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その名は怪盗パンツマン

作者: 鈴木那由多

「あんたさぁ、自分の立場わかってる?」

「……はい。お、おとこです」

「だよねぇ。だったらさあ、はやくコーヒーの一つくらい持ってきたらどうなの? あたしは買い物から帰ってきてもうくたくたなの」

 この世は女尊男卑の世界である。この男も例にもれず、女性が強い社会に圧迫され生きる男の内の一人である。

 女性がこの男に対し威圧的な態度をとっているのは、何もこの男がこの女性に雇われているからとかそういった理由ではない。

 ただただ女性が社会的に尊重され、男性が底辺のような扱いを受ける社会――女尊男卑の世界だからである。


 今日は運が悪かった。

 たまたま気分転換をしようと外を少しふらついていると、この女に遭遇してしまった。基本的に男は自分から女性に話しかけに行くことはできない。なぜなら法律でそう決まっているからだ。


 なので、男はこの女に話かけられたことになる。

 その女は大量の買い物袋を引っ提げていた。それを持ったまま、家に向かって歩いている途中だった。

 そこへちょうどよく例の男に遭遇する。

 女としては最高のタイミングである。

 男は生物学的に筋力の劣る女性に対し、筋力に関する生活の補助をしなければならないという法律が定められているからだ。

 これはもはや常識であるので、女は男を視認するなり、

「ちょうどよかった。この荷物家まで運んでくれるかしら」

 この一言を発するだけで男は自分の意に関係なく、従わなければなくなってしまう。

 ただこの法律一見矛盾は無いように思えるが、今回女は丸太のように逞しい躯体をしており、それに見合った腕を兼ね備えていた。

 一方、男はというと、もやしとでもあだ名をつけられかねないか細い身体をしており、もはや筋力がどちらが上であるかは火を見るよりも明らかだった。


 しかし、事実は事実。法律は法律である。

 男はその女の発言に対し、従わねばならない。

 一切の抵抗をすることなく、男はその荷物をそのか細い身体で一身に受け止め、女の家まで無言で歩いていく。女は重たい荷物から解放され、その大きな身体をのっしのっしと揺らしながら軽快に帰路へと着く。


 そうして現在に至る。女の家に着くなり、荷物を全て中へ放り投げる。それからくるりと回れ右をし、帰ろうとすると、

「あんたさぁ、自分の立場わかってる?」

「……はい。お、おとこです」

「だよねぇ。だったらさー、はやくコーヒーの一つくらい持ってきたらどうなの? あたしは買い物から帰ってきてもうくたくたなの」

 この女は荷物の運搬に飽き足らず、コーヒーまで要求してきた。これは先ほどの筋力うんたらの法律とは別の所で、男が動かざるを得ない根拠がある。

 

 だが、内心男はいらついていた。

 こんなことになるまいと、女には遭遇しないために裏路地に入って日陰のジメジメした道まで通った挙句、このような扱い……。

 地球の男はもはや男尊女卑があった時代の事などとうに忘れ果て、いまやただ女達のワガママともいえるこの仕打ちにひたすら耐え続ける日々を享受させられている。


 だから男はその女の高圧的な口調に屈することなく玄関を勢いよく開き、外へと駆けだした。


 女の要求に対し、これを承諾せず無視に相当する対応をとることは、これすなわち法を犯していることを意味する。


 が、しかし、男にはもう我慢の限界だった。訳の分からない女の相手などもうやっていられないと思った。


 その対応を見た女も黙ってはいない。目の前から逃げ出したその犯罪の男を逃がすまいと、たちまち立ち上がろうとする。

 が、いかんせんその逞しい体躯が邪魔をし、なかなか思うように立ち上がることができない。

 若干のタイムラグのあと、女は玄関から身を乗り出し、逃げ出す男の背中を視認する。それから、女はこのように叫ぶはずだ。


「あの男、犯罪者よ!」


 こう叫ぶだけで、周りの住人はたちまち法を遵守する正義の住人としてその男を捕えるために皆協力し始めるだろう。

 そうなってしまったが最後、男はなすすべもなく警察に突き出され、先ほどの理不尽ともいえる惨状について叱責された挙句、刑罰を受ける事となるのだ。


 だが、これを良しとしない者がいた。


「悪しき法律に毒される、善良なる国民よ! 私が来たからには真なる正義の名の下に、在るべき理想の姿をここに示すと誓おう」


 そんな事を言って現れたのは、女性物の下着を頭頂部から逆向きに装着した異質な恰好をした男だった。

 その男は、電柱の上方、足掛けに腕組みをしながら、その狭い足場ながらも窮屈そうな仁王立ちをしていた。さらにこれが正装だと言わんばかりに、ほぼ全裸。ブーメランパンツがワンポイントのアクセントとして効いているような、そんな恰好をしている。


 そんな男を見た女は、ポカーンと口を開けて硬直する。

 アホが目の前にいる。このことはとっさに、『男子たるもの女子に卑猥な物および、それに相応する事柄の一切を禁ずる』という法律を思い出す事を忘れさせるほどに衝撃を与えたのだった。


「男をさんざん痛めつけた無情な女め。この怪盗パンツマンが正義の鉄槌を下してくれる!」


 と、ほぼ全裸の男が盛大な声量で女に向けて発する。

 このことは、『男子たる者、女子に対し厳しく叱責する言動、及び著しく精神を害する言動を禁ずる』という法律に抵触するのだが、もはやこの男に順法精神は存在していないらしい。


「あ、あんたなんなのよ。警察につきだすわよ!」


 ようやく正常な判断を取りもどした女が、こんどは大衆の正義を振りかざす。


「フフ、それはどうかな。大義はどちらにあるか私が教えてあげましょう」


 男は不敵な笑みを浮かべる。ただし、顔はパンツで覆われているので、唯一、綺麗に整列した真っ白な歯をのぞかせた口元だけがそれを示していた。


「な、なんなのよ……」


 警察の名前を出しても動じないことの男に対し、狼狽する女。


「遥か太古の昔、人が素っ裸だった頃、裸であることに誰も疑問を持っていなかった。それから時は流れ、人は衣類を着始めた。その頃から人は裸を晒すことに恥ずかしいという感情を持つようになったのだと言う……」


「はぁ……? 何言ってんの?」


「恥を恥とも思わない奴には、衣類など必要ないという事だ」


 その刹那、電柱にいた男は消えた。

 否、消えたのではない。高速で女の懐に飛び込んだのだが、それはもはや人の肉眼では視認できないというだけの話だった。

 男はそうして接近して、目的だけ達成させると、たちまち風のようにその場から過ぎ去ってしまった。


「なんなのマジ……」


 悪態をつくも、男が消えたことに心を落ち着ける女。

 

 そして、すぐに異変に気付く。


 スカートの中がやけに風通りがいいのだ。


「パンツが抜き取られてる……」


 あの一瞬で、あの男はパンツを抜き取ったという事になる。

 そんなことが果たしてありえるのか。


 それを考えるよりもまず先に、恥ずかしさがこみあげてきて、たちまち女はその場から逃げるように家の中に駆け込んでいった。


 それから後日。

 女は男をいいように使うことをあまりしなくなったという。

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