001_03_ペナルティとか笑えない
「マイクロフェザーは保護生物ですので、ペナルティを取らせて頂きます」
突然のアラーム――わたしには聞こえないんだけど――に慌てふためくセイの元に、どこからか探検家協会の白い制服を着たお姉さん――さっきまで説明してくれてた人――がやって来て、事務的に告げた。
マイクロフェザー? 保護生物? 何か倒しちゃいけない魔物を倒した、って事? あ、多分さっきの玉虫色の鳥を一緒に倒しちゃったのがマズかったんだ。
「ハァ!? 知らんし! ってか勝手に巻き込まれただけっしょ? 事故じゃん! なのに10ホーラとかあり得んし!」
セイが【探検用情報端末】を見るや、お姉さんに噛みついた。10ホーラっていうのはなんだろう? ペナルティって言ってたし、罰金かな? それって、高いのかな?
怒り心頭のセイだったけど、お姉さんはにっこり笑って「規則ですので」の一言で、それ以上取り合おうとしなかった。
「先輩が身をもって、ルール違反がどうなるか見せてくれたようですね。
ここでは駆除の仕事を請け負った場合でない限り、野生生物を倒してはいけません。やむを得ない場合は認められることもありますが、【保護生物】の場合は倒してしまうと必ずペナルティを受けますから気を付けて下さい。
必ず、探検用情報端末のアプリ【生物図鑑】で情報を確認して下さい」
彼女は血に濡れ変色した玉虫色の鳥を残念そうにちらりと見た後、また笑顔を作って言った。きれいなんだけど、何だかちょっと怖い。わたしは慌ててコクコクとうなずいた。
「ところで、リンさんは無事ホーンドラゴン駆除のクエストをクリアされたのですね。おめでとうございます!」
彼女はわたしが作った血だまりの方を眺めて、パチパチと拍手した。だけど、『は』ってどういう事だろう? わたしが怪訝な顔をしていると、
「私の担当した方は、運悪く強い魔物に襲われてしまった上に、立て直しもきかず……」
と、彼女は苦笑いを浮かべ、近くに転がるセイが倒した魔物に視線を落とした。この魔物にやられてゲームオーバー、ってことなのかな? ていうか、体験でゲームオーバーとかもあるんだ……。厳しいな。
「あ、そうだ、折角ですから特別に素材を差し上げます。探検家協会で引き取ってもらえますよ」
突然、彼女はポンと手を叩くと、腰に提げていた大きな鋸状のナイフを抜き、先ほどわたしが倒したホーンドラゴンに近寄っていった。何をするのかな、と見ていると、その大きなナイフでドラゴンの角を切り落とし、そして鱗を剥いでいく。ずいぶん慣れた手つきだ。
「え……っと……? いったいなにを……しているのでしょうか……?」
美女によるドラゴンの解体ショー? 突然のグロテスクな光景に思わず言葉もたどたどしくなってしまう。
「先ほど言いましたように素材取りです。
でも行うためには専用の【免許】が必要ですから、リンさんはやってはいけません。無免許で行うとペナルティの対象になります」
説明をしながらも手は止めず、お姉さんは手早く解体を終えると、黒いビニール袋のようなものに【素材】を詰め込み、わたしに手渡した。その後同様にセイが倒した魔物も解体したけれど、それはこっちには渡してくれなかった。体験版だけのサービス、なのかなあ。
「では、街までお気をつけてお帰り下さい。クエスト報酬受け取りや素材の売却は探検家協会でお願いします。
リンさんのような優秀な方に探検家協会に入って頂けたら嬉しいです。それでは、いずれまた」
お姉さんはニコリと笑うと、どこかに去っていった。何だったのかなあ……。とにかく、クエストも済んだし一旦街に帰ろうか。そう思ってセイの方を見ると、いまだに唇を震わせていた。
「セイ……ペナルティとか、大変だったね。でもとりあえず、街に帰ろう。クエスト報酬、貰わなきゃ」
セイはまだ怒りが収まらないようだったけど、ひとまずうなずいてくれた。わたし達は森を抜け、街を目指す。
「あああああ!! 魔物倒すなとか意味わからんし!!」
帰り道、広い草原の真ん中で、セイが怒りに任せて、ぶん、と大剣を振った。そこらの草が吹き飛んだ。八つ当たりは良くない、っていうか魔物にまた当たったら困ると思うけどな。
「まあまあ……。けど、魔物を倒しちゃいけないって確かに変だね。どうやって経験値稼ぐの?」
セイをなだめつつ、疑問に思ってた事を聞くと、彼女はきょとんとしてこちらを見た。
「は? さっきゆったじゃん。そーゆーのねーし。強い武器買うか、プレイヤーが強くなるしかないし」
ややつっけんどんなセイの答えに、わたしは目をパチパチさせるしかなかった。確かにステータスもスキルも無いって言ってたけど……そうか、だから当然、レベルも無いんだ。
上に行くには金か努力――ううん、きっと両方――を積む必要がある、なんてなんともリアルな感じ。弱い魔物を作業のように狩り続けても強くはなれないなんて、ある意味キビシイ世界だ。
「何か、変にリアルな世界だね。キャラクター作れなくて、見た目も現実と一緒だし。変身願望、みたいなのは満たせないよね。そのリアルさが良いのかなあ……?」
わたしが疑問を口にすると、セイは大きくうなずいた。
「まーね。変なトコ多いけど、でもいいコトもあるし」
「良い事?」
にやりと笑うセイに、わたしは首をかしげた。
「条件あるけど、クエスト報酬の【ホーラ】は現実でも使える! だからいっぱいかせごーぜぃ!」
クエスト報酬が、現実でも使える……? そういえばセイが最近、服とかバッグとか、よく新しいのを持っていたけど、それってこのゲームで稼いだから?
「ゲームで、おこづかいが稼げちゃう……?」
なぜだか恐る恐る聞いてみると、セイがコクコク素早くうなずいた。そっか、だからペナルティを取られた時、あんなに怒ってたのか。ゲーム内のお金ってだけじゃなく、現実の収入が減っちゃうんだもんね。そりゃあ怒りたくもなる。
よし、やろう。憧れのVRMMORPGを楽しみながらおこづかいまで稼げちゃうなんて最高じゃないか。ちょっとシステムが変でも、気にしない気にしない。
「やる気出てきたっしょ? じゃ、ウチらと一緒に魔物退治やろーぜ! そーかい感あって楽しいっしょ?」
セイはようやくいつもの元気な笑顔をみせた。楽しいか、と言われるとちょっと……。だいぶグロテスクだしなあ。
「魔物退治以外って、何かアイテム拾ってきたりとかつまらん上にぜんっぜんもーからんのしかないし。探検ていうけど、新発見なんて探したって見つからんし。
ってかもーかる魔物退治のクエストは人気だし、実績ないと受けれんから、ウチらといっしょじゃなかったらできんよぉ。
だいじょぶ、リン、わりとちゃんと戦えてたし。ウチらかなり強いから、ちゃーんとサポートしてあげるし。いいっしょ?」
決めかねているわたしに、彼女は小首をかしげて上目遣いにこちらを見ながらにっこり笑った。かわいいは正義だなあ。男だったら二つ返事でOK返すやつだ。ちょっと迷うけど、でも稼げるっていうのは大きいよね。グロさはそのうち慣れるでしょ。
「わかった。ありがとう。じゃあ、これからよろしくね!」
わたしは笑顔で、大きくうなずく。
「おう!」
セイが嬉しそうに笑った。機嫌も直ったみたいで良かった。わたしもペナルティには気を付けなきゃね。ゲームを楽しみながら、たくさん稼げたらいいな! ふふ、今回の魔物退治はいくらくらい貰えるんだろう?
早く街に戻って、探検家協会で報酬を受け取らなくちゃ。