009_11_見つかっちゃって大ピンチ
「皇女に伝えなさい。貴女の父親を殺めた憎い奴隷が帰ってきたと」
わたしが催眠スモークを取り出すより早く、ミライが兵士に強い口調で命令した。
「ちょっとミライ、どういうつもり、何でわざわざそんな事言うかな? 危険だよ。捕まって、処刑とかそんなことになったら――」
「あの女はそんな馬鹿な事はしないわ。処刑するなら今じゃなく、もっと有効な場面で、だわ。だから今は生かしておくはずよ。
それより貴女達、次の機会のためにしっかり準備しておきなさい」
ミライを小声で咎めると、彼女は声を落として、でもきっぱりと答えた。皇女はすぐには処刑しないで、きっとわたし達に話を聞くはずだから、その時に宝物を奪い返そう、ってことみたいだけど、ホントにそんな都合よく行くかなあ?
わたしだけでなく、兵士達もミライの言葉に戸惑っていた。けど、少しして一番偉そうな竜の着ぐるみ鎧――黒竜の戦士、だっけ――が、何か命令すると、一人が宝物庫を出ていった。多分皇女に報告して、指示を仰ぐんだろう。今は成り行きを見守るしかないか。とにかく、油断しないようにしなくちゃ。
しばらくして、出て行った一人が戻ってきて、黒竜の戦士に耳打ちした。
「殿下がお会いになるそうだ。拘束した上で、だがな!」
彼の一言で、周りの兵士がわっとやって来て、わたし達を後ろ手に縛り、槍を突き付け歩くように言った。ひとまずここで攻撃されることは無さそうだし、皇女にも会わせてもらえるみたいだ。
あ、ちょっと待って。よく考えたら皇女ってツバサの奥さんなんだよね。ってことは、その場にツバサもいる可能性が高いはず。彼ならなんとかしてくれないかな。……って、さっきから他力本願で嫌になる。でももう話が進んじゃってるしなあ。
モヤモヤしているうちに、立派な扉の前に連れてこられた。扉が開けられると、わたし達は兵士に囲まれたまま中に押し込まれ、そのまま平伏させられた。
玉座らしき高いところからわたし達を見下ろしていたのは、黒地に色とりどりの緻密な花の刺繍が施された美しい貫頭衣に、精巧な金細工の冠やら首飾りやら腰帯やら腕輪やら、とにかく贅を尽くした装身具をたくさん身に付けた、気位の高そうな少女だった。
あれ、これが皇女様? 確かになんだかとにかく偉そうだけど、ちょっと想像と違うなあ。ツバサと結婚してるんだし、もっと年かなと思ってた。ミライと同じかちょっと年上くらいの感じだ。それとも年の差婚が一般的なのかな? まさかツバサの趣味が……なんてことはないよね。だけど、問題はそのツバサだ。
「ツバサが、いない……?」
彼女の隣の空いた玉座は多分ツバサのものだと思うんだけど、そこに彼の姿は見つからなかった。てっきり彼がいて、そして何とかしてくれるかな、なんて期待をしてたんだけど。
「翼……?」
皇女は怪訝な顔でわたしを見た。なんのことだか早く説明しろ、そんな感じだった。
「ええと……黎明の翼です。皇女様のところに帰ったので、ここにいると思ったんですけど」
だから、素直にそう答えたのだけど。
「将軍ならここにはおらぬ」
皇女は冷たくピシャリと一言答えたきりだった。いない? どういうことだろう? どこか別の場所に行ったとか?
「え? でも――」
島を出ていったのは確かだ、とわたしが続けるより先に、
「出ていったきり、帰って来ぬのじゃ。
……まさか弟のところに行ったのか? いや、将軍がそのような裏切りをするはずは……。
そうじゃ、そんなことをあの忠義に厚い将軍がするはずないではないか。いくら未だに戻って来ぬからと、帝都と通じていると疑うなど、妾は何と愚かなことであろうか」
皇女はそう言ってさも辛そうに目を伏せた。近くで聞こえたすすり上げる声にちらりと見上げると、わたし達を取り押さえている兵士たちが痛ましそうに皇女を見つめている。
うーん、なーんか怪しい。っていうかこの態度、すっごい演技臭い気がする。大体何でわざわざそんな事言うんだろう? ツバサがずっと帰って来てないって言うのに、心配してるって感じがぜんっぜんしない。裏切られたわけじゃないって信じようとしてる健気な自分アピールって感じ。そもそも自分の旦那さんなのに、名前も呼ばないってどうなんだ。
「うるさい黒雲、黙ってなさい。あの男の事なんてどうでもいいわ! 早くこの女から――」
ミライがピシャリとわたしに言って、そして皇女を睨みつけた。左右の兵士が、慌てて彼女を床に押さえつける。皇女はほんの一瞬だけ驚きを浮かべたけれど、すぐにまた元の高慢な笑みに戻った。
「先帝お気に入りの愛玩鳥……始末した、と聞いておったが、珍妙な格好で化けて出たものじゃな。折角の羽根が見えねば台無しではないか。
態々捕らえられてまで妾に会いに来るとは面白いと思ったのじゃが期待外れ……いや、そうでもないかのう」
皇女は何か含みのある様子でミライを見て嗤った。そして、わたし達の方に冷たい目を向けると、
「しかし黒雲、これは一体どういうことじゃ? 帝国の前に、妾の宝物庫を荒そうとは。まことに欲深な事よのう」
呆れたように言った。
「恐れながら誤解です、殿下。まさか殿下の宝物を奪おうなどと、滅相もない。
我らの地に流れ着いたこの者を捕らえたのですが、聞くところによれば先代皇帝暗殺の下手人だとか。ならば我らの敬愛する殿下の覇業にお力添えできぬかと僭越ながら考えた次第ですが、まさかこのような事になろうとは……。
我らの不徳の致すところ、誠に申し訳なく存じ奉ります」
カンがペラペラと、変な口調でよく分からない言い訳をしていた。皇女はそれを、無表情で眺めていた。ええと……何言ってたかよく分からないけどまさか、ミライを売ろうとしてるってこと?
「そ奴を妾の元に連れてくるのは良い。約束もなく押しかけたことも許そう。だが――」
皇女がわたし達をじっと探るように見た。凄く嫌な予感がする。
「それはお主らが妾の味方であれば、の話じゃ。あやつらが中々話そうとせぬお主等の内情、後で直接、たっぷりと聞かせて貰おうか。
衛兵! そやつらをまとめて牢に繋いでおけ!」
「はっ」
皇女も何のことを話しているか分からないけど、わたし達を牢屋に入れる、って事だけは分かった。兵士がわらわらと詰めかけてきた。わたしは彼らに押さえこまれ、頭に何か被せられた。
「ちょっと、何すんの! 下ろして! 下ろしてよ!!」
担ぎ上げられた兵士の肩の上で懸命に暴れたけれど、下ろしてもらえるどころか殴られた。逃げられそうにないし、暴れるのもムダっぽいから大人しく気を失った体にしておこうっと。
牢屋に入れられるにしても、何とか帰り道のヒントを掴んでおこうと思ったんだけど、すっぽり頭を覆われて何にも見えない。これじゃあ、どこをどう進んでいるのかさっぱり分からない。
がっかりしながら兵士の肩の上で揺られることしばし、ようやく止まった、と思ったら、次の瞬間ドサリと無造作に投げられ、冷たい床の上に転がされた。いたたたた……。目隠しが外されると、牢の鍵を閉める兵士たちが見えた。
「ちょっと待って!」
鍵を掛けられる前に逃げ出そうと、起き上がって走ろうとするけど、縛られていて上手くいかなかった。
ガチャリ、と無慈悲に錠が下ろされる音だけが、冷たい石の壁に反響した。
どうしよう?




