001_01_友に誘われフルダイブ
――凜もFortuna eXplorerやろうぜ!
――下のリンクから体験の予約できるから、だいじょうぶな日えらんで!
――フルダイブ型のVRMMORPGでクセあるけど、やり方とかはウチが教えるから!!
大学の友達、龍堂 聖子から送られてきたメッセージに、わたしは思わず目を疑った。
VRなんて当たり前な今でも、仮想空間上に五感と運動機能を接続するフルダイブ型というのはまだ聞いたことがない。そんな昔のアニメみたいな世界が現実になったなら、やってみたいに決まってる。だってそういう話が大好きで、いつか自分も、なんて思ってたから。だから、招待された、なんてすごく嬉しい。
でも、何か怪しい詐欺サイトとかの可能性もあるんじゃない? でもでも送信者は確かに聖子だ。文の感じも彼女っぽいから、アカウントの乗っ取りとかじゃないと思う。せいぜい、彼女が仕掛けたドッキリ、くらいじゃないかな。きっとそうだ。大丈夫。
……と、自分を納得させてリンクをクリックする。何だかんだ言っても、好奇心に負けた。
現れたページには特に怪しいところは無かった。専用の機材を使うため、予約した上でセンター――結構色んな場所にあるみたい――に行かなきゃだめらしく、場所と時間を選ぶようになっていた。普通の予約サイトだ。大学の帰りに寄れる場所にもあるから、そこにしよう。
予約した当日、ワクワクしすぎて上の空だった講義が終わると、いち早く教室を飛び出しセンターに向かう。体験の申込書に署名して、簡単な注意事項の説明を受けると、係のお姉さんにカプセルのようなVR専用装置に詰め込まれ、センサーを繋がれた。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
そんな明るい声と共に装置の透明な蓋が閉められ、わたしの目の前はふっと暗くなった。
「リンさん、フォルトゥナ探検家協会への仮登録、ありがとうございました。
フォルトゥナの地理、鉱物、動植物、過去の文明の遺跡や遺産等、あらゆるものを調査しこの世界を明らかにするという我々の活動にご賛同いただき光栄です」
気が付くとわたしの向かいには、黒髪の涼やかな美人さんが笑顔で座っていた。彼女は赤い刺繍で縁取りをされた、白い短めのマント、なんてRPGっぽい格好をしている。色々すっ飛ばされている気がするけど、とにかく探検家協会とやらに仮登録が終わった、というシチュエーションで始まったみたいだ。
それにしても何でわたしの名前を知って……あ、申込書に名前書いたからか。でも本名でプレイなんだね。まあ、いいけど。
「リンさんにはこれから探検家見習いとして、探検家の活動を体験して頂きます。本日の成果次第で、探検家としての登録可否が決まります。また、リンさんがこれからに不安を感じた場合は、登録しないことも可能です。実際に経験した上で、マッチングを取りましょう。
この後ですが……リンさんは先輩の探検家の方と一緒に行動される予定でしたね」
戸惑うわたしに構わず、彼女は説明を続けた。今の話だと体験で上手く行かなかったら、サービスを断られる可能性もあるっぽい。それはやだな。頑張らなきゃ。でも聖子――先輩の探検家って多分彼女の事だ――がサポートしてくれるって言ってたし、何とかなるよね。
「では、探検に必要な装備をお貸ししますので、こちらへどうぞ」
彼女の案内で、わたし達は隣の部屋に移動した。そこには武器や防具が並んでいた。
「まずは防具です」
渡されたのは肩と胸を保護する茶色い革製の鎧だった。深緑のチュニックに茶色のキュロットというRPGの村人のような服の上に鎧を着けて、そばにあった鏡の前に立つ。うん、駆け出し冒険者って感じだ。
それにしても鏡の中のわたし、茶色のぱっつん前髪とトップでまとめたおだんご、まあまあぱっちりした暗い茶色の目、ちょっと色黒――いや、ポジティブに健康的って言っとく――な肌に血色の良い頬、やや厚めのピンクの唇……と、服装以外普段と全く一緒だ。再現率高すぎて、コスプレしてる気分だなあ。
しかしキャラクターメイキングどうしようか楽しみにしてたのに、まさかリアルの見た目が再現されるなんて。まあ、でも仕方ない。それはそれで没入感はあっていいのかも。
「次は武器ですね。遠距離用と近距離用の二つを持つのがおすすめです。
経験者でなければ、クロスボウと斧か……まあ剣が扱いやすいかと思います」
じゃあ、遠距離用はクロスボウにしよう。近距離用は……斧とかなんかかっこ悪いし弱そうだからイヤだし、やっぱり剣だよね。RPGといえば剣って決まってる。わたしは長剣を手に取り、早速振ってみる。ぶん、と空を切る音がした。なんか楽しい。
「いい感じですね。クロスボウも一度練習しておいた方が良いですよ。番え方は――」
教えてもらった通り、先端の金具の輪っかに足を入れクロスボウを固定して、背筋を使って弦を思いっきり引っ張る。うーん、こういうの自分でやらなきゃいけないんだ。
短い棒のような矢をのせて、置いてあった的に向けて引き金を引くと、ちゃんと的に当たった。いい感じ。
「では、装備はそちらでよろしいですね? 後はこちらのアイテムをお渡ししておきますね」
手渡されたはシンプルな茶色いレザーのヒップバッグの中にはスマートフォンらしきものと、怪しげなキラキラした粉が入った瓶が3本入っていた。
「【探検用情報端末】と傷薬です。使い方は先輩に教えて貰って下さい。ギアは探検家の身分証にもなっていますから、くれぐれも無くさないで下さいね」
美人さんが笑顔で釘をさした。何か分からないけど、ちょっと怖かった。
「では、行ってらっしゃいませ」
彼女に見送られ、部屋の外に出る。そこには中世ヨーロッパのような――中世どころか現代ヨーロッパにも行ったことないから、ホントはどんなだか分からないんだけど――石造りの街並みが広がっていた。
うわあ……キレイ! すごくリアルで、ホントにRPGの世界に入り込んだ感じ! 最新のVRってすごい!!
「あ、リン! やっと説明終わったんだ。待ちくたびれたし」
圧倒的なリアリティのVR映像にすっかり見とれていたわたしの耳に、聞き覚えのある、甘えた感じの声が聞こえてハッと我に返る。振り返ると、見知った顔がさっきまでいた探検家協会の壁に退屈そうにもたれかかっていた。
「聖子?」
フワフワとカールした明るい茶色の長い髪、パッチリした大きな目とそれを縁取る長いまつげ、ぷっくりしたピンクの唇……どっかの雑誌にいそうな――実際読者モデル的なものをやってたこともあるらしい――ケチのつけようのない、かわいい女の子。わたしをこのゲームに招待した大学の友達、龍堂 聖子だ。
顔は現実と何も変わらないけど、やっぱり違うのは服装で、白いビスチェ状の革鎧と、肘まである白い革手袋を身につけている。
……胸の大きい子がビスチェとか反則だと思うよ。
「ウチはここではセイだから、そうよんで~。そっちはリンでいいよね?」
わたしは軽くうなずいた。どうも本名ベースのあだ名(?)がつけられるみたいだ。わたしは名前が短いから、そのままになったんだろうな。
「じゃ、クエストうけよーぜ!」
さっきもらったスマホ――探検用情報端末だっけ――を取り出し、セイに教えて貰いながらクエスト一覧を表示する。
「体験だとつまんねー採集とかしかな……まぢ? やべぇ、魔物退治あんじゃん! ウチん時はなかったのに。これがよくね? ってかこれしかなくね? 近くでウチができるクエストもあるし。リン、これ選んで」
リストを覗き込みながら、セイが嬉しそうに言った。セイが勧めてくれたホーンドラゴンの駆除、というクエストを選ぶと、
――30分以内にホーンドラゴンを駆除せよ
というメッセージとともにホーンドラゴンらしい立体画像がふわっと浮かび上がった。名前の通り頭に太い一本の角がついており、体長は1.5m位らしい。緑色の体にどっしりとした4本の脚をもち、しっぽはやや短めだ。
ドラゴン、というには小さい気もするけど、いきなり大きいのと戦わされても困るからこれでいいのかな。コイツを見つけて、時間内に倒す、と。
「よーし、さっそくいこーぜ! そっちの体験クエストはウチが直接手ぇ出しちゃダメだから、ウチは別のやるけど、わからんことあったら教えるから!」
セイが壁に立てかけてあった幅の広い大きな剣を肩に担いだ。いや、剣っていうか鉄塊? 半分人間辞めてる屈強な大男とかが振り回す奴じゃない? ゲームだからセイみたいな細い女の子でも振り回せるんだろうけど、ギャップが凄い。
そんな感じでセイは強そうだけど、一緒にクエストを受けるわけじゃないんだ。でも近くにいてくれるみたいだし、教えてくれるっていうし大丈夫だよね。
わたし達は店が立ち並ぶにぎやかな大通りを抜け、街の外壁に設けられた門をくぐる。その先には緑の草原が広がっていた。遠くには大きな黒い山が聳えていて、その裾野には鬱蒼とした森が広がっている。こういうフィールドの雰囲気もすごいな。ホントに異世界フォルトゥナにいるような気分になる。
いよいよ初のクエストだ! 小さいとはいえドラゴン退治なんて、ドキドキする!
頑張るぞ!
お読みいただきありがとうございました。
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