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白鷺の剣~ハクロノツルギ~  作者: 友崎沙咲
第一幕
2/14

刀匠白鷺

◆◆◆◆


……一度眼が覚めた気がする。

誰かに声をかけられて手を握られたような……気のせいかな?

……いや、気のせいじゃない。声の主は男性だったけど、決して拓也じゃなかったのに私は拓也と呼んで……。

……あれだけ身体が沈みそうで怖かったのに、今はもうその感覚はない。

蒸せ返るような暑さも、身体に響きながら抜けていくあの鋭い金属音も、今はもう聞こえない。

ここ、どこ?ベッドじゃないのは直ぐに分かった。硬い床に寝かされている感覚が、背中に広がっているから。……背中?背中といえば、凄く背中が痛かったんだっけ確か。


……えーっと、確か……あっ、そうだ!

私、ミカヅチ様に、過去の日本にすっ飛ばされそうになって……。ヤバい……凄くヤバい。

私は恐る恐る眼を開けた。途端に、眼を開けたことを凄く後悔した。

……嘘……。見てしまったショックからか、クラリと目眩がした。


眼を開けてすぐに飛び込んできた天井は高く、梁が剥き出しで古めかしかったし、そこにあるべき照明器具も見当たらなかった。

ミカヅチ様の言葉が脳裏に蘇る。


『白鷺に会わせてやる代わりに、剣を一振りさせろ。それを必ず持ち帰るんだ。わかったな!?』


……多分私、本当に昔の日本に送られちゃったんだ。どうしよう、どうしよう。

その時、ヒョイと誰かが視界に入った。


「目覚めましたか」

「うわぁっ!」


反射的に起き上がると、私は焦って後ずさった。

眼の前の男性はすぐ近くで膝をついて私を真正面から凝視し、私もまた彼から眼をそらすことが出来なかった。

切れ長の美しい瞳。意思の強そうな口元。短髪で、小さな形のよい頭に広い肩幅。

その姿はまるで和装した男性モデルのようで、私は思わず息を飲んだ。なんとまあ、カッコイイ人なんだろう。


「大丈夫ですか?」


低くて艶のある素敵な声で、男性は私に訊ねた。


「…は、い………」


私の声は掠れていたけど、ショックのせいなのかお祖父ちゃんと飲み過ぎて酒焼けしたのかは定かでなかった。


「……」

「……」


眼の前のイケメンがどう出るかを見てから自分の取るべき行動を決めようと思い様子を窺っているのに、彼は私を見つめるだけである。

……多分、彼も私と同じ考えなんだわ。ええい、仕方がない。助けてもらったのは私の方だし。

私は大きく息を吸った後、彼を見つめて口を開いた。


「助けていただいてありがとうございます」


私がそう言うと、彼は少し首を振った。


「うちの敷地に倒れていたので。あなたは……異人ですか?見馴れぬ服をお召しになっているし……」


その言葉に思わず俯いて衣服を確認すると、実家で着ていた部屋着のままだった。ようするにピンクと薄紫のストライプのスウェット。


「そうではないんですけど……実は私、時代を越えて来たんです」


思いきってそう言ったのに、眼の前のイケメンは一瞬眼を見開いてから少し眉を寄せた。


「……お気の毒に」


それから、


「少し休んだら帰りなさい、あなたの時代に」


全然信じてないな、こりゃ。

そうよ、帰りたいのよ私も!でも、私にはやらなきゃならないミッションがある。ああ、どうせならこの男前が白鷺であってほしい。

じゃあ探す手間が省けて、剣を作ってもらったらさっさと二十一世紀の日本に帰れるもの。


「あなたは……もしかして白鷺さん?刀工の」


私が恐る恐る尋ねると、着物のイケメンは少しだけ眼を細めてゆっくりと口を開きかけた。

その時、サザッと土間に草履の音がした。


「白鷺。その女、眼が覚めたのか」


ビンゴだ、やっぱ白鷺なんだ。私はホッと安堵しながら、入り口からこちらに歩を進める背の高い男性を見つめた。

ヅカヅカと足を投げ出すようにこちらに近づく男性は実にワイルドで、赤茶けた髪と彫りの深い顔立ちが良くマッチしていた。


「おい、女。お前、名前は?」


赤茶の髪が私に尋ねた。


「私は秋武柚菜といいます。あの、白鷺さん。私あなたに用があって」


私は勢い良く正座すると、白鷺に向き直った。


「おい、問い掛けてんのは俺だろーが」


悪いけど後にしてちょうだい!

白鷺は静かに口を開いた。


「私に何の用です?」


私は赤茶を思いきりスルーして続けた。


「白鷺さん、お願いです!私に剣を一刀作って下さい」

「ブッ!」

「…………」


何故か赤茶が吹き出し、白鷺は呆気に取られて私を見つめた。


「お願いします!」

「お断りします」


へ?!

断られるなんて思っていなかったから、私は眉を寄せた。


「どうして?!」


白鷺の代わりに、赤茶が笑いながら答える。


「この播磨の地に十代続く凄腕の刀匠だぜ、白鷺流は!お前みたいな遊女にコイツが刀を作るわけないだろーが!とっとと帰んな!!」


ええ!?十代も続いてんの?!私は凄く驚いたけど、とにかく断られる訳にはいかず必死で食い下がった。


「そこをなんとかお願いします!お金なら、」


そこまで言って私は、サァーッと頭から冷水をかけられたように凍りついた。

お金?!お金なんて私……あ!

もしかして気付かないうちに、ミカヅチ様がポケットに忍ばせてくれてたりとか。私はスウェットのポケットを探った。しかし見事に空っぽで、思わず内心舌打ちした。

クソッ!ミカヅチのヤツ!

普通、お金持たすでしょう?!着物だって用意するでしょう?!

ミカヅチ様がうっかりしてるから、私めちゃめちゃ苦労しなくちゃならない感じじゃないの!

私は泣き出したい思いで白鷺を見つめ、必死で彼にすがった。


「あの、私に出来ることは何でもするので剣を一刀作って下さい!お金も働いて必ず用意します!」


白鷺は必死の形相で懇願する私に恐怖を覚えたのか、息を飲んで私を見つめた。


「断られたら私、元の世界に帰れないんです!」

「お前、気がフれてるのか」


赤茶が焦って私の正面に回り込み、至近距離からこちらを見つめた。


「……おい、元の世界ってなんだよ。お前、客の取りすぎで頭がイカれちまったんじゃないのか」


ちょっと黙ってろ、この赤茶っ!


「……お断りします。もう帰った方がいい」


白鷺が私から視線をそらせてホッと息をついた。けれど断られるわけにはいかない私は、床に頭を擦り付けるようにして土下座をした。


「どうか私を助けてください!あなたの作った剣がないと私は、ミカヅチ様に元の世界に返してもらえないの!」

「……くどい」


それこそ、斬って捨てられた気がした。

冷たく言い放つと白鷺は私に背を向けて土間に下りて草履を履き、出口に向かって歩き出した。


「いってえ!」


私は眼の前の赤茶の頭を体当たりで吹っ飛ばすと、裸足で白鷺を追いかけた。


「待ってっ、待ってください!」


悲鳴に近い私の声に、白鷺がピタリと足を止めた。


「っ!」

「きゃあっ!」


そんなにあっさり止まってくれると思っていなかった私は激しく白鷺の背中にぶつかり、抱き付くようにしがみついた。

逞しい白鷺の胴体にピッタリと密着したまま、私は必死で訴えた。


「お願いです!あなたの作った剣を私に売って下さい!なんでもします!」


直後に、白鷺の深い溜め息が私の身体にも響いた。

それから優しく私の両手を掴むとそっと解き、ゆっくりとこちらを振り返った。


「刀工なら沢山いる。他を当たるんだ」


冷たい声と、切れ長の瞳に浮かぶ侮蔑の光。私の眼からポロリと涙がこぼれた。それから段々ムカついてきた。

……私だってこんなところに来たくなかった。


土を押し固めたような土間にあるカマドや、大きな水瓶。

古いせいなのか、掃除が行き届いてないのか分からないけど、暗くて古ぼけた部屋。

……何で出逢っちゃったんだろう、白鷺の刀と。出逢わなければ、こんな所に飛ばされたりしなかった。

私を惹き付けて離さない程の刀を作ったあなたが悪いんじゃない。

なのにケンもホロロに断り、拒絶するなんて。

私は背の高い白鷺を見上げて睨んだ。


「あなたの刀と出逢わなきゃ良かった。あんなに焦がれなきゃよかった」

「柚菜、さん……」


泣いてしまった私を見て、白鷺はギクリとたじろいだ。

もう、ヤケだ。


「大体、あなたが妙な刀を作るから悪いんじゃないのっ!売ってくれるまでは傍を離れない!」


私は、白鷺に正面から抱きついた。何としてでも剣を作ってもらわなきゃならない。じゃないと帰れない。こんなテレビもスマホもない古い時代に暮らすなんて耐えられない。


「貴女、男に飢えてるんですか?」

「……へ……?」


驚いて顔を上げると、氷のように冷たい眼をした白鷺が私を見下ろしていた。白鷺は続ける。


「なんというか見たところ『行き遅れ』みたいですし」


どこまで冷たくて失礼な男なんだ。後ろで赤茶が弾けるように笑い、私は怒りのあまり叫んだ。


「なんですって失礼なっ!『出戻り』ですけど行き遅れてません!あっ!」


しまった、自分から出戻った事をバラすなんて。……めちゃくちゃ情けなくて悲しい。おまけに……この先の見通しが全く立たない。

私は白鷺から一歩下がって離れると、涙を拭った。


「……今日は……もう帰ります」

「おいお前、家あんのかよ?」


ねえよっ!

赤茶に心の中で荒々しく返答しながら、私は口を開いた。


「どこか、宿泊できるところを探します」


この時代がいつなのかは未だ分からないけど、ホテル……とは呼ばないだろうけど、旅館?宿屋?はあるだろう。

と、ここで再び一文無しだと言う事実を思い出す。けど、ここにはいられない。

チキショウ、ミカヅチのヤツ。もはや彼を神様だとは思えなかった。

ただのわがままな男前……いわゆる流行りの俺様なだけだ。


私は出入り口に向かうと、高い敷居をまたいだ。

……マジで?!一歩外に出て呆然とした。だって、果てしなく緑なんだもの。前後左右が全部青々と生い茂る緑っ!マイナスイオン出まくり。

辛うじて緑度合いがマシだったのが前方だった。幅三メートル弱の舗装されていない砂利道があったから。その下りの砂利道ですら十数メートル先で木々の葉に隠れ、途切れていた。

立ち尽くす私に、背後から赤茶が声をかけた。


「大丈夫かよ」


私は振り返らず、途切れて見える砂利道を凝視したまま言葉を返した。


「大丈夫じゃない。だって、一銭も持ってないんだもの」

「お前、何処から来たんだよ」

「未来」

「それ、おもしれぇけど真面目に」

「真面目だよっ!真面目に言ってんのっ!!」


私は振り返ると赤茶を睨んだ。


「私だって来たくなかったよっ!!だけどミカヅチ様がっ!!」


グニャリと赤茶の整った顔が歪み、私は再び涌き出た涙の存在に気づいた。


「しゃーねーな」

「……っ」


言うなり赤茶は私の手を掴むと、砂利道を歩き出した。


「来い」


大きな彼の手は私の手をスッポリと包み、私は驚いて眼の前の逞しい後ろ姿を見つめた。私は咄嗟に後ろを振り返った。途端に入り口の前からこちらを見つめる白鷺と眼が合う。


「ほら、行くぞ」


腕を引かれ、私は歩き出した。何処に行こうとしているのかは分からないけど、頼れる手はこの手しかない。もう、腹を括るしかないんだ。

私は空いている手で涙を拭うと大きく息を吸って、しっかりと前を向いた。温かい赤茶の手を握り締めて。

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