一萬~刺激を追い求めて~
桐竜高等学校。 その学校は、街から外れた場所にポツンと建てられており、険しい坂道を登らなければならない。
「あー、しんど…。 なんでこんな所に、学校なんか建てるんだ?」
額に汗の玉を浮かべて、息を切らしながら一人の男性は愚痴をこぼしていた。
「仕方ないよ、竜伍。 街の方は土地なんか余ってないし、なによりこんな大きい学校を建てるにはココが最適なんだよ」
ひたすら文句を呟いている男性の名は『橋本 竜伍』。 そして彼の隣を歩きながら愚痴を聞いているのは『菅崎 雀』。
雀は、足取りが遅くなっている竜伍の歩幅に合わせるようにゆっくりと歩いていた。
「ちげーよ、雀。 俺は理由が知りたいんじゃない、ただ文句を言いたいだけだ」
「ええー…」
竜伍の質問に律儀に答えた雀だったが、彼に間違いを指摘されてただ苦笑いを浮かべるしかできなかった。
そんな二人がこの桐竜高等学校に入学したのは今年の4月であり、まだ一ヶ月の月日しか流れていないため、まだこの険しい坂道に慣れていない。
一方で、二年生と思われる先輩方は足腰が鍛えられたのか階段を二段飛ばししているかのようにスイスイと軽い足取りで登校している。
中には自転車を漕ぎながら、笑顔で坂道を登っていく強者もいた。
「すげーな、あの坂道くん」
「えっ竜伍、あの人と知り合いなの?」
竜伍が思わず有名な某漫画の主人公を口に出すと、それを隣で聞いていた雀は彼の本名だと勘違いしたのか驚愕していた。 ――こいつ、弱ペダを知らないのか…!?
竜伍は宇宙人を見るような目で見つめていると、ふと雀が言葉を紡ぎ出す。
「…そういえばさ、竜伍はなんの部活に入るか決めた?」
「あー…、そういえばまだ決めてないな…。」
まるで夏休み最終日に、やり残した宿題を思い出したかのように、竜伍は不機嫌そうな顔を浮かべて億劫そうに話す。
桐竜高等学校の教訓は『文武両道』と掲げており、全校生徒には必ず何かの部活に入部することを義務付けられていた。
そのため中学では帰宅部だった竜伍は、どの部活に入部するか悩んでいた。
「はぁ…。 ゲームをひたすら遊ぶ部活動があればいいんだけどな」
「そ、それならさ、僕と一緒に将棋部に入ろうよ! ほら、将棋ってボードゲームのひとつだし!」
雀は目を輝かせながら、竜伍の顔に近付き、息をまくし立てながら口早に喋る。
雀は中学生の頃、将棋部の部長であり、いくつかの大会で優勝するほどの実力者だった。 しかし、中学生の将棋部は雀と同級生の者は一人もおらず、上下関係の世界で常に勝敗に拘っており、馴れ合いを不必要とする組織だった。
そんな緊迫とした空気で将棋を打つのが厭だった雀は、高校生活では好きな将棋を、友人と一緒に指すことを夢見ている。
「あー…、でも将棋って地味だし頭使うからなぁ。」
竜伍はそんな雀の内心を知る由もなく、つい思ったことを口にしてしまい雀の提案を否定してしまう。 すると、先程とは一変して雀は顔を暗くして俯きながらトボトボと歩き始める。
「あー…、でも飛車とか格好いいし、何より駒に書かれている字は、渋くてカッケぇよな、うん。」
雀が明らかに落ち込んでいるのが分かった竜伍は、慰めようと将棋の魅力――ではなく駒の魅力について必死に語っていた。
これでは雀の機嫌を取り戻すことはできないと竜伍は危惧していたが、それは杞憂に終わり、雀の顔は満面の笑みを浮かべていた。
「うん、うん。 竜伍も将棋の素晴らしさを知ってくれて、僕は嬉しいよ!」
少年のような無邪気さを醸し出す雀。 そんな純粋無垢な笑顔を見ていると、竜伍はばつが悪い思いをした。
「そうだな…。 今日の部活動紹介で、特に興味が惹かれるような部活がなけりゃ将棋部に入部するか」
今日、桐竜高等学校では5、6校時を利用して、全校生徒を体育館に集合させて先輩方の部活動紹介を行うというイベントが組み込まれていた。
それを機に、入部する部活を決めようという竜伍の魂胆だったが、この選択が後に自身の人生を大きく変えることになるとは当の本人は知る由もない。




