一萬~番外編③~
僕が「ヨンピン」を川に捨てて、眼鏡先輩の手番となる。 彼女は、ツモった牌を一瞥したあと自身の手牌を確認する。
数秒、思考したあと「ふむ」と呟いて、手牌の中から「ウーソー」(ソウズの5)を川に捨てた。
――なぜだろう、眼鏡先輩が牌をツモった瞬間、すごく嫌な感じがした……。
まさか、もうテンパイしているのだろうか? という疑惑が浮上するが、さすがにありえないだろうとその疑問を排除する。 ――だってまだ2巡目だ…、きっと大丈夫!
そう自身に言い聞かせて、最短のアガリを目指す――そして、庭白さんの手番が回ってきた。 彼女は、牌をツモったあと、自身の手牌を確認し、川に捨ててある牌を何度も見比べながら熟考している。
おねがいします…! どうか僕の意図が伝わってください…!
神に祈るように、太ももの上に置いてある両手を握りしめて懇願する。 ズボンに皺が付いたが、僕の視線は麻雀卓に釘付けになっていた。
すると、僕の熱意が伝わたったのか庭白さんが川に捨てた牌は――「三萬」。
「ポン!!」
つい嬉しくて、瞬時に反応して発した声がどうやら大きかったらしく、三人は目を丸くしながらこちらを見ていた。 は、はずかしい…!
「ふふ、当たってくれてよかったわ」
庭白さんが頬に手を添えて、ニッコリと微笑んでいた。 僕は彼女に向かって、首を下げて感謝の意を伝える。
――何時ぶりだろうか…、こんなに楽しいのは。
将棋の場合は、闘うのは自分一人で、信じる者も己のみ。 そんな殺伐とした空気の中、幾千もの対局を指してきた僕は、この今行われてる麻雀が新鮮でとても面白い。
――勝利できたら、どれほど嬉しいだろうか…?
そんな期待を込めて、竜伍の方を見る。 彼は「ポンにチーだと…? ポン、チー、ポン、チー、ポン…」とか呟きながら、「イーピン」を川に捨てていた。
――うん、竜伍には期待しないでおこう。
『鳴く』ということを知らない竜伍に僕は見切りをつける。 さて、僕の残り待ち牌は――「リャンソー」or「キュウソー」と「サンピン」のみ。
よし、と意気込んで山から牌をツモるが結果は――「リューピン」。
僕は待ち望んでいない牌に「ハァ」と落胆しながら、先程手にしたばかりの「リューピン」を川に捨てる。
次に眼鏡先輩のターン。 彼女もツモった牌をすぐに捨てて手番が回る。
眼鏡先輩の手牌も停滞したことを確認できた僕は、心の中で「よし!」とガッツポーズして安堵していた。
このターンは特にアクションもなく、また僕の手番までやってくる。
ツモった牌は――「リュウソー」。
きたきた、きたー! 待ち焦がれていた牌が手に入ったおかげで、僕の手牌はテンパイの状態になった。
後は、誰かが「サンピン」を捨てるか自分がツモれば僕の勝ちとなる。
勝利まであと一歩、というこの状況に僕はニヤケそうになる顔をなんとかごまかそうと、平常心を保ちながら「イーソー」を川に捨てる。
次に眼鏡先輩の手番になるのだが――彼女は一向に山から牌を取ろうとはしない。
――一体どうしたのだろう? と首を傾げていると、
「ふむ。 ようやくテンパイしたか」
「…え?」
眼鏡先輩が腕を組みながら発した言葉に、僕は耳を疑った。
――今この人、なんて言った…? 僕がテンパイしていることに気付いて…、いやそれよりも「ようやく」って。
その言い方だとまるで――。
「ツモ。 ――これで私の勝ちだな」