001_05_注意事項が怪しすぎ
「お疲れ様でした。今、装置を外しますから、暫くそのままでお待ち下さい」
周りが明るくなったのを感じて、ゆっくり目を開けると、透明なVR装置の蓋越しに、係のお姉さんの顔が見えた。良かった、ちゃんと現実に帰ってきたみたいだ。ログアウト不能、なんてアニメみたいなことは起きるはずないけど、それでもちょっぴり気になってたんだ。
センサーが全て外されたのを確認して、んーー、と思い切り縮こまった体を伸ばし、VR装置から起き上がる。一歩も動いてはいないんだけど、ちょっとした疲労感があるなあ。
「体の不調はありませんか? ……大丈夫ですか。良かったです。
でももし何かありましたら、すぐに連絡してくださいね。提携している専門の病院をご紹介しますので」
大丈夫、と答えるわたしに、彼女はほっとしたように言った。でも健康管理もちゃんとやってくれるなんて、運営は思ったよりしっかりしてるみたい。そういえばこの装置自体、稼働中のデータ集めをしているところ、と体験前の説明で言ってたから、何かあった時のフォロー体制は整えておかなきゃいけない、ってことなのかも。
「では、これから正式なサービスの契約についてご説明しますので、こちらへどうぞ」
案内された部屋の高級そうな応接セットに座ると、細かい文字がびっしり書かれた書類が並べられた。読みたくないな、と思わず眉をひそめたわたしに、係員さんが丁寧に説明してくれた。
重要そうなのは三つかな。
一つ目はゲームに必要なホーラは1ホーラ2000円で、専用クレジットカードからチャージすること。このクレジットカードは必ず契約しないといけないらしい。ゲーム中でも、ホーラが足りなくなったら追加でチャージできる。
ってことはアイテム買おうとしてちょっとホーラが足りなかったら、クレジットカードでひょいっと買えちゃうんだ。ちょっと怖いな。使いすぎに気を付けようっと。
二つ目はゲームで得られたホーラは、1ホーラ1000円として専用クレジットカードの支払に充てられるってこと。このカードはゲームだけじゃなくて、普通に街中で使うこともちゃんとできるらしい。
ってことはゲームの報酬で現実の買い物の支払ができる……要は、現実での収入になるって意味だよね。セイが言ってたのはこれのことか。
とはいえ、2000円で買っても使うときは1000円になっちゃうってヒドくないかなあ。うーん、まあでも、なるべくホーラをチャージせずにゲーム内で稼ぐことが出来れば問題ない! 上手くやれば遊びがお金になるなんてすごい!
最後の一つは専用の情報交換ルームか、専用SNS以外では絶対にゲームのことについて話してはいけない、ってこと。まだテスト中だし、色々な調査も同時に行っているから、情報を漏らしたくないって事みたい。なんせ初のVRMMOなんだし、そんなこともあるよね。あ、セイが行こうって言ってたカフェって、きっとこれのことじゃないかな。
よし、やろう。頑張ろう。頑張ってホーラを稼いでお買い物だ! 服とか買いたいし。
「後、入会金として2万円頂きます。こちらは次月のクレジットカードの請求に含めさせていただきます」
「え……」
告げられた高額な入会金に、さっきの決意が揺らぐ。
「あ、ですがすぐにお楽しみ頂けるよう、入会特典として10ホーラ加算致します」
10ホーラ……1ホーラは2000円だから、別に損してるわけじゃないのか。チュートリアルの報酬は10ホーラだったし、そのくらいすぐに稼げそう。実質負担は無いってことだよね。ならいいか。
「よろしければ、こちらの契約書にご記入をお願い致します」
ホーラの購入、及び使用のための専用クレジットカードの申込と、Fortuna eXplorer正式サービスの申込書、それから誓約書を書いて、係員さんに手渡す。彼女は書類を鋭い目つきで見て、間違いや抜けのないことを確認すると、笑顔で言った。
「お申込みを受け付けました。クレジットカードは1週間くらいでお手元に届くと思います。後、こちらが会員証です。後は専用SNSのログイン方法などはこちらの説明書をご確認下さい。
ここまでで何か質問は有りますか?」
うーん、何かあるかなあ……?
「あ、そうだ。体験版で手に入れたホーラってどうなるんですか?」
「もちろんそのまま正式サービスに引き継げますよ。但し体験版で手に入れた分と、先ほどの入会特典の分はクレジットカードの支払いには充当できませんのでご了承下さい」
良かった。まさかリセットとか言われたらどうしようかと思ったよ。しばらくはゲームの中で装備とか整えなきゃだし、クレジットカードの支払いに使えなくても大丈夫。
「他に何かご質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
「くれぐれも、ゲームのことは他言しないで下さいね。破った場合、どうなるかわかりませんよ……?」
そう釘をさす係員の女性は笑顔だったけれど、目は笑っていなくて、背筋がぞくりとした。どうなるのかなんて知りたくない。
「ところで、次回の予約をされますか? ここで予約をしない場合は、会員ページからでも申込できますが」
震えるわたしに元の笑顔で係員さんが尋ねた。
「あ、はい。では土曜日の14時でお願いします」
セイと約束した日時を告げると、彼女は手元のタブレットを操作した。
「ええと……はい。その時間なら大丈夫です。では次回、土曜日の14時、その15分前までにこちらにいらして下さい。
では、またのお越しをお待ちしております」
これで予約も完了、っと。
帰り道、今日の報酬のことが頭に浮かんだ。宿代とナビアプリ代を払ったから……その分を差し引いて儲けは7ホーラ。1ホーラは2000円――違った、カードの支払いに充てる場合は1000円分だっけ――って言ってたから7000円なのか。約2時間のゲームで7000円? 時給3500円? それって今のバイトの約3倍だ!
世の中どうなってるんだろう。何でそんなにお金が入るのかって怪しいけど、セイを見る限り、別に何か問題があるわけじゃなさそうだ。ゲームの世界に閉じ込められるとか、そんなファンタジー展開もなかったし。
だから、どうってことない!
よーし、これからいっぱい頑張ろうっと。で、がっぽり稼ぐぞー!