002_02_魔物退治は楽じゃない#1
背の高い草が生い茂り、視界の悪い広い平原を、ひとり草をかき分けひたすらトライホーンドラゴンを探す。しかし草、邪魔だなあ。結構丈夫だし、何かチクチクした手触りだし、結構不快なんだよね。リアルな没入感、というのも厄介かも。
そうだ、草って刈れないかな? 試しに斧を振ってみる。すると草がスパッと切れ、風にふわりと飛んでいった。おお~。気持ちよく草が刈れる。ちょっと勇者になった気分だ。草の間から宝石とかが見つかることは無かったけど。
スパスパと草を刈りつつ前に進む。あまりの爽快感にトライホーンドラゴンを探すのを忘れかけていたところに突然、ドン、と鈍い、何かがぶつかったような衝撃音が聞こえた。何事だろう、と足を止め、何が起きたのか探るため周囲を見回していると、
「うわぁああああ」
と、今度は人の叫び声が聞こえた。声の方を振り返ると、ひしゃげた大きな金属片と、金属の塊が宙を舞っている。それはぐんぐん、こちらに向かって近づいてきた。慌ててよけると、大きな音がして、盾と、その持ち主だろう鎧を着た人が地面に叩きつけられた。駆け寄ってみたものの、倒れたまま動かない。
何があったのかと人の飛んできた方を見れば、大きな頭部に前向きに生えた2本の長い角と、鼻先に生えたやや短い角を持ち、がっしりした4本の脚で巨体を支えた褐色のドラゴンが、背中の小さな羽根をばたつかせながら荒い息でしきりに地面を蹴っていた。
合わせて3本の角……それでトライホーンドラゴン? 間違えてペナルティとか言われるのも嫌だから、【生物図鑑】で確認する。よし、合ってる。ちゃんとトライホーンドラゴンだ。でもこんな大きいのと戦うってこと? 正直怖い。
この倒れている人は、多分トライホーンの突進を盾で止めようとして吹き飛ばされたんだ。こんな重装備の人間すら吹き飛ばすってことは、もし突進してきたら軽装のわたしは瞬殺に決まってる。とにかく、無理せずセイたちを呼ぼう。わたしはマイクのスイッチを入れ、チャットをONにする。
「こっちでトライホーン、見つけ――」
言おうとしたところで人間のものではない咆哮にかき消された。仰ぎ見れば咆哮の主、トライホーンの脇腹には槍が刺さり、刀傷が走り、血が流れていた。
飛ばされた人の仲間が横に潜んでいたらしく、攻撃し終えて足を止めていたトライホーンに横から総攻撃をかけていた。正面の人が止めて――まあ吹っ飛ばされてるけど――、他の人が横から攻撃か。そういう感じで連携して仕留めるみたいだ。
「リン、どうした? なんか凄い叫び声聞こえたけど?」
わたしの呼びかけにジョーが答えてくれた。返事しようとしたとき、ふいに倒れていた人が起き上がり、わたしを見た。まだ生きてたんだ。
「おっと、あんた、誰だ? あ……初心者?」
そうだけど何で分かったんだろう? ……あ、服装か。
「横取りとかマナー違反は困るぜ。あれは草原駆けずり回って苦労の末やっと見つけた俺達の獲物なんだ、手を出すなよ!!」
鎧の人は結構怖い顔で釘を刺し、傷薬を大量に振りかけると再びトライホーンに向かっていく。
そっか。そうだよね。横取りってこういうゲームではマナー違反だよね。見つけるの大変みたいだし、それに報酬もかかってるからなおさらダメだ。後で物凄く恨まれそうだもん。
「あー、聞こえた? 見つけたと思ったんだけど、ほかの人のターゲットだったみたい。ゴメン」
「えー、まぢ? くっそー。ざんねーん」
セイのがっかりした声が飛び込んできた。
「まあ、仕方ねえな。横取りとかトラブルの元だからな。じゃあ別のヤツ探して」
「わかった!」
ジョーに言われた通り、また探しに行こうと別の方向に歩き出したところで気づいた。トライホーンの周りに、ほかの魔物が集まっていたのだ。
大きさは大型犬くらいで、色は黄緑。鋭い爪のついた二本足に、長いしっぽと、先に鋭い爪のついた小さな翼を持っている。羽はあるけどくちばしはなくて、大きな口には鋭い牙が生えている。竜かな、それとも鳥? それが十数匹、わたしの後ろをぐるりと半円状に囲んで様子をうかがっている。
トライホーンとそれに群がるパーティに気を取られていたのと、同じ色の草に紛れていたから気が付かなかった。幸い襲ってはこないけれど。ここから逃げるにも、あいつらをなんとかしきゃ、だ。
ただ、仕事のターゲット以外を倒すの、基本的にダメなんだよね。今は緊急時だからいいかな? あ、保護対象だったらペナルティか。倒していいか確認するため、わたしは再び【生物図鑑】を向ける。
――スイフトフェザー(緑)
保護対象って出てないから大丈夫みたい。囲みを脱出するためには仕方ないんだから倒すしかないかな。覚悟を決めて走りだそうとしたところへまた、人の叫び声が聞こえてくる。
「くそ、緊急帰還の発動まだかよ! 早く、早く離脱させ……!!!」
「早く傷ぐ――ちょっ、自分だけ逃げる気かよ! 後少……ひぃっ!」
「うわぁああああああ!!!!」
口々に叫ぶさっきの探検家たちにトライホーンが容赦なく尻尾の一振りを浴びせていた。それがどうやら致命傷になったようで、ドラゴンの尻尾の軌跡に彼らの姿はなく、かわりに黒い粒が舞っていた。そしてガシャン、と乾いた音を立てて、彼らの武器が地面に落ちた。
ええと……倒しきれずに全滅したんだから、その場合は横取りじゃないよね。すかさず、みんなに伝える。
「先に戦ってたパーティ全滅したよ! 戦っていいよね? こっちに早く来て!!」
「え? まぢぃ? おっけー、すぐ行くからそれまでがんばって!!」
「わかった、すぐ行くからそれまで足止め頼む!」
セイとジョーはすぐに行くと言ってくれたけど、ジョーの言う通りそれまでは逃げられないように、また他の人に横取りされないように、わたしが足止めしないとダメだよね。
トライホーンは周りを囲むスイフトフェザーの群れを警戒しながらも、やはり邪魔なパーティを倒したことで、少し安心し休んでいる様だった。今なら隙をついて攻撃できるかも……だけど突進されたりしたら厄介だ。静かに近づいて、それで一気に攻撃しよう。
そう考えて息を潜めるわたしの後ろで、キィ、キィと、恐らくスイフトフェザーのものであろう甲高い鳴き声がした。彼らは羽根をばたつかせ、何だか騒がしい。
うるさいなあ、トライホーンがまともにこっちに来たらどうするん――
「だっ……!?」
わたしは後ろから思いっきり何かに追突され、そのままドン、とトライホーンの方へ押し出された。痛みをこらえて慌てて体を起こすと、すぐそばに硬そうな鱗でびっしり覆われた顔があった。顔の大きさに比べて小さな、ぎょろりとしたいかにも爬虫類な目がじっとこちらを見下ろしている。
怖い。
ゲームだというのに、圧倒的な存在感の自分よりずっとずっと大きい生き物に見下ろされ、攻撃しよう、などという気には一切ならなかった。
あ、逃げなくちゃ……
一歩後ずさりし、後ろを振り返れば、スイフトフェザーの群れが戦え、というように逃げ道を塞いでこちらを見ている。
あいつらが、戦わせるために突き飛ばした?
そんなはず、あるわけない! けどなんかそう思うと奴らニヤニヤしているようにも見える。何このシチュエーション。何で魔物に魔物と戦わされなきゃいけないんだ!
逃げられない、と前に向き直ると、こっちに向かってくるトライホーンが目に飛び込んできた。
踏み潰される?
角で突き上げられる?
とにかく食らったら絶対死ぬ。
ああ、トライホーンの巨体が近づいてきた。よけなきゃ……動け、わたし。奴が近くまで来て、攻撃に移る瞬間に思い切ってその斜め前に飛び、地面に転がり込む。
トライホーンの顎の下をくぐって攻撃をかわしたつもりだったのだけれど、思いっきり脇腹あたりに痛みが走っている。思わず手を脇に当て、戦斧を支えに慌てて起き上がる。起き上がることはできた、けど体がとても重い。戦斧を持ち上げることができない。脇腹の、押さえた手の下が真っ赤になっていた。血が、止まらない……? やばい、わたし、どうなっちゃうんだろう!?
違う違う! これただのエフェクトだ。押さえたところで何が変わるわけじゃない! 早く傷薬使って回復しなくちゃ! あっ、でもすぐ横にトライホーンの巨体があるわけだから、距離を取った方がいい?
距離を取ろう。持ち上げられない戦斧をその場に残し、頑張って大きく後ろに飛ぶ。バランスを取れずに、わたしは地面に転がった。そのとき、さっきまでわたしがいた場所を長い尻尾が薙いだ。
回復してたら、その前に死んでた……?
そんな恐怖に背筋が寒くなった。いつの間にか距離を詰めてきたスイフトフェザーがすぐ後ろにいる。だからこれ以上トライホーンから距離を取ることはできない。こいつらはどういうわけか攻撃してこないし、少しだけどトライホーンまでは距離がある。早く回復だ。
バッグから傷薬を取り出そうとするけれど、何だか手が震えてバッグのファスナーを開けるのに手間取る。落ち着け、わたし。焦っちゃだめだ。ようやく開いたバッグの中の傷薬を取り出し一本使ってみたけれど、さっきよりはマシとはいえまだ動きに違和感が残る。上手く立てない。すぐにもう一本使おうとバッグに手を入れたところで、ズン、と地面が震えた。トライホーンと、再び目が合う。
逃げなきゃ。じゃなきゃわたしもさっきの人達と同じ目に合うんだ。はやく、動かなきゃ――
逃げようと焦って上手く体を動かせないわたしの耳に、パァンと空気を劈く大きな破裂音が響いた。思いのほか大きな音にわたしが驚いている間に、続けてもう二発、同じ音がした。音に驚いたのはわたしだけではなかったらしく、スイフトフェザーたちが蜘蛛の子を散らすように、ばっと逃げて行った。もうずいぶん遠くにいて、様子を伺っている。
「一旦下がって。必要なら回復して」
そんな冷めた声がイヤホンから聞こえて我に返る。そうだ、スイフトフェザーがいなくなったんだ。全力でトライホーンから距離を取り、そして傷薬を使う。最後の一本を使い切ったところで、何とか体の調子が戻った。
ふう……これで何とか戦えそう。まずは武器を回収しなくちゃ、とトライホーンの方を見る。草の上に赤い血らしきものが飛んでいたけれど、トライホーンの傷の位置は分からなかった。動けなくなるような傷はないようで、どこか、わたしとは別の方向に頭を振っていた。
トライホーンの視線の先には、銃に弾を込めつつ徐々にトライホーンから距離を取ろうとするカンがいた。何だかんだネガティブなこと言ってたけど、助けてくれたのかな?
「ありがとう。助かった」
マイク越しにお礼を言うと、
「いや、まだ助かってない。武闘派の二人がいなければ話にならない。一旦退こう」
そんな消極的な答えが返ってきた。
「でも、それじゃあいつに逃げられちゃうかも。それか他の人にとられちゃうかも。さっきの人達が言ってたんだけど、トライホーン見つけるの結構大変みたいなんだよ。セイ達が来るまで、頑張らなきゃ!」
そうだ、頑張ろうって決めたのに、さっきは逃げることで頭がいっぱいだった。それじゃダメなんだ。わたしは走って戦斧を取りに行く。戦斧を拾い上げ、もう一度構える。今、トライホーンの注意はわたしにはない。今ならいける!
わたしは攻撃しようと走りだす。
魔物退治も簡単にはいかないようです。強力なスキル等で魔物をバンバン倒すのを期待されていた方はごめんなさい。
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