泡沫の森
今回は前回の物語のサリエラサイドの物語になります。
「んー…何となくアリスと同じにおいがしたから…イヤだったら辞めるけど…」
「なるほどね。まあ、嫌ではないけどなんでだろーなって思ってよ。」
私は化猫だから、もしかしたらアリスにも化猫の血が流れてるのかな…
でも、私より嗅覚が鋭いし…
ああ、その為の竜の遺伝子か…
いやでもなぁ…
そんな事を考えてるうちに見知らぬ場所に出てしまった…
「ここは何処だろ…」
ポツリとそんな事を呟く…
「良いでしょー?ねぇー…お姉ちゃーん…」
背後から少女の声が聞こえる。
突然聞こえた声に戸惑いながら後ろを振り向く。
そこに居たのは人狼の少女と小さな化猫の少女だった。
「ダメよ?サリナにはまだ早いわ。」
どうやらサリナと呼ばれた小さな少女が人狼の少女に何かを強請っている様だ。
「なーんーでー!お姉ちゃんばっかりズルいー!サリナもやるのー!」
「仕方ないでしょ?サリナはまだ出来る歳じゃないんだから…ね?」
「むー…いじわるー!ご主人様に言いつけてやる!」
「ご主人様は忙しいのよ?そんな事でお時間を取らせてしまってはいけないわ。」
「いーだ!お姉ちゃんが意地悪するからいけないんだーい!」
「あらそう?そんな事を言うんなら、ここに居なくていいわよ?」
人狼の少女がそう言うと化猫の少女は涙を堪えながら森へと飛び出して行ってしまった。
私は咄嗟に追いかけなきゃと思い、少女を追いかける。
しばらく森の中を進んで行くと綺麗な湖のあるところに出た。
少女は湖の前で涙を流しながら座っていた。
「お姉ちゃんのバカ…サリナだって出来るもん…」
私はそっとその少女の隣に立つ。
少女は驚いた様にこっちを見る。
「気持ちよくて綺麗な湖だ…アカメの村でも見た事ないくらい…」
私は湖に足を浸けて言う。
少女が少しオドオドしながら言う。
「お姉さん…誰…なの?」
私は少女の方を向いて言う。
「私はサリエラだ。よくわかんないけど、迷っちまってな!」
「そ、そうなんだ…サリナはサリナ・サリシアって名前なの。あの…よ、よろしくね?」
「ああ、よろしくな。よければこの辺の事を教えてくれると助かるんだが…」
私がそう言うとサリナは困った様に笑いながら言う。
「私ね…村から出た事が無いから分からないの…」
「そうか…なら、仕方ねぇな。」
「その…ご、ごめんなさい…」
「気にすんな!誰でも知らねぇ事の一つや二つくらいあるさ!」
「う、うん…」
それっきり、会話が途切れて静寂が訪れる…
しばらくのんびりとした時間を過ごしているとサリナがぽつりぽつりと話し始める。
「サリナね…さっき、お姉ちゃんと喧嘩しちゃったの…お姉ちゃん…いつも狩りに行って村の外に楽しそうに出かけてるの…」
「狩り…ねぇ…私もやった事あるなぁ…」
「サリエラ、それホント?!良いなぁ…サリナもやってみたい…」
「そうだな…この間もあの石くらいでっけぇ兎が居てな…毛皮が硬ぇのなんのってよ!」
「そうなの?!」
「ああ、ありゃ軽く凶器に出来るレベルの硬さだったぜ?その毛皮の下の肉は柔らかくて美味いんだ!今度仕留めたらお前にもやるよ!」
「やったー!サリナ楽しみにしてるね!」
「おうよ!私に任せろってんだ!」
しばらくこんな感じな時間が流れていた。
ざっとまとめると…
サリナは姉に憧れて、姉のアストと一緒に狩りをしたかったのだが、姉が危険だからダメの一点張りで一緒に行きたかったサリナは飛び出して行ってしまったらしい。
「…サリナだって、お姉ちゃんと居たいのに…うぅ…」
「羨ましいなぁ…」
ポツリと私の口からこぼれた言葉にサリナは戸惑っていた。
「私は小さな頃の記憶なんて無いし、どこで産まれて、今までどうやって生きたかも分からないんだ…記憶喪失ってやつね。だからさ…羨ましいよ。私には何も無かったから…」
私はそっと立ちあがる。
サリナが俯いたまま言う。
「ごめんなさい…」
「んー?」
「サリナ、サリエラの気持ち考えずに…」
「別に気にしてないぞ?サリナが楽しんでる顔が見れたし、私も楽しかったしさ。」
本当は寂しさもちょっとだけあるんだけどね…
なんて言葉は飲み込んで私は辺りを警戒する。
「サリエラ…?」
「しっ!何か来る…」
私は戸惑うサリナを庇う様に聞き耳を立てる。
千里眼も使って辺りを見回す。
「サリエラ!しゃがんで!」
サリナに言われて咄嗟にしゃがむと頭の上スレスレを矢が掠める。
「矢…古代に栄えたと言われる"人間"のものか?」
「サリエラ、気をつけて!囲まれちゃったみたいだよ。」
「ああ、分かってる…」
私は全神経を使って相手の出方を伺う。
サリナは何かの数を数えていた。
「5人くらい居るみたいだね。」
「え?早くない?!」
サリナが正確な人数を教えてくれたおかげで私も気配がやっと掴めた。
ジリジリと忍び寄る様な気配を感じる。
私はサリナを抱き抱えて木の上に飛び乗る。
瞬間、矢のようなものが私たちの居た場所に刺さる。
「チッ…逃したか…」
聞き慣れない野太い大人の声が聞こえる。
「あれが…人間…」
顔の下半分が毛に覆われてて、胸のあたりは特に膨らみもない変な感じだ…
私の知ってる人間の特徴と違う…
「まだこの近くに居ると思うんスけど…」
今度は顔に毛のない人間が変な人間に話しかける。
その二人とは別に小柄な人間が聞きなれた高く細い声で言う。
「すみません…私のせいで…」
小柄な人間がそう言うと丸々と太った人間が言う。
「いや、ナースは悪くねぇよ。お前はまだまだ新米だしよ。」
ガタイのいい見慣れた膨らみのある人間が4人に言う。
「お前ら、もう少し静かにしな。この辺りは猫野郎どもの住処が近いはずだ。アタイらが奇襲をかけられちまったら、対処しきれねぇぞ。」
ガタイのいい人間がそう言うと先程の太った人間がかしこまったように言う。
「へいっ!姉御!すいやせんでした!」
「でも…姉御、あの猫どもって愛玩用なんっスよね?」
愛玩用…?
どういう事だ?
私はアイツらの様子を見ながら聞き耳を立てる。
姉御と呼ばれていた人間が面倒くさそうに言う。
「仕方ねぇよ。愛玩用として売られてるやつらはだいたい去勢されてるからな…どうしても、こうでもしねぇとアタイらの様なやつは生きてけねぇのよ。」
サリナが私の隣で拳を握りしめて言う。
「アイツら…許せない…小さい頃…サリナの友だち…アイツらに殺された…」
私は今にも飛び出しそうなサリナを落ち着かせながら言う。
「今ここで出れば死ぬだけだ。アイツらの手に持っているアレから出てくる矢は私ら化猫を動けなくする事に特化している。アレがちょっと掠めただけでもしばらく手の感覚がなかったからな…危ねぇぜ…」
「そりゃそうですよ。なんたって、アレは貴方たちを捕らえる為の劇薬なのですから…」
私は突然背後から聞こえた声に驚いて足を滑らせ、そのまま地に落ちる。
「姉御、さっきのやつが落ちて来たっス!」
サリナが私の隣に降りてきて、私を起こす。
それと同時に私たちの背後に妖狐の容姿を持つ胸に膨らみのないヒトが降りてくる。
「おいおい…妖狐まで居やがるじゃねぇか!」
「これは一獲千金ってやつだよ!オラも頑張らねばいけねぇよ!」
「今度こそ当てます!」
妖狐のヒトが私とサリナの腕を掴んで言う。
「急いで逃げるよ!それと、さっきは驚かせちゃってごめんね?」
私達は凄まじい力に引っ張られて風が吹く様に少し離れた木の上にたどり着いた。
「アイツら、どこ行きやがった?」
「はぁ…はぁ…私…もうクタクタですぅ…」
「あの妖狐は多分族長クラスのやつっスね。めちゃくちゃ速かったっス。」
彼らの声が遠ざかって行くのを確認し、私は千里眼で人間の姿が無いのを確認する。
「おや?それは千里眼ですね。化猫の中でも特に優れた個体のみが鍛えに鍛えてやっと使えると言う伝説の能力の…」
「そうなの?サリエラ凄いね!」
そんなに凄い能力だったのかこれ…
記憶が無いとは言え、まさかそんなすごい事だったとは…
そう言えば、アカメも驚いてた気がする。
特に何もしなくても使えたからきっともっと鍛えたらすぐわかるのかも。
「ま、まあね…てか、特別な事は何もしてないんだけどなぁ…」
「まあ!そうなのですか?それは相当優れた個体って言う事ですね。きっと、鍛えれば一つの大陸を支配出来る程になりますね。」
「すごーい!なら、サリエラの国は大陸級の広さだね!」
「そ、そうなんだ…」
私は苦笑いしながらそう言うと、妖狐たちは楽しそうに私の統治する国の話を始めた。
この世界も私の世界の様にそう言うと縄張り争いがあるのかな…
って、同じ世界なんだからあたりまえか…
なんてどうでもいい事を考えながら森を抜ける。
あ、この回は二話にかけて執筆しております。




