいていなかった違和感。
「地平線がおかしい……?」
地球における地平線というものは、当然地球は丸いから、約4.5キロメートルだ。大気があるため遠くは色が薄くなる。
ここでの地平線の距離が異常に高い。地平線と空の境界がわからない。これはこの惑星が丸くない事を意味している。
ははは、異世界とは言ったがもしや平面な世界かよ。笑えねー。
それはつまり、地球の常識が全く通じない事を意味する。水があるかすらもわからねえ。
「水……みず……目がいてえ……」
どこまで行っても赤色の草。乾燥気味な空気もあって、目がちくちく痛む。
やばい、このままでは本格的に死ぬ。もうだめだ。
俺の異世界人生は何も出来ずに終わった。
もういいや、諦めよう。
目を瞑り仰向けで倒れていたら、ピチャッと口が水で濡れた。
「水ぅー!?」
『※※※※※※※』
起き上がり辺りを見回したら、例のゴブリンが俺を囲み、袋の容器から俺に水を垂らしていた。
信じていた! 信じていたよゴブリンくん!
しかも水も美味い! 泥水とかじゃない! そうそう、こういうのでいいんだよこういう展開で!
「サンキューゴブリンくん!」
『※※※※※』
相変わらず言葉は通じないが、俺は手を差し出した。
すると、ゴブリン達は俺に向かって平伏をした。
よくわからねえけど、ゴブリンに助けられた上に、長になってる感じ!?
わかった。
俺はわかってしまった。
神に呼びかけても返事があるわけがない。
俺がこの世界の神になったのだ。そういうことだ。そうだろう!?
「くるしゅうない。面をあげよ」
『…………』
言葉が通じないのは困ったな。
俺は一人のゴブリンの肩に手をおいた。
「なあ、村とかあるんだろ? 連れて行ってくれないか? オレ、ムラ、イク」
ゴブリンはくぼんだ瞳で俺をじっと見つめた。
そうだぞ。俺は神だ。俺の言うことを聞くんだ。
『※※※※※※!』
俺はふん縛られた。
うーん……ちょっと思ってた村への行き方とは違うかなぁ?
何やらふわふわ浮かぶ鉄板に乗せられて、俺はそこへ転がされている。
餌かなぁ? 俺はこいつらの獲物になっちまう感じかなぁ?
よくないねえ。良くない展開だねえ。
俺は赤い草原の中を運ばれていく。
さて、俺はこの辺を歩いていたが、こいつらの居住区というものは見つからなかった。
ではどこにあるかと思ったら、地下であった。
「おおう……ゴブリンかと思ったらドワーフ地下文明王国って感じだったか……」
俺が最初に思い浮かんだのは、某有名大作RPGのドワーフだ。高度な文明を築き上げながら、滅ぼされて地下に遺跡だけが残っているやつだ。
俺は彼らがただのゴブリンだと思いこんでいたのもあるが、SFを感じるその高度な技術の地下世界に度肝を抜かされた。
金属製の壁に、明滅するエメラルドグリーンの光。緑色の小人は浮遊する板で昇降している。
今思えば、俺が今乗っているこれ。魔法的な何かかと思っていたが、SFだと思えば科学技術でホバーしているとも考えられるだろう。
そうか、この世界はファンタジーかと思っていたが、SFだったのだ!
異世界とは何か。単純に言えば異なる世界だが、つまりそれは別の惑星ということだ。そこへ人間が送られても、都合の良い世界とは限らない。いや、人が生存できる、大気や水、そして現地人と文明があるからここはまだ都合の良い世界ではあるだろう。
そして宇宙人……、そこの現地人に取って、地球人を歓迎される存在とは限らない。
俺は解剖されてしまうのだろうか。痛いのは嫌だ。嫌だなぁ。死にたくねえよぉ……。
そんなことを考えていたら、俺は縄を解かれて一室に入れられた。監禁されているという雰囲気でも、監視されている雰囲気でもない。
縛っていたのはただ俺が暴れないようにしていただけか?
部屋の中央には、メートル原器を入れているようなガラスの容器に一冊の本。表題は何やら英語で書かれている。
「これを読めということか……?」
俺は容器からその一冊の英語の本を取り出した。
「英語かー……。英語には明るくないんだよなぁ……。って英語!?」
異世界って言っても、別の惑星ならそりゃファンタジーじゃなくてSFだよなぁ……と思っていたところで突然の英語である。
いや、ありえるか。
一つは未来の地球であるパターン。別の惑星かと思ったら地球でした! ってやつ。だが、これは当てはまらないだろう。どう見ても地平線的に地球じゃなかったから。
一つは俺以外にもここへ送られてきたパターン。こちらの方が高い。異世界モノでも主人公だけが唯一送られた地球人のパターンの方が減っている。俺だけが特別だと思うことが間違いだ。
すなわち、これは先人が残した書物なのだろう。
「なになに……? 君たちは、驚いたかもしれない。高い地平線に、高い太陽。そう、ここは地球ではない。宇宙船ノアの中だ」
俺は頭を抱えた。そっかー。そういうパターンかー!
謎掛けとかそういうのなしでストレートに来てくれるのは助かる、助かるよ?
しかし宇宙船かー。それでノアかー。わかりやすいよ。全て察するよ。なるほどねー。地球が滅んで脱出パターンねー。未来世界パターンねー。
それに宇宙船か。どうりで地平線がおかしいと思ったんだ。つまりここはドーナツ状の空いた宇宙船の中の外側で、遠心力で重力発生させてる感じね。そりゃ地平線が高いわけだよ。おかしい世界なわけだよ。
俺はネタバレ書物を読み進めた。
『※※※※※※※※』
「あ、どうも」
俺は宇宙船人に会釈をしてお茶を受け取った。ふむ、紅茶だね。普通に美味いんかい!
さて、この宇宙船人、本が真実ならば元は地球人ということだ。未来人というべきか。宇宙船での生活に最適化した結果、こんなゴブリンみたいな見た目になったようだな。飛び立ってからすっごい年月かかってるなこれ……。
地球人の祖先とわかると、ちょっと親しみも湧く。お茶請けのクッキーも美味しいね。
さて読み進めていった結果わかったこと。
宇宙船ノアは省エネで巡航宇宙飛行中。宇宙で加速し続ける意味はないからね。
目的は人間が住める惑星を見つけること。つまり目的地はない。雑ね。だから船の中が生活できる空間になっているのだろうけど。
だがつまりそれって、俺が何もすることないってこと。
わかるかい? 閉ざされた世界で、言葉が通じる人はなく、居るのは変わり果てた未来人。特別な知識も技術もない俺ができること? あるわけない。
究極のスローライフだ。あああああ、今度はスローライフものかー! きてるねー! 畑でも作るかなー!?
「え、いやまじか……。だが……そりゃあ無理だろう……」
俺はコールドスリープから目覚めた人間らしい。いわゆる保険だ。
そして使命が書かれている。スローライフしようと思った矢先にこれだよ。
その使命とは。
「繁殖……」
セックス!
ハーレムモノ来たね。異世界人……じゃなかった宇宙船未来人を孕ませまくるのが俺の使命か。ノクターンだね。
わかるよ。いやわかるよ?
確かにね。遺伝子的に、人間は近親交配に強いと言っても、閉ざされた宇宙船の中での子孫の事を過去人が気にするのはわかるよ。
でもなー! ゴブリンみたいな見た目になってるほど変わってる人間に種付できるかなー!?
あ、お茶のおかわりども。
それとなく緑色の指を絡ませるな! 緑の頬を赤く染めるな! 補色で色が濁ってるだろ!
今度は恋愛かー。そっかー。うん、君、優しくて綺麗でかわいいね。セックスする?
通じねえよ! 言葉が通じねえよ!
『※※※※※※※※』
脱ぐな! やめろ! 勃たねえよ! 人間そんなすぐに発情するものじゃねえよ!
してる! してるよ! 大っきくなってしまっている! 心臓がバクバクしてる! てめえ! お茶に何か混ぜやがったなこんちくしょう!
やめろ! 乗っかるな! あっあっあっ。
前略。過去の地球人さま。
俺は無事、未来人との交配で、童貞を捨てた事をお伝えいたします。
なお、彼女が妊娠するかは不確定ですのでご了承ください。
かしこ。
ふぅ。俺も大人になっちまったぜ。すまねえなみんな。いや、みんなもう死んでるか。
ベッドで俺の腕を枕にして寄り添う彼女。ピロートークも甘いぜ。
『※※※※※』
言葉は通じねえけどな。
だが、言葉じゃねえんだ。人間はな、見た目でもない。俺はそれがわかっちまったよ。
穴さえあれば何とでもなるってな。
俺は賢者モードのまま眠りに落ちた。願わくば、この世界が夢であることを祈って。
ハッピーエンド♥