微睡みの戦い
「ワタシは…何の為に産まれてきたのか…」
終の花畑…
ここはそう呼ばれていた場所…
終わりの者が訪れる最後の楽園…
その管理人としてワタシは創造されたはずだ…
なのに…
「此処に在るのは在せぬ園のみ…」
ワタシは静かにその場を後にする。
在せぬ園に始まりの風を感じた。
「ふわぁ…ねみぃ…」
私は眠たい目を擦りながら霧の中を歩いていた。
「そう言えば、妖狐のお兄さんはなんて言う名前なの?」
「僕の名前か…そうですね…妖狐なのでツンキチとお呼びください。」
少し胡散臭い笑みを浮かべながら妖狐が言う。
「じゃあ、ツンツンって呼ぶね!よろしくツンツン!」
「あはは…よろしくお願いしますね。化猫さん。」
ツンキチは少し困った様に笑っていた。
私はツンキチの方を見ずに言う。
「一応聞くけどさ…お前、なんで私たち化猫の事を知ってるんだ?普通なら知らねぇはずなんだが…」
「そうですね…僕の口から語るには些か荷が重いかもしれません。僕にもよくわからないのです。自分が何故あの場所に居て、自分が何故妖狐なのか、自分の名前がなんなのか、そもそも産まれは何処なのか…記憶喪失なのかもしれません。もしくは妖狐の妖術で記憶を消されたのかもしれません。今の僕には分からないことだらけなのです。不思議ですよね…それでも身体が力の使い方を覚えているんです。こうすれば早く走れるとか、こうすれば木を登れるとか、あいつらが使ってたのがなんなのか…とかね。」
ふとツンキチの方を見ると真剣な顔でこちらを見ていた。
しばらく、その場で見つめ合う。
「誰か来る…! 」
サリナが小さな声で私たちに言う。
私たちは近くの茂みに隠れて近づく者を警戒する。
「何も…無い…か…」
私は声がしなくなったのを確認して、千里眼を使って辺りの様子を見る。
「猫二人と狐一人がこんな所で何をしている。」
「「うわあああああ!」」
突然真後ろから聞こえた知らない声に私とサリナが飛び上がって驚き、振り向く。
ツンキチは少し遅れてビックリしたと言いたげに後ろを見ていた。
「人間…にしては、背中に怪鳥みたいな翼があるし…かと言って、怪鳥では無さそうですが、何者でしょうか。」
ツンキチがまるで天敵を見つけたかの様に強ばった表情で言う。
相手は少女の様な姿をしていたが成熟した女性の様であった。
その目は何よりも美しく、麗しい容姿、頭には光り輝く輪が浮いていた。
「そうだな…ワタシは貴様らで言う所の天使と言うやつだろう。神の使いだと言えばわかるだろう?」
「天使って、あの伝説の天使なの?!凄い!数百年前に突然居なくなったって聞いてたからビックリだよー!」
目の前の天使に大興奮のサリナを横目にツンキチが言う。
「貴殿が真に天使で有るならば、その証を見せてください。僕が見ればわかります。」
「良いだろう。ワタシとて、無用な争いはするつもりは無い。この証を見るが良い。」
そう言うと黄金に輝くカードの様なモノが天使の胸の中心辺りから出てくる。
それをツンキチの目に焼き付ける様に見せつける。
カードには見たことも無い文字が書かれていた。
「そういう事ですか…」
ツンキチがわかったと言いたげに呟く。
天使(?)が驚いたと言いたげに少し目を見開いて言う。
「ほう?貴様、この文字が読めるのか…」
「そうみたいですね。ただ実際にこの文字を見るのは初めてですね。」
「そうか…貴様、名はなんと言う。」
「僕はツンキチと申します。」
「私はサリナだよ!こっちはサリエラ!」
私は天使の目の前までゆっくり歩いて静かに言う。
「ウリエル…それが貴方の名前でしょ?」
「貴様!その名を何処で?!」
とても驚いた様に私の言葉に食いつく天使。
「わからないわ。だけど、貴方の名前がなんとなくウリエルなのはわかったの。そして、ここがどこかもわかった。」
「なんだと?」
「ここは楽園の園…いいえ、正しくはエデン…神々の楽園にして最後の理想郷…そして、貴方はここが荒らされない様に幾千の時代を超え、守護し続けてきたのね。」
「貴様、何者だ!」
威嚇する様に睨みつける天使に臆することなく言う。
「私はサリエラ・ベルエールよ。それが今の私の名前。残念ながら、ほとんど昔の記憶が無いの。なんで貴方がウリエルと言う名であることとこの場所がエデンだとわかったのかは自分でもわからないわ…」
それを聞くとウリエルは一変して真剣な表情になり、心まで射貫くような視線で私の目を見る。
私は目を逸らさずにその目を見る。
しばらくの静寂を先に破ったのはウリエルだった。
「貴方のその目はウソをついている者の目では無いな。これはただの憶測に過ぎんが、貴方には神の血が流れているだろう。ならば、ワタシがウリエルであり、ここがエデンだとわかるのも頷ける。種族を聞いておこうか。」
「私は化猫だって聞いたわ。本当にそうなのかどうかは知らないし、興味も無いけど」
ウリエルは少し考える様に目を瞑って言う。
「ワタシが思うには、貴方はただの化猫ではないかもしれん。恐らく、高位の神の御子の化猫…つまり、猫神族であろうな。」
「ツンツン、サリエラって凄いんだね!」
「うん。ボクも初めて聞いたから余程凄いことなんだよ!」
何故かテンションアゲアゲな二人を横目に私はウリエルに言う。
「猫神族とはなんだ?」
「うむ。それは神の血を受け継ぐものの中でも最強クラスの暗殺者の一族で、化猫特有の鋭い爪に加え、圧倒的生命力を持ち、さらに傷ついても瞬く間に回復すると言う一族だ。その力は生み出した神をも凌駕すると言われてる様だ。このような事も覚えておらぬとは…幼少期に相当な衝撃を受けたか、あるいは精神的なものか…」
ウリエルは解決策は無いかと頭を捻り考える。
「つまり、もし仮に私が同じ化猫を見つけたとしても私と同じ能力はないという事だな。なら、この馬鹿みたいな力にも説明がつく。ウリエルの言う通り、私が猫神族ならば、異常な回復速度にも納得がいく。」
「う、うむ。それはそうなのだが…」
ウリエルは何か言いたげに私を見る。
「ま、昔の事なんて気にしてたらキリがねぇし、私がなんであっても困らないから良いんだけどな。」
ツンキチとサリナも頷く。
「ボクもいろんなヒトに助けてもらってるからね!」
「サリナも村のヒトのお手伝いしたりしてるんだよー!」
ウリエルは苦笑しながらも言う。
「貴様らの世界は優しいのだな。こちら側とは大違いだ。だが、猫神族は前世の記憶を継承するほどの圧倒的記憶力がある故に本来は記憶が無いという事が起きないはずなのだ…そこで考えられるのはこちら側のものが記憶を消した、もしくは封じた可能性があるという事だ。そうなれば、サリエラ嬢…貴方の命が危うい。」
「私の命が…?なんでさ」
ウリエルは言うべきか言わざるべきかと少し悩んで言う。
「隠していても仕方あるまい…サリエラ嬢の種族が猫神族であると言ったが、そもそもから何故存在しないはずの神の子が産まれたのか…また、神は在せぬはずだが、何故在する形となったのか…その多くが謎だ。100万年前の超科学を持ってしても全くと言っていいほどわかってない。それは我ら天使の仕組みと共に長い間研究されてきた。だが、我々すら自分たちの生い立ちについて全く知らなかったのだ。」
「そんな昔から分かってないんだ…」
サリナが不思議そうにそう言うとウリエルは頷いて言う。
「うむ。貴様は100万年前の世界の話は知っておるだろう?わからぬ事などなく出来ぬことも無いとされていた超化学世界…それが100万年前の世界なのだ。そして、我々天使が現れ、その科学を持ってしても解明できない謎が出た。人間たちは考えた。この謎を解かなければと…」
ウリエルはそこまで言うと私の頭に手を置く。
「サリエラ嬢…貴方に我が力をやろう。貴方がこちら側に干渉する為の力だ。」
「一応聞くけど、それはタダでやろうって訳じゃ無いわよね?タダでやろうと言うならどういう風の吹き回しなのかしら?」
「それはもちろんだ。我とて簡単に力を貸すことはないが、サリエラ嬢には強くなってもらわねばならぬ。出来るなら我が守護出来れば良いのだが、そういう訳にもいくまい。それ故、我の願いを受け入れる事を条件に我の力を与える事にした。どうだ?受け入れてくれるか?」
私はウリエルの目を見る。
ウリエルも私の目を見る。
「はわわ…サリナ、凄いところを見てるのかもしれないよツンツン!」
「サリナちゃん、静かにしてください!ボクも見るのは初めてですよ?!」
しばらくの沈黙が続く…
先に沈黙を破ったのは…
「ねぇ…」
「なんだ?」
私はウリエルの目を見たまま言う。
「仮にこれを私が受け入れたとして、ほんとに力が使えると思う?」
「どういう意味だ?」
ウリエルは少し戸惑っている様にも聞こえる声で言う。
「あのね…力って経験なの。何もしないで得られる経験なんてあるのかしら?いいえ…相手の願いを受け入れるだけで相手の経験を奪えるのかしら?」
「ほぅ?ならば、貴方は何を求める?」
ウリエルはわかってると言いたげに言う。
私はウリエルの目をしっかりと見て言う。
「私と戦いなさい。私…全力でその経験を奪いに行くわよ。」
ウリエルはそれを聞くと面白そうに笑いながら言う。
「ククク…良いだろう。我が力…とくと見よ!」
ウリエルは光の剣を構える。
私はいつもの様に…いや、それ以上に強力で長い爪を出し言う。
「先手必勝!でやぁ!」
「脆い!」
私の爪とウリエルの剣がぶつかり、キィンと甲高い音が鳴り響く。
私は素早く後ろに飛び退いてウリエルの剣を避ける。
「まだまだこれからよ!でやぁ!」
「当然だ!ふん!」
凄まじい速度と衝撃が大地を抉り、木々を薙ぎ倒す。
「わわっ!凄い衝撃だよ!ツンツン!」
「フフッ…神と天使の戦いですからね…」
「どういう事?」
「サリナちゃん、ここから先は誰も見た事のない領域で、見ているだけでも命懸けの戦いになりそうですよ。」
ウリエルが一歩引いて私の爪の一撃を避ける。
その速さからか真空刃が発生し、なぎ倒された木々を木っ端微塵に切り刻む。
「ほぅ?我以外にも真空刃を使えるものが居ようとはなぁ!」
ウリエルが音速を超える速度で光の剣を振るう。
私はそれを爪で受け止める。
その衝撃で私たちの付近の地面がクレーターの様に陥没する。
「さすがに音速を超えてこられると少し戸惑っちゃうなぁ…」
「ふん。言いよるわ。余裕で受け止めよったくせに…」
「そうかしら?私じゃなければ今のは死んでたと思うわよ?」
「当然だ。加減しているとはいえ、我が力を行使したのだからな!とは言え、貴方が生きているのは予想出来ていたが、無傷だと言う事まではさすがに予想出来なかったがな。」
「ふふん♪タフさには自信があってよ?」
「ならば、我も本気を出してやろう!」
「そうね。ウォーミングアップはおしまいにしようかな!」
私たちはお互いに距離をとる。
ウリエルがその身に秘める力を解放する!
「神羅万象を裁ち切り、この世の全てを正せし紅蓮の剣よ…我が手に有りて、眼前の障害を焼き払え!炎神剣!全てを焼き焦がす剣!」
ウリエルは燃え盛る剣を手に持ち、背中には天使の羽根が大きく開かれていた。
私はそれを見て彼の出番だと悟る。
「力を貸して…龍化!全てを切り裂く龍!」
私はアリスのベルゼニュートの力を使い背中に龍の翼を広げ、自身の爪と身体をさらに強化する。
ツンキチがその様子を見て言う。
「サリナ、力を解放してください!でなければ死にますよ!」
「了解!封じ手の者よ…サリナの力を解放して!音速の足!」
「ボクも力を解放しないとね…我が守りては我が命と我が友!守護の九尾!」
私はウリエルを突き上げるように爪を振るう。
ウリエルは避けようともせずにそのまま剣で受け止め、天に打ち上げられる。
私は追撃を行う為に地を蹴り、音速をゆうに超える速度でウリエルに爪の猛攻を仕掛ける。
ウリエルは瞬時に体勢を立て直し、私の猛攻を剣で弾きながら、反撃をしかける。
「はぁ!」
「でやっ!」
凄まじい衝撃と周りの景色の崩壊。
それは空さえも壊してしまいそうな勢いだった。
ツンキチは向かってくる真空刃を九本の尻尾で弾き飛ばしていた。
サリナは真空刃をギリギリで避けながら、避けきれなかった真空刃を爪で切り裂いて無力化するが、完全に無力化出来ず、少しづつ身体が斬れてダメージを受けていく。
ツンキチはそんなサリナの様子を見て言う。
「サリナちゃん、こっちに来ませんか?一人より2人の方がより被害が少なくなると思ったのですが…」
「う、うん…このままじゃ、危ないよね…」
サリナは上から横から縦横無尽に降り注ぐ真空刃の雨を必死に避けながらツンキチの元へと行く。
ツンキチはサリナの身体を優しく尻尾で包み込むと言う。
「我が声は我が身を癒し、我が心は我が身を守りて、我が命にて身を紡げ!天狐の加護!」
ウリエルが燃え盛る剣をさらに燃え上がらせて言う。
「ここまで我とやり合うとはな…正直に言うとサリエラ嬢は想像してたよりも遥かに強い。」
私は更に化猫としての力を増幅させながら言う。
「そのわりにはあんたは強くないわね?手加減しているつもりなのかしら。」
私の勘が正しければ次の一撃で勝負が決まる。
私が勝つ確率は高くないがゼロではない。
「ふん。ぬかせ!」
ウリエルが剣を後ろに構え振り払いながら突撃してくる。
「これで…終わりっ!」
私もウリエルに一直線に突撃する。
「「せやあああ!」」
サリナは見ていた。
落ちる影を…
「助けなきゃ!」
サリナはツンキチの尻尾から抜け出して影の落ちる先を目指して一気に駆ける。
「サリナちゃん?!」
ツンキチはサリナを呼んで視線を戻す。
ツンキチも落ちる影に気がついた様でそのまま一気に駆け始める。
一足先にサリナがサリエラを空中で抱き止める。
遅れてツンキチがウリエルを地上で抱き止める。
「サ…リナ…」
「サリエラは無茶し過ぎだよ…」
「そうだな…ありがとう…」
「気にしないで。サリエラは全力で戦ったんだから…」
サリナがそう言うとサリエラはニヤッと笑って気を失う。
「ウリエル、お主はもうちょっと手加減というものをせんか…」
「すみません…アマツ様…いえ、今はツンキチ…と言う名でしたね。」
ウリエルはツンキチの顔を見て言う。
「しかし、あんなに幼かったアスタロトちゃんがまさかあそこまで強くなってるとはな…お前も驚いたのでは無いか?」
「ええ…私もあの子の力には驚きましたわ…後、今は名前が違うでしょう?」
「それもそうじゃな…サリエラか…良い名を貰ったようじゃな。」
「そうですね…娘にあんなに素敵な名前をくれた人にはお礼を言わないといけませんね。」
「そうじゃな。ボクも君の子に素敵な名前を貰えて嬉しいよ。」
ツンキチとウリエルがそんな話をしているとサリナがサリエラを抱えて駆け寄ってくるのを見る。
「さてと…サリナちゃんが戻ってきたし、君も早く起きたまえ…変な勘違いされてしまうぞ?」
「ツンキチ様、それはセクハラと言うものですよ?」
「ククク…それもそうじゃな。」
ウリエルはまだ振らつく身体で立ち上がる。
「サリエラは強い…それこそ、この我に勝ってしまうほどにな…だが、まだ足りない所もある。だから…サリナ…貴様がこの力を受け取れ…」
「私が…?」
「そうだ…そして、その力をサリエラの為に…頼んだぞ…」
ウリエルはそう言うと気絶したようにその場に倒れてしまった。
ツンキチはウリエルを抱き抱えると言う。
「ボクはこの子をボクの村で治療してくるよ。今日はとても楽しかったよ。あちらの時代でも元気でね!サリナちゃん、サリエラ…バイバイ!」
ツンキチがそう言うとサリエラとサリナの身体が光に包まれる。
私は不思議な感覚を感じとる。
最後に助けてくれたあの子と近いうちにまた会える気がする。
私はリラを見て言う。
「リラ、少し雰囲気変わったね!」
アリスも楽しそうに微笑みながら言う。
「なんだか、別の人みたいだね。」
リラは楽しそうにドヤ顔をして言う。
「今の僕は今までとは段違いだよっ!覚悟しててよね!」
思い出の森を抜けた3つの影は笑いながら先へと進んで行った。
ウリエル(カタストロフ)
種族:炎神
詳細:この世界の始まりから存在すると言われている炎神であり、サリエラの母親である。
普段は光の力を使い、天使としてこの世界を照らす役目を全うしている。
そのため、神としてでなく天使としての方が強いと言う珍しいタイプの神となった。
炎の神でありながら、極度の猫舌で食べ物を食す時は自身の力を抑え込んで食べないと熱くて食べられないらしい。
ツンキチ(アマツ)
種族:天津神
詳細:普段は天津神と言う種族名から妖狐の姿で過ごしているが、本当は化猫の姿をしており、猫神族を生み出した神である。
作中では語られなかったが、サリエラの父親であり、後の世で生まれるある妖狐の父親でもある。
彼は猫舌では無いためグツグツと煮え滾る鍋だろうとなんだろうと食べるがたまに火傷して痛い痛いと喚いている。
サリナ・サーシャ
種族:龍猫
詳細:サリナ・サリシアを名乗る龍の力を宿した化猫の少女。
作中では語られなかったが、黄泉帰りの能力を持っていてこれまでに二度死んでいるが実はこの回で二度死んでいるため、実際には4回死んでいる。
死ぬ度に転生(もしくは蘇生)と強化を繰り返し、年齢に相応しくない実力の持ち主となっている。
死なないが故の悩みもあるがそれはまたの機会のお話としよう。
アリス・サーシャ
種族:人狼
詳細:サリナの姉、後に伝説の戦士として人狼の間で語り継がれる事になる。




