009_13_ミライとツバサと皇女様#1
「ちょっと待ってよ、ホントにこっち? 目隠しされてたし、来た道わからなかったはずだけど」
牢屋をでてすぐに左に駆け出すカンについついそのままついて行っちゃうところだったけど、もし道が間違ってたら大変だ、と思って確かめる。
「はいこれ。オートマッピングという便利なアプリ。自分が移動した軌跡を記録してくれる。赤いのが通って来た道。まあここだと精度は悪いけど、大体は解るはず」
カンは【探検用情報端末】の画面を見せてくれた。いろいろ便利なものがあるんだなぁ。さすが人生ソロプレイ男、色々取り揃えてるみたい。
「虚空を見つめて、訳の分からないことを呟いて……。うるさい黒雲は違うって言うけど、やっぱり黒雲は何か不思議な力を持っているのね。
けど淀んだ黒雲、意外に使えるわね。うるさいだけの誰かさんとは違って」
ミライはちらりと冷たい視線をわたしに投げ掛けた。う……何か悔しい。
確かにわたし、強いわけじゃないし、何か便利なアプリとか持ってる訳じゃないし、そういうのを使いこなせる知識もないもんなあ。でも、きっとわたしにだってできることがあるはず。そういうのはカンに任せて、わたしはわたしでできることを探そう。……あるといいな。
来た方向が分かるカンを先頭にして、どんどん進む。階段を上がったところで、ミライがはた、と立ち止まった。
「どうしたの? 何かあった」
わたしが尋ねると、
「今、向こうから何か声が聞こえたわ……」
彼女は何もない壁を見つめて言った。わたしには何も聞こえなかったんだけどな。カンを見ると、彼も首を振った。ミライにしか聞こえなかったみたいだ。
「ただの壁……だよね。でも、何かあるのかな?」
「ちょっと待って……あ、どうやらこの先は空洞になっているらしい……とするとここは扉のはずで……どこかに開ける仕掛けでも?」
カンが壁にギアをかざしながら言った。何かお役立ちアプリを使ってるみたい。
「これじゃないかしら?」
言いながら、ミライが壁に掲げられた燭台に手を掛ける。すると、カチリと音がした。
「お、壁が動かせる」
カンが壁を押すと、ドアのように開いた。わたし達は中に入り、薄暗く狭い通路を進んでいく。通路沿いにはいくつか牢屋があるけど、中は見えない。
不意に何か聞こえた。聞き覚えのある……っていうか、嫌な記憶を思い出させる音だ。
「あ、聞こえた。これ、鞭で打つ音だ! 打たれてるの、もしかしてツバサ!?」
皇女がツバサから宝剣のありかを聞き出そうとするはず、って話だったら、鞭で打って無理矢理、なんてことをしてるかもしれない。
一体どこから聞こえてきたんだろう、と思っていたら、また鞭を振るう音と、低い呻き声が聞こえてきた。そして聞き覚えのある女性の声がした。ミライが少しだけ、不愉快そうに顔を歪めた。
――いい加減に宝物の在処を吐け。お主が討った、と報告した鳥がここへ宝剣を奪い返しに来ておったぞ?
「この声、多分皇女だよね? やっぱり皇女がツバサに宝物の在処を吐かせようとしてるんだ! いくら宝物が必要だからって、そんなヒドいことするなんて!!」
「ああ、酷い話だ、本当に。鞭打たれる屈強な男とか誰得だよ……」
「ちょっ、こんなときに何バカな事言ってるかな!
声は向こうから聞こえた気がする。こんな事、早く止めさせなきゃ!」
空気読めない発言をした男はほっといて、わたしは声の聞こえた方向に向かってダッシュする。早く助けなくちゃ!
「ちょっと待って、リンさん。多分護衛がいるは……ああもう、ミライさんまで!」
後ろからカンが何か文句を言っているのが聞こえてきたけれど、そんなこと気にしてる場合じゃない。とにかく急がないと。
「おや、黒雲。それに愛玩鳥まで。牢に入れたはずだが逃げ出すとはな。
……警備体制も考え直さねばならぬのう」
目立たないようにここに来るためなのか、謁見の間での豪華な衣装とは違って、すっぽり頭から暗い色の長い布をかぶった皇女が大して驚きもせず、淡々とそう口にした。
そのすぐそばには波打つ刀身の大剣を持った、赤い髪の兵士がぴったりと控えていて、こちらをすごい形相で睨んでいる。
「そんなヒドイこと、今すぐやめて! ツバサを放して!」
「黒雲……一体何をしに来た……?」
身体中傷だらけで鎖で繋がれたツバサが、顔を少しあげてこちらを見た。その顔には傷と濃い疲労の色があった。
「黙れ!」
ツバサの前に立っていた、屈強な緑の髪の兵士がヒュン、と鞭でツバサを打った。
「ちょっと! 何でこんなことをするの!?」
早く止めて、ツバサを助け出したいけど、護衛の兵士と戦うことになったら、ミライを巻き込むかもしれないし……。うかつに手は出せないな。
「何故? こやつが妾に隠し立てするからじゃ。夫婦じゃというのには何一つ話してはくれぬ。妾に隠れて帝国の宝を我が物とし、良からぬことを考えておるやもしれぬ。
夫を悪事に走らせるわけにはいかぬからのう、妾とて心苦しいが、仕方あるまい?」
皇女は自分は仕方なくやっている、と言葉では強調したけど、嘲笑うその顔は絶対そんなことはないって言ってるようなものだった。
「夫婦、か……。仲睦まじい夫婦でいたのは……皆の前に立つときだけだった。占領したこの土地を、混乱を抑えて統治するために私が必要だった……それだけだ。
貴女が一度でも……妻としての義務を果たしたことがあったか……?」
ツバサは皇女の言葉に力なく笑い、静かに言った。鞭を振り上げようとする兵士を視線で抑えると、皇女は冷たく笑い、
「義務? 妾に成す事はあれど、義務などない。
奴隷風情が仮初めにでも妾の横に並べたのだ、それだけでも栄誉と思え」
そう言い捨てた。奴隷っていったいどういう事?? もう何が何だか分からないけど、一つ言えるのは夫婦仲は冷え切ってる、なんてもんじゃないってこと。
「さっきからどう言うことよ! 貴方は皇帝になるために、宝物を私から奪い返したんでしょう!?
なのにどうして、こんなことになっているのよ!?」
ミライがツバサを睨みつけた。すると、
「皇帝に? この男が?」
それを聞いた皇女はさもおかしそうに吹き出した。
「何がおかしいのよ!?」
「この男にそのような野心があったのならば、我らの仲ももう少し違ったかもしれぬな」
憤るミライに、ようやく笑いをおさめた皇女が答えた。言っている意味が分からない。それはわたしの隣にいるミライも同じみたいだ。頭の上に、はてなマークがいっぱい浮かんでいる気がする。
うーんと……ツバサが皇女みたいに、皇帝の座を虎視眈々と狙うような人だったら良かった、って皇女が言ってるんだから、そうじゃなかった、って事だよね。
そうすると、やっぱりミライの思い違いってことになるのかなあ?




