014_06_もっと見つけるFortuna
「えっ!? いやだから違いま――」
「え? 何だこの光景? マドカさんが、リンさんを……?」
マドカさんのいたずらっぽい笑みに慌てて抗議していたところへ、いつになく戸惑った様子の聞きなれた声がした。わたしは心地よいマドカさんの胸を抜け出し、くるりと振り返る。そこには片方の手にデザートの乗った皿とカトラリー、もう片方の手にカップを持った黒髪の青年がいた。首をかしげ、ぎゅっと眉根を寄せて、両方とも鳶色の目でぱちぱちと頻繁にまばたきしている。
「あら、カン。何かしら? アンタにそんな顔される筋合いはないわよ。っていうか何やってるのかしら、全く」
「何って……デザートを取りに行ってただけですよ。で、戻ってきたら何だか愉快な事になっていたので驚いている次第です」
カンはお皿とカップをテーブルに置きながら、いつも通りしれっと早口に答えた。ゲームの中と変わらないなあ。違うことといえば服装くらいだ。白いシャツにアーガイルのセーター、ダークブラウンのコーデュロイのパンツ、そしてレザーのスニーカーと、ちょっとわたしが想像してた格好――くったくたのチェックのネルシャツと妙に色落ちした半端な太さのジーンズ――とは違った。
「来てたんだ。こういうイベント嫌いっぽいから、てっきり来てないと思ってた」
ようやく会えたっていうのに、わたしの口から出たのはそんなトゲトゲしい台詞だった。何でそんなこと言っちゃったんだろう?
「某運営スタッフから半ば脅しのような招待状が届いたんだよ。それに……」
彼はそんなわたしのトゲトゲしさに気づかないのか、あえて無視したのか分からないけど、チラリとレイさんに視線を送りつつ淡々と答えた。そして何かもう一つの理由を付けたそうと口を開いて、でも声を発することなくふっと息を吐き、口を閉じて目を伏せた。その先が気になるわたしは、続きを促すように彼をじっと見る。
「それに……ああ、一回来てみたかったんだ、カフェ・フォルトゥナ。来た事が無かったから」
「けっこう長くプレイしてるのになんで……って、人生ソロプレイだからか。あ、ごめん。人生ではないんだっけ。でもFXは大体ソロプレイだったんだよね」
また攻撃的な感じになっちゃった。うわあ、何やってるんだわたし。ミライの病気がうつっちゃったのかも。
「まあ……そうだね。白騎士団でマドカさんと一緒の仕事もそれ程あるわけではなかったし、ジョー達やリンさんに会うまでは大体一人だったか」
彼はため息まじりに、自嘲気味に応じた。そしてふいにわたしを見て、
「そういえば、今日はセイさんと一緒だったんだね。仲直り出来たのなら良かったよ」
と言って少し目を細めた。そんな彼の様子はなんだかとても意外で、わたしは少し戸惑った。
「え? あ、うん。あの後セイと話して、仲直りできたんだ。で、ちょうどその話をしてた時にこの案内が来たから、じゃあ一緒に行こうかって。カフェ・フォルトゥナのおいしいごはんも食べたいし――」
「確かに食事のクォリティは恐ろしく高い。このデザートも凄いよな。しかし何でゲームの話をするだけの場所でこんなハイクオリティな食事を提供してるんだか……。運営は力を入れる場所を間違えている気がしなくもない」
来た理由を言おうかどうしようかわたしが迷っている間に彼はそう言って、持ってきたデザート皿に手を伸ばした。フルーツたっぷりのタルトにベイクドチーズケーキ、半分チョコの掛かったオレンジ、それからアップルパイ。わたしと重なってるのは最後のくらいだ。もしかしてスポンジ系は嫌いなのかな? って、そんなことどうでもいいか。わたしも食べようっと。
「ところでそれ、ミライさんが作ってたのと同じだよね? 中々覚えてくれないってぼやいてたよ、でも何だかんだ言って楽しそうだったけれど。ちゃんと出来てるじゃないか。フォルトゥナからの技術持ち出しに成功したわけだね」
夢中でフォークを伸ばすわたしの腕を見て、カンが笑った。
「そうそう。長さ的に大変だから、チョーカーじゃなくてブレスレットだけどね。でもミライ、そんな事言ってたんだ。確かにわたしは中々作り方を覚えられなかったし、今回も手元が危うかったんだけどさ。……そっか。これも向こうで手に入れたもの、だね」
ブレスレットにはめ込んだアメジストの紫色に、ちょっとツンツンした彼女を思い出して、思わず頬が緩んだ。
「ミライは最初ホント取り付く島もないって感じだったし、ずっとツンツンしてたけど、でも仲良くなれたから嬉しかったな。ツバサは最初戦った時は物凄く強くて、怖かったけど、仲間になってくれたら頼もしかった。もう会えないけど、でもいつでも思い出せる」
私が笑顔で言うと、カンがこくりとうなずいた。
「やたらお金取られるし、お金のせいでなんだかギスギスしたりもしたし、野生生物は強くて怖いし。変なゲームだなって、続けようか迷ったこともあったけどさ。終わってみると楽しかったな。色んな人に会えたし、それに……」
わたしは気持ちを落ち着けるように大きく息を吸い、彼の方を見る。ティーカップに口を付けていた彼は、わたしの視線に気づいたのかふいに顔をあげた。
「……それに、カンにも会えた。今日来たの、もちろんカフェ・フォルトゥナのおいしい食事もあるけど、でも来たらもしかしたら会えるかなって。ちょっと話したいなって思って」
言っちゃった。視線が合ってしまって気まずいのもあってか、いつもよりも大分早口だったと思う。でも言えた。
「俺に? なんでまた」
だというのに、彼は思い切り眉間にしわを寄せ、困ったように、怯えたように聞き返してきた。その表情は駆け引きだとかじゃ全くない。
そんな疑問に思う事じゃないでしょ! あー、もう、ちょっとくらい嬉しそうにしてくれたっていいのに!
「あ、やっぱり何か苦情を言いにだよな……? セイさんと戦ってた時に言ったことか? 動揺を誘うために恋愛脳な彼女の勘違いを利用させてもらったけど、やっぱりまずかったか」
わたしが答えなかったからなのか、むっとした顔をしていたのか、とにかく機嫌が悪いと判断したらしい彼は額に拳を押し当て、眉根を寄せて呟いた。わたしは無言で首を振る。間違ってはいないんだけど、でも違う。
「じゃあ……裏切ったふりをした――その計画を言わなかった――ことか? いや、あれはあの場を切り抜けつつ宝剣を手に入れる手が他に思い浮かばなかったし、大体もし言ったら絶対隠し通せなくて失敗しただろうし……。ミライさんにも『随分酷い事を言うのね』と言われたけど、別に俺が何を言ったって――」
「やっぱり、一発殴っといた方が良かったのかな……?」
あれこれ原因を探っては、それに対する謝罪? と弁解? を唱える彼についイラっとして、わたしはうつむいて、ぎゅっと拳を握りこむ。傷めないように、親指は中に握りこまずに外、だっけ。
ゆっくりと標的に冷たい視線を向けると、なんとマドカさんに締め上げられていた。わたしが拳を握りしめていた僅かな間にそうなってた。現実でも素早いんだなあ。
「ちょっ、マドカさん、放して下さい! ゲームの中ならまだしも現実じゃ洒落になりません! 嫌だ屈強なおっさんの腕の中で死ぬくらいなら女の子に殴られた方か幾分マシな――」
「だそうよ。リン、良かったわね。本人も希望してるわよ。押さえてるから、好きにしていいわ」
マドカさんがため息交じりに言った。さあどこを狙おうか。こめかみ? あご? それともみぞおち? 当てやすそうなのはみぞおちかな。
「ちょっと待て……待って下さい。それだと女の子に殴られて屈強なおっさんの腕の中で死ぬことになりますよ! 両方なんて聞いてない! 納得いきませんよ! 断固、拒否します!」
「……。ホント、アンタってつまらない事だけによく頭と舌が回るのね」
じたばたしながら抗議の声を上げるカンに、マドカさんが深く、大きくため息をついた
「うわぁ、カン君、君がそんなに馬鹿だとは思わなかった。割と人の考えは推測できる方だと思ってたのに……」
「そう、考え、しかも悪意のあるものだけね。気持ちは分からないのよ。要するに臆病だから、悪意には敏感で、好意は無かった事にするんだわ」
呆れた様子のレイさんに、マドカさんがやっぱり呆れた様子で答えた。
「成程。個人的にはカン君は殴られるべきだと思うけど、運営としては暴力沙汰は避けないとね。ってわけでいい感じの賠償方法を考えてみたよ」
レイさんはそう言って、わたしに一枚のメモを差し出した。ビストロとか、トラットリアとかそんな文字と住所が書かれている。
「レストランのリスト、ですか?」
「そう。カフェ・フォルトゥナに料理を提供してくれてたシェフの皆さんのお店。ねぇ、カン君。君は十秒一ホーラが消えていく戦闘支援システムをフル稼働させて、金より大切なものがある的にやり切った感を見せてたけどさ、それでもまだそれなりにホーラを残してるよねぇ?」
レイさんはニヤリと、例の何か悪い事を考えているときのキラキラした笑顔で言った。そういえばさっきの挨拶で、社長さんがホーラの残りは今月いっぱいは換金も可能だって言ってたっけ。
「ちょっと待て運営! 個人情報! コンプライアンス!」
「君は相変わらずつまらない事を言うね。そんな事よりも僕は自分の良識に従うよ。リン、だからおごってもらうといいよ。カン君もさ、お金で解決できるならその方がいいと思うけどね」
カンの抗議は無視して、レイさんはにいっと楽しそうに笑う。
「あら、レイにしてはいいアイデアじゃないのよ! ふふ、命拾いしたわね。きっちり罪を償うといいわ。ほら、キリキリ頑張りなさい!」
ニヤリと笑って、マドカさんはカンをとん、と軽く突き飛ばして解放した。ふらっとよろめきながらカンがこちらに飛ばされてきた。ようやく解放された彼は、首をさすりながら大きく息をして、
「全く……。まあ……確かに殴られるよりは一食奢る方がずっと良いか。じゃあ、そうしよう」
やれやれ仕方ない、といった様子で同意した。だいぶ引っかかる言い方ではあるけど、大体いつもこんな感じだし、実際は言葉ほど悪く思ってるわけじゃないんだよね。
「じゃあ、いつにする? あ、そうだ、連絡先聞いておかないと……ううん、その前に名前かな。祖父江 凜です。これからも、よろしくね」
スマートフォンを出しつつ、わたしは自己紹介する。バーチャルの知り合いって、本名は聞かないものかもしれないけどさ。でもせっかくリアルで会えたんだし、これからも仲良くできたらいいなって思うし。
「登録完了、と。そうか、名乗ってなかったね。鳥井です。鳥井 寛一郎。土曜ならバイトも授業もないから、大体いつでもいいかな。絶賛ソロプレイ中の暇人だからね」
意外に古風な名前だったカンはちょっと肩をすくめてそう言った。それにしても、人生ソロプレイって言ったの根に持ってるのかな?
「じゃあ、来週の土曜にしよっか。時間は――」
そんな感じで無事(?)に賠償請求の段取りができた。良かった良かった!
あ、ちょっとマドカさんとレイさんがにやにやしてる気がする。マドカさんからウィンクが飛んできた。頑張りなさいよ、って感じだ。まあ、今のところまだそんな感じではない――と思う――けど。
一緒にいたら、きっと、もっと、いい事いっぱい見つけられるよね!
これにて完結です。最後までお読み頂きありがとうございました。
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